オラクル Ver. ゼウス -4-
――忘れたくない? ……どうして?
本当は『忘れたい』って、思ってたんじゃないの――?
* * * * *
視界を小さな影が横切った。ショウはとっさに長剣を振り上げそれを両断する。ほろりとセイレーンの輪郭が崩れるのを見ながら、ふと思う。
――そもそも僕達は、なんのために戦ってきたんだっけ――
敵は次々と襲ってくる。そのたびに思考を邪魔されるが、それでも考え続けなければならない。
でなければ、“また”何かを失うような、そんな気がするから。
――この世界の異変を調べる――その動機は正義感? それとも、ただの好奇心?
誰かにたのまれたからという理由は、自分たちの他誰もいない現状では考えにくい。いやそれより、以前は“誰か”いたのだったか。自分達以外にも。それがなぜか急にいなくなって、それが――それだけが、異変――?
「ユーリ!」
不意にアヤノが鋭く叫んだ。はっとしてふり向くと、アヤノがユーリの腕をつかんだところだった。狭い岩の足場でバランスを崩したらしい。
「あ、ありがと」
「あっち。アルの足下」
「はいはい!」
こちらが手を出さなくても問題はなさそうだ。判断して意識的に視野を切り替える。他に何かいないか。危険はないか。対処のための手は足りるか。
――ふたつのことを同時に思考しようとすると、いつの間にか戦闘方面に傾きそうになる。もちろん目の前のことだって大事だ、ないがしろにするつもりはない。ただ、一辺倒になってはいけないと、内心で自分を戒める。
「アル、左向こう!」
「任せろ!」
「下も来てる。わたしがやる」
アヤノが身軽に浮き岩を渡り下りていった。迷いのない動きにたのもしさを感じる。初心者だった頃のぎこちない戦い方を知っているだけに、妙な感動さえ覚える――
「……“初心者”……?」
なにげなく思い浮かべた単語の違和感に、ショウは思わず眉根を寄せる。が、その正体を掘り下げようとしたところで、名を呼ばれた。
「ショウ! たのむ!」
「!」
セイレーンの群れが2方向から襲ってきた。とにかくその処理が先だ。ダンテだけではおそらく手に余る。
『魔法:エクリクシー!』
手持ち唯一の範囲攻撃で爆発を起こし、群れの一方を焼く。無論ダンテの魔法には威力で劣るものの、さほど生命力の高くないセイレーンには充分有効だ。
取りこぼしは投げナイフで順次仕留めながら他の様子を窺う。アヤノが若干押され気味に見えた。けれどアルがもうじき自分の方を片づけられそうだ。そうすれば加勢にいける。
はず、だった。
『使役獣召喚:ヒドラ!』
大蛇が現れアヤノの方へ向かっていった。不意をつく形で鷲の頸に食らいつく。
「ユーリ!」
「サソリがいなくて暇なのよぉ」
「おいこらダンテ、ちっこいの残ってんぞ!」
アルはアルでセイレーンを撃ち始めた。やはり乱戦になってくると、最初の決め事など守っていられない。そうなると文句をつけるより、より状況把握に神経を使う方が適切だ。
「残数はどうなっている?」
「あと、46」
「そんじゃ……これで41だ!」
アヤノが言うのを、景気良く撃ちながらアルが訂正した。ショウが確認した画面にも同じ数字が浮かんでいる。
改めて周囲を見回す。敵の影はないようだ。どうやらこれで、先に進めそうだ。
――本当に、みんな強くなった。
「なーおい、あれか!」
「うん。あれがボスのテリトリーだね」
「……あれが」
見上げた先には円盤のような巨大な岩盤が浮かんでいる。
ここをうまくクリアできれば、とうとう約束が果たされる。が、何よりも先に願うことは、全員が無事に切り抜けること。そのための情報提供は一切惜しまないつもりでいる。
「ショウ、ボスはどんな?」
アヤノが近くまで来てこちらを見上げた。ショウは金色の眼を見返してから、また上方へと視線を戻した。
「第12ステージのボスは、怪鳥グリフィン。鷲の頭に獅子の体を持つ怪物だよ」