フェイク -5-
リートを喪ったあの時から、アヤノはまっすぐに顔を上げられずにいた。まるでたったひとり、果てのない暗闇の中を歩き続けている気分だった。
心を占めているものは、喪失感と……自己嫌悪と。
たとえ鳥カゴの外に出たとしても、力がなければ生きてはいけないのだ。
自分がそうなる前に、知れて、よかった――
悲しみの裏でそんなことを考える自分がいた。それに気付いたときには愕然とした。
薄情な自分が呪わしかった。嘆くことしかできない弱さに対しても、だ。だから変わりたくて、ただ、どうすればいいかわからなくて。
強くなるにはどうすればいいのだろう。どうすれば、よかったのだろう。
『……アヤノ。ねえアヤノ、顔を上げて』
不意に小さな羽音と声が聞こえ、アヤノはようやく視線を上向かせる。
そうして、はっと息を呑んだ。
「……うそ……」
『どうしたのアヤノ、ぼくのこと忘れちゃった?』
即座に思いきりかぶりを振った。その愛らしい姿を忘れるはずがない。
信じられない思いで、おそるおそる、黄色い小鳥に手を伸ばす。
「リート……! い……生きて……!?」
『そんなことより大変なんだ! 出番だよ、アヤノ!』
「出番?」
『お父さんの会社が、モンスターに襲われてるんだ! 早く助けに行こう! さあ!』
「え、え……?」
戸惑いながらも立ち上がる。と、急に視界がぶれた。
次に目にしたものは、見覚えのある高層ビル。確かにあそこには父の会社が入っているはずで、しかしいつもとはまるで雰囲気が違う。
助けてくれ、と誰かが叫んだ。さらに見上げれば空から鷲の群が降りてくる。普通の鷲ではない。軽くヒトのサイズを超える巨大鷲だ。
『さあアヤノ! 君の力で、あいつらをやっつけちゃえ!』
一瞬、まばゆい光が全身を包んだ。と同時に慣れ親しんだ感触が手に触れる。アヤノは迷わずそれを握り、横に払った。
曲刀は普段通りの鋭さで空気を裂いた。
「あらあらぁ。なんだか大変な騒ぎになってるわねぇ」
「捨て置けんな」
「よーアヤ! あれお前の親父さんの勤め先だって? 加勢すんぜ!」
声をかけられふり返る。アルにダンテ、それにユーリ。慣れた顔ぶれが並んでいることに安心した。ギリシャ風の衣装とコンクリートの街の背景という取り合わせはちょっとばかり妙だけれど、こんなときだ、そんな細かいことは誰も気にしていない。
――そうだった。自分はもう、あの時のように弱いばかりではない。
『アヤノ!』
「うん。……みんな、行こう!」
アヤノは駆けだした。ビルの足下で強く地面を蹴り、壁を一気に駆けのぼる。
『魔法:スィエラ!』
ダンテが旋風を喚び、鷲の隊列を乱した。そこへアルと並んで突っ込んでいく。手近なところから斬りつけて、次々に影を墜とす。
「アヤちゃーん! 生命力やばかったらすぐに言ってちょうだいねぇー!」
「てめユーリ! ひとりだけ高見の見物かコラ!」
「高いところにいるのはそっちだけどねぇ?」
「戦いの最中にくだらぬことで諍いを起こすな!」
アルとユーリの言い争いもダンテの怒鳴り声も、妙になつかしかった。加えてモンスターを倒すごとにどこからか歓声が聞こえる。見知らぬ人々からさえ必要としてもらっているのだ。嬉しくて、誇らしくもあって、さらに力が湧いた。
「あと、何匹」
「5匹だ! 増えなきゃだけどな!」
「やなこと言わないで」
「アヤはそっちたのむぜ!」
「了解」
もうそれほどの手間はかからなかった。大鷲の殲滅を確認してからビルを飛び降りると、周りの人垣から拍手がわき起こった。
『アヤノ! やったねアヤノ!』
「リート」
ぱたぱたと飛んできた黄色い小鳥が肩にとまる。その嘴を掻いてやりながら、アヤノはかつてない充足感を味わっていた。
「わたし、強くなったよ、リート。もう誰にも負けないよ。これからは、あなたを守ってあげられるから。だから、」
――もう、置いて行かないで――
声には出さなかったものの、きっとわかってくれたはず。小鳥は勝利を謳うようにさえずり、小さく羽ばたいた。
そこへ。
「すごいね、みんな。本当に強くなったね」
柔らかな優しい声がして。
人垣の中から、笑顔のショウが姿を現した。
第13章1節 了




