オラクル Ver. ゼウス -3-
何やら非情にうさんくさいセリフを吐かれた気もするが、とにもかくにも、扉は開かれた。揃って最後のオラクルエリアへと、飛ぶ。
「みんな! そのまま、動かないで!」
移動の合間にショウが言った。アヤノは首をかしげつつも、足が地に着いた感覚の後に、まず足場を確認した。
「!?」
「すっげー!?」
眼下には思いもよらない景色が広がっていた。通常のフィールドと同じくまた岩山を登るのだろうと、漠然と思っていたのだが。
実際に自分の足が乗っているものは、浮遊する岩の塊だった。
「これ、それなりに揺れるわね?」
「移動がより困難になるのか」
「すっげー! さすがはラストステージだぜ!」
周囲には大小さまざまの岩が無数に浮かんでいる。それらは全体として見ると、さながら空へ向かう階段のように、ずっと上へ続いていた。
ならば下はどうなのか。視線を下げれば、神殿の屋根を俯瞰できるのだとわかった。
“空の神域”――そんな呼び方が自然と頭に浮かんだ。
「みんな、ちょっと」
不意にショウが手を上げた。そうして口にしたのは、ちょうどアヤノが疑問に思っていたことだった。
「今までは落下してもダメージにならなかったけど、オラクルエリアは違うんだ。神殿より下まで落ちた時点で“オラクル失敗”になるから、充分気をつけて。絶対に落ちないようにしてね」
これには動揺が走った。浮き岩は決して安定しておらず端に寄れば重みでゆっくりと傾いていく。そんな条件の中で、足を踏み外せば脱落とは。
「だけどアウトになるって、落ちた本人だけでしょ? 別に平気よぉ、他のメンバーでクリアしたあと再チャレンジすればいいだけじゃない?」
「……」
こんな時にはどうしても、温度差を感じてしまう。アヤノからすればユーリの言はあまりに楽観的だ。けれど指摘したとしても、わかってもらえるかどうか。
同じことを考えたらしいショウは、否定はせずに緩く笑った。
「それはそうなんだけど。せっかくだから、みんなでゴールできたら嬉しいよね。そしたらすぐに“13ステージ”に向かえるし」
「幻のステージ、ねぇ……それならどっちにしろ……」
「うん?」
ふと言葉を濁したユーリに、ショウがいぶかしげな視線を向けた、矢先。
『魔法:カタラクティス』
ダンテが防御の水壁を立ち上げた。それを承けて全員が戦闘モードに入る。
「ユーリ、続きはまた後で!」
「わかってるわよっ」
「ここからは――敵ごとに分担を決めよう! アヤとアルは鷲の相手を! ユーリはサソリ、ダンテはセイレーンをたのむよ! 僕は手薄なところを援護する!」
「おおおっしゃあああああぁ!!」
アルがテンション高く雄叫びを上げた。アヤノも曲刀を手に、膝を曲げて力を矯める。
空中にはすでに影がある。アヤノとアルはほぼ同時に、別方向へ跳んだ。それぞれ漆黒の大鷲を相手に攻撃を開始する。その間に、再びダンテの詠唱が響いた。
『魔法:クラティラス!』
炎の範囲攻撃が出たからには、セイレーンの群れが来ている。背筋にちりりと刺激が走ったけれど、まずは目の前の敵を倒すこと、それだけに意識を向けるよう努める。
「ダンちゃん! ちょっと1歩よけて!」
「その呼び方はやめてもらおう!」
「ぐずぐず言ってるとサソリに刺されるわよ!」
「アル、次は右手側!」
入り乱れる声と気配。できるだけすべてに注意を払いつつ、空中に影が生じればそれを最優先に追う。
「登ることはひとまず置いて、足場の確保と、敵を確実に倒すことが優先だよ!」
だから、ダンテとユーリはあまり大きく動かなくて済むように。ショウの意図はわかっているつもりだ。残る問題は、皆が――アヤノも含めて――暴走せずにいられるかどうか、なのだが。
「サソリはひととおり潰したわよぉ」
「アル!」
「こっちはいい、オレに任せろ! それより、またアレが湧いてきてんぞ!」
「どうりで敵残数がやったら多いわけよねぇ」
「セイレーンも群ではなく個体でカウントされているのならば、取りこぼしは許されんな」
「そういうことになるね……!」
「了解した。――元より、逃すつもりはない」
20体近くで群れてくるものを、1体残さず焼き尽くす。
『クラティラス!』
ほとんど魔法を使わないアヤノの目にも、火力の上がっているのがはっきりわかった。ユーリの召喚獣は顕現時間が前よりずっと長くなっているし、かと思えばアルが銃の片手撃ちを会得したようだし、アヤノ自身、戦輪の扱いにだいぶ慣れてきた。
皆、どんどん進化している。
それは嬉しくもあり、楽しくもあって、ともするとその快楽に身を任せたくなる。
けれど。
「無茶はしないで、確実に! 焦ることなんてぜんぜんないからね!」
ショウの姿が視界に入るたび、自戒した。死なない、誰も死なせない――決してそのことを忘れないように。
必ず全員で、次のステージへ進むために。
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