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THEOS KLEIS ‐テオス・クレイス‐  作者: 高砂イサミ
第13ステージ:『  』
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フェイク -5-


 リートを喪ったあの時から、アヤノはまっすぐに顔を上げられずにいた。まるでたったひとり、果てのない暗闇の中を歩き続けている気分だった。

 心を占めているものは、喪失感と……自己嫌悪と。


 たとえ鳥カゴの外に出たとしても、力がなければ生きてはいけないのだ。

 自分がそうなる前に、知れて、よかった――


 悲しみの裏でそんなことを考える自分がいた。それに気付いたときには愕然とした。

 薄情な自分が呪わしかった。嘆くことしかできない弱さに対しても、だ。だから変わりたくて、ただ、どうすればいいかわからなくて。

 強くなるにはどうすればいいのだろう。どうすれば、よかったのだろう。


『……アヤノ。ねえアヤノ、顔を上げて』


 不意に小さな羽音と声が聞こえ、アヤノはようやく視線を上向かせる。

 そうして、はっと息を呑んだ。

「……うそ……」

『どうしたのアヤノ、ぼくのこと忘れちゃった?』

 即座に思いきりかぶりを振った。その愛らしい姿を忘れるはずがない。

 信じられない思いで、おそるおそる、黄色い小鳥に手を伸ばす。

「リート……! い……生きて……!?」

『そんなことより大変なんだ! 出番だよ、アヤノ!』

「出番?」

『お父さんの会社が、モンスターに襲われてるんだ! 早く助けに行こう! さあ!』

「え、え……?」

 戸惑いながらも立ち上がる。と、急に視界がぶれた。

 次に目にしたものは、見覚えのある高層ビル。確かにあそこには父の会社が入っているはずで、しかしいつもとはまるで雰囲気が違う。

 助けてくれ、と誰かが叫んだ。さらに見上げれば空から鷲の群が降りてくる。普通の鷲ではない。軽くヒトのサイズを超える巨大鷲だ。

『さあアヤノ! 君の力で、あいつらをやっつけちゃえ!』

 一瞬、まばゆい光が全身を包んだ。と同時に慣れ親しんだ感触が手に触れる。アヤノは迷わずそれを握り、横に払った。

 曲刀タルワールは普段通りの鋭さで空気を裂いた。


「あらあらぁ。なんだか大変な騒ぎになってるわねぇ」

「捨て置けんな」

「よーアヤ! あれお前の親父さんの勤め先だって? 加勢すんぜ!」


 声をかけられふり返る。アルにダンテ、それにユーリ。慣れた顔ぶれが並んでいることに安心した。ギリシャ風の衣装とコンクリートの街の背景という取り合わせはちょっとばかり妙だけれど、こんなときだ、そんな細かいことは誰も気にしていない。

 ――そうだった。自分はもう、あの時のように弱いばかりではない。

『アヤノ!』

「うん。……みんな、行こう!」

 アヤノは駆けだした。ビルの足下で強く地面を蹴り、壁を一気に駆けのぼる。


魔法マギア:スィエラ!』


 ダンテが旋風を喚び、鷲の隊列を乱した。そこへアルと並んで突っ込んでいく。手近なところから斬りつけて、次々に影を墜とす。

「アヤちゃーん! 生命力ライフやばかったらすぐに言ってちょうだいねぇー!」

「てめユーリ! ひとりだけ高見の見物かコラ!」

「高いところにいるのはそっちだけどねぇ?」

「戦いの最中にくだらぬことで諍いを起こすな!」

 アルとユーリの言い争いもダンテの怒鳴り声も、妙になつかしかった。加えてモンスターを倒すごとにどこからか歓声が聞こえる。見知らぬ人々からさえ必要としてもらっているのだ。嬉しくて、誇らしくもあって、さらに力が湧いた。

「あと、何匹」

「5匹だ! 増えなきゃだけどな!」

「やなこと言わないで」

「アヤはそっちたのむぜ!」

「了解」

 もうそれほどの手間はかからなかった。大鷲の殲滅を確認してからビルを飛び降りると、周りの人垣から拍手がわき起こった。


『アヤノ! やったねアヤノ!』


「リート」

 ぱたぱたと飛んできた黄色い小鳥が肩にとまる。その嘴を掻いてやりながら、アヤノはかつてない充足感を味わっていた。

「わたし、強くなったよ、リート。もう誰にも負けないよ。これからは、あなたを守ってあげられるから。だから、」


 ――もう、置いて行かないで――


 声には出さなかったものの、きっとわかってくれたはず。小鳥は勝利を謳うようにさえずり、小さく羽ばたいた。

 そこへ。


「すごいね、みんな。本当に強くなったね」


 柔らかな優しい声がして。

 人垣の中から、笑顔のショウが姿を現した。




第13章1節 了

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