ジャミング -4-
アヤノはちらりとショウを窺う。どんな顔をしているかと思えば、それまでと変わりなくにこやかだった。
「会ったのは初めてだよね? 僕ってそんなに有名人かな」
「否定しないのか」
「そういう風に呼ばれてるのは知ってるよ。否定はしない。『誰か』にとってそうだったってことだろうから」
「……そうか」
黒い眼が、今度はアヤノに向けられた。ダンテの表情はぴくりとも動かない。納得したのかしないのか、むしろ怒っているのか。読みとることはできなかった。
「君。彼との関係は」
しかも開口一番、大変答えづらい聞き方をされた。
「どう、って。どういう意味で」
「言いくるめられ連れ回されているのではと心配している。違うのか」
ショウもこちらを見る。実際にそのつもりがあるかどうかはさておき、探られているようで居心地が悪い。が――
「別に。わたしはそんなこと思ってない」
アヤノの場合は、自分からショウを誘っている。いろいろと思うところはあっても、それについて言い訳をするつもりはなかった。
返答が意外だったのか、ダンテはわずかに言葉を詰まらせた。
「それならいいが……」
「まだ気になるの? それならいっそのこと、いっしょに来て僕を見張ってみたら?」
「え」
と、声を上げてしまったのはアヤノだった。ダンテが不審げに眉根を寄せる。ショウだけは笑顔のままだ。
「君さえ良ければだけどね。ついでにフレンド登録もしてもらってもいいかな。術士とはあまり組んだ経験がないから興味があるんだ。僕の方では」
ダンテはすぐには答えず、腕組みをしてじっとショウに視線を注いだ。怪しんでいるということだろうか。
「登録は遠慮する。だがしばらく同行させてもらおう」
「ありがとう。嬉しいよ」
「しかしなぜだ」
「下心があるからだね」
「なに?」
「彼女」
そこでショウがこちらを指さした。
「まだ始めたばかりでわからないことが多いみたいなんだけど、予想外に早く第2ステージが開けてしまって。サポートしてくれる人間がもう1人くらいほしいと思ってたんだ」
「たしかにレベルは低いようだ」
「だろ?」
自分をだしに勝手に話が進むので、アヤノはむっとして眉をひそめる。と、2人が同時にこちらを向いた。
「そういう事情ならば納得できる。協力するのもやぶさかではない。“ショウ”、君の言うことのどこまでが事実か、確かめよう」
「ってことでアヤ。聞いての通りだから」
「ちょっと!」
勝手に決めるな――そう叫びかけたところで、ショウが声を出さずに口を動かしていることに気づく。何事かと目を細めると、もう1度くり返した。
――幻想症候群 まだ 言わないで――
「どうした」
「……わたしまだ、いいなんて言ってない」
「駄目かな? 指南役は多い方が上達するよ。僕も苦手分野はあるんだし」
ショウの要求に「なぜ」と視線を送れば「いいから」と返された。内心で首をかしげたものの、よく見れば、ショウのまなざしだけは真剣だ。
「そんなこと言ったって。“戦士”と“術士”だけど」
「術士だからこそわかることってあるんじゃないかな。むしろ僕はそれが知りたいんだけど。――ああ、ごめん。アヤは君とパーティを組むことじゃなくて、こっちで話を進めてたのが気に入らないだけだから」
「! うるさいな!」
「ほらね」
軽く笑い声を上げてから、ショウはダンテに向き直った。
「仲良くするつもりはないのかもしれないけど、改めてよろしく。僕はショウ。魔法をかじってる。火属性、空属性」
「“空”。戦士では珍しいな」
一瞬目を見張った後、ダンテはようやく、友好的と取れそうな表情になった。
「ダンテだ。魔法は地属性と水属性を中心に取得している」
「回復系か!」
「単体全回復までは獲った。――君は“アヤノ”でいいのか」
「……ん」
アヤノがうなずいた時だった。誰かにメッセージの届く電子音がした。ショウが片手を上げ、うしろへ下がる。
「ごめん。ちょっとだけ席を外す。待ってて」
それだけ言い残してログアウトしていった。ずいぶんとあわてているように見えた。
* * * * *
「もしもしおじさん? 進展は?」
待ちに待った返信だ。彼は端末を耳に当てるが早いか先方へ呼びかける。しかし通話機からまず聞こえてきたのは沈黙だった。
「どうかしたの」
『なあ……さっき言ってたプレイヤーの件な。本当のことなんだよな?』
やっと聞こえた声には困惑が色濃い。彼は眉根を寄せた。
「こんなことで嘘も冗談も言わないよ」
『いやな。お前のリスト登録者は調べてみたよ。調べてはみたんだが……履歴がない』
「は?」
『ログイン履歴がないんだよ、その“アヤノ”って子。3日前のログアウトが最後だ。おまけに何通メッセージを送っても反応がない。本当に“テオス・クレイス”内にいるのか?』
今度の沈黙は長く続いた。
やがて、彼はかすれた声でつぶやいた。
「まさか……じゃあ、さっきまで俺といっしょにいた彼女は……?」
2章1節 了