フェイク -2-
「心当たりがあるのか」
「そういうわけじゃないんだけど」
「では何がわかったというのだ」
「ごめん、ちょっと……もうちょっと頭を整理させて」
それきりショウは黙ってしまう。ダンテはため息を落とし、早々にショウから視線をはずした。
「ともあれ、最後の扉を通過したことに変わりないはずだ。ひとまずこの場を調べるべきだろう」
するとユーリがお約束のように、打てば響く調子で反論する。
「これのどこをどう調べるっていうの? ほんっとに何もないじゃない。いったん前のステージに戻った方がいいんじゃないのぉ?」
「それではここまで来た意味がない」
「ってもなー、こいつに賛成するわけじゃねーけど、こっから動いて平気なのかよ?」
迷子になりそうだ、とアルが顔をしかめながら言う。正直なところ、アヤノの胸中でも同じ危惧――というより恐怖に近いものが渦巻いていた。
仲間以外の何も見えない。何も聞こえない。こんなところで迷ったり、皆とはぐれでもしたらと思うと、さすがに気持ちが弱くなってしまう。
と、ダンテがもうひとつ息を吐いた。
「戻るための扉が、一体どこにあると?」
続いた言にぎょっとして、アヤノは思わずふり返る。
確かにそうだ。各ステージにあるはずの“はじまりの扉”さえ、少なくとも近くには見あたらない。
「特別なステージということだからな。何かしらのミッションを果たさねば戻れないという制約を課されている可能性はあるが」
「それも含めて、調べてみないとわからないってわけねぇ」
「マジかよ……」
アルが頭を抱える。が、すぐにぱっと顔を上げた。
「ショウ! どうなんだよ、そろそろなんかわかったこととかねーの?」
期待のこもる視線を受けて、ショウがようやく口を開く。ただ、その視線はどこに向けられているのかわからなかった。
「残念ながら、かな……おかしいことがありすぎて……特に、どうしてこんなに、ここが世界の法則からはずれてるのかが……」
「法則とは、ユリウスの“紋章”の件か」
ダンテが問い返しても曖昧な反応しか返らない。代わりにだんだんとまなざしが深くなっていく。きっと凄まじい勢いで思考を巡らせているのだろう。
「そもそも、あるはずないんだ、こんな場所、僕が、把握していないような」
「ショウ。何を言っている」
「世界には秩序がある、そこをはずれるなんて、そんなこと、可能なはずが……」
「もうショウくんたら、なんだか自分が創世主みたいな言い方するのねぇ」
ユーリが薄ら寒そうに肩をすくめた。
その何気ない一言に、ショウが突然、大きく目を見開いた。
「“創世主”――?」
「あ、やだ、言葉のあやってやつよ?」
「まさかと思うが、その通り己が創造主であると言い出すわけではあるまいな?」
ダンテが胡乱げに眉根を寄せる。対してショウは、完全に表情を失っていた。
そして。
「思い、出した」
確かにそうつぶやいた。
アヤノもつられて目を見張る。口をついて出た声は、自分でも信じられないほどに上ずった。
「何を!?」
「僕が、“第13ステージ”のことを知ってた理由。ほんとに少しだけだけど……ステージデザインを手伝ったから」
「デザイン? って?」
「創造主とまではいかないけど、僕はこの世界を“知ってる”立場なんだ。ああでも、今はあまり詳しく話してる場合じゃないな」
言いながらショウは、今度はせわしなく視線を走らせだした。
「早くここから出る方法を探さないと。ここはたぶん、“第13ステージ”なんかじゃない。“テオス・クレイス”でさえないかもしれない」
「ちょ、おい、急にどうしたんだよ」
戸惑った様子のアルが手を上げて制する。たのむからやめてくれ、と言わんばかりに。
「そんなわけのわかんねーこと、言わないでくれよ!」
「そういうわけにはいかないよ」
きっぱりと首を振って。ショウは、アヤノ達と順に目を合わせた。
「だって約束だったじゃないか。僕はみんなを、無事に元の世界へ――」
瞬間、アヤノは自分の耳を押さえた。唐突にひどい耳鳴りに襲われたのだ。脳髄をえぐるような痛みがしばらく続き、やっとそれが収まってきたかとゆっくり目を開いたところ。
「……え……?」
待っていたのは予想外の風景だった。何度まばたきをしてみても、状況は変わらない。
アヤノは起きあがる――横になっていたベッドの上から。
クリーム色のカーテンの隙間からは陽の光が射し込んでいる。ふとベッドの脇を見ると目覚まし時計が鳴り出した。朝6時半、いつもの起床時間だ。
「アヤノさん。おはようございます。朝食のご用意ができておりますよ」
ドアをノックする音と共に女性の声が聞こえた。アヤノは反射的に返事をしていた。
「おはようございます。すぐに、下へ参りますので」
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