オラクル Ver. ゼウス -5-
「鷲の頭って。どんだけ鷲好きだよ?」
アルが盛大に眉をひそめた。ショウは苦笑する。この手の話は、細かい部分の認知度が予想以上に低かったりするものだ。
「プロメテウスの伝説に関係してるんだろうね。知ってる?」
「? 知らね」
「プロメテウスは神側なんだけど、神の所有物だった“火”を盗んで人間に与えた。それを怒ったゼウスがプロメテウスを罰するために、大鷲を使わした、って話」
「うぇー?」
「神様っていうのは、従わないものに罰を与える存在でもあるから」
「で、その“神の使い”を私達が倒すっていうの、なかなかの皮肉よねぇ」
「興味深い解説ではあるが、今はそれよりも、グリフィンについての情報が必要だ」
ダンテが生真面目に話を遮った。実のところこの会話には、ボス戦前の休息をとる意図を含んでいたのだが。しかしだらだらと引き延ばしてはいられないことも、もちろんわかっている。
「とにかく、物理も魔法も攻撃力がすごく高い。だから受けるよりも避けることを考えた方がいいと思う。それと当然だけど飛んでるからね……攻撃のタイミングをうまく捉えないとね」
「空中の敵相手なら前にも経験してるんだしぃ、そこはなんとかなるわよぉ」
「分担は?」
アヤノが静かに、やる気に満ちた様子で曲刀を握り直した。
他の皆からも疲労感から脱しつつあるようだった。この辺りが頃合いだろう。時間を置きすぎて緊張が途切れてしまうのも困る。
「――周りの雑魚敵を、ダンテとユーリにお願いするよ。僕とアル、アヤは、最初のうちは“攻撃を受けないこと”を最優先に、ボスの目を引いておく」
それぞれが肯定の反応を返してきた。その視線は自然と上へと向いた。
とにかく策は打ち立てた。あとは状況に応じて自分が動けばいい。
ショウは、緊張と昂揚がないまぜになった自分の鼓動をなだめつつ、口を開いた。
「行こう。もうすぐ、約束の場所に着ける」
* * * * *
――楽しそうだね。
……楽しいよね?
ねえみんな。
ずっと楽しいままで、いたくない……?
* * * * *
巨大な岩盤に上がってみれば、そこは思ったよりも平らかだった。多少の凹凸はあるものの石ころひとつ見あたらない。ただし、ここまでの足場と同程度には安定感に欠ける。全員でひとところにいるうちに少しずつ足下が沈んでいく。
「ダンテとユーリはもう少し内側に。できるだけ端には寄らないで」
手招きしたと同時に、頭上を巨大な影が横切った。続いてそれよりは小さなものも。
ショウは素早く周囲を見渡した。
「鷲は5羽か。サソリはみつけるのが難しいから……ユーリ」
『使役獣召喚:グライアイ』
返答代わりの詠唱でおなじみの目玉が現れた。シュールな見目ながら、これまでの索敵でどれほど役に立ってくれたかわからない。
「フィールド回らせてくるけど、少し時間かかるわよ」
「了解。その間は凌ぐから、探索に集中して」
「はいはい」
「ダンテ!」
「ああ」
宝剣を両手で持ち直したダンテは、空を舞う小さな影を睨み上げた。
『魔法:カタラクティス』
防御水壁を展開している間、画面を注視するユーリの周りを3人で固める。1度、グリフィンがこちらへ向かってくる素振りを見せたため一瞬緊張が走ったが、幸い攻撃はなく、旋回して戻っていった。
「――サソリ、8匹確認したわ。場所はだいたい把握したから、さっさと駆除しちゃうわねぇ」
ユーリが顔を上げ、錫杖を頭上に掲げた。
『ヒドラ!』
召喚された大蛇は獲物を求め、身をくねらせて迷うことなく這っていった。が、それを最後まで見届ける前に2体の鷲が急降下してくる。
「任せろー!!」
アルがテンション高く叫んだ。と思うや止める間もなく水壁の外へと飛び出した。ショウは内心で頭を抱える。あれはもしかして、今もまだ自分が鷲を担当しているつもりなのか。
「アヤ!」
「サポート、了解」
「僕はグリフィンの攻撃がこっちに向かないようにする。――ダンテ、念のためユーリを守ってくれる?」
「了解した。サソリとセイレーンが片づき次第、そちらに加勢する」
「たのんだよ!」
なかなか計算通りにはいかないものだ。生きた人間相手なのだから当然といえば当然だが。
×××××相手とは違うのだと、痛感する――
「アヤ、反対から回り込んで! セイレーンが来てる!」
「! 了解」
「アヤー麻痺ってしくじんなよー!」
足場を確保し両手撃ちに戻せたことで調子を上げたのか、アルは的確に鷲を撃ち抜いていた。
とはいえ決戦は始まったばかりだ。ショウは、軽く唇を引き結んだ。