ジャミング -3-
「なんだろう」
「さあ」
「ケンカか何かかな」
「見に行くの?」
意外に野次馬タイプだったのか――と、思ったのがわかったらしく、ショウは苦笑いした。
「止められそうなら止めるよ」
「……」
「なんでヘンな顔してるのかな。とにかく行ってみようか」
すいときびすを返したショウは、アヤノがついてくることを疑っていないようなそぶりだった。事実アヤノもつられたように歩きだしていた。それに気づいた時は思わず自分に呆れたものの、何が起こっているかに興味がなくはなかった。
大通りから横道に入る。現場は今までいたのとは違う出口近くだった。
まず目を引いたのは、まっ黒なマントをまとう長身の後ろ姿だ。腰にちらりと見えたのは宝剣で、宝飾の色は青。“術士”だ。
レベル39。名前は、“ダンテ”。
彼に対する形で4人のグループが、何やら気圧されたような、それでも引くに引けないといった様子で彼を睨みつけている。周囲でそれを眺めている人影は少なくない。4人組の方はそちらもちらちらと気にしているようだ。
「――っせーな! お前! なんでそんなしつこく絡んできやがるんだよ!」
「絡んでいるわけではない」
自棄気味の問いに重々しい低音が応じた。
「君達の行為は正当性を欠いていた。看過できない」
「だーかーらー。単に新しいオトモダチを増やそうとして声かけただけで、なんでそこまで言われなきゃならないわけ?」
「強要していると見えたが」
「は? なにそれ? 名誉キソンってやつだろ?」
「ありえねー!」
4人組は必死だった。少なくともアヤノにはそう見えた。黒マントの術士がまったく揺るがないからだろうか。
そう思ったところで、ふと、ショウの姿が近くにないことに気がついた。
「あれ……?」
「てかさ、いい加減にしろよ! それ以上言うなら違反報告すんぞ、マジすんぞ!?」
1人がわめき始め、他の仲間が「そうだそうだ」と唱和した。違反報告というのがアヤノにはよくわからないが、さすがにそろそろ胸が悪い。一向に止めようとしない他のギャラリーもだ。
小さく息を吸い、吐く。1歩、前へ出ようとして。
その時だった。
「へえ、違反報告? 君達にそんなことできるの?」
涼やかな声が響いた。いつそんなところに移動していたのか、ショウが向こうの建物の陰から姿を現す。4人組のすぐ近くだ。
「げっ……ショウ!?」
明らかに彼らは動揺した。そんな4人にショウは意地悪く笑いかける。
「この間は人前で言わないでおいてあげたのに。まだ続けてたの? 仕方ないなあ」
「い、いや、これはその……っ」
「今そこでね、オトモダチに話を聞いてきたよ。誰とは言わないけど……いいアイテムを持ってたよね」
1歩、また1歩とショウが近づくたびに、4人はそろってじりじりと後退する。
「偶然手に入れたレアアイテムだって。気になるよね? ――ああ、だから彼女とオトモダチになろうとしたのかな? オトモダチだったら、アイテムを“交換”することもできるからね」
「それって、レアアイテムの交換目的で“フレンド”登録させようとしたってこと?」
アヤノが簡単にまとめると、奇妙な雰囲気が波のように広がっていった。「言ってしまったな」という無言の言が聞こえた気がした。
ショウが、くっと口の端を上げる。
「最初に注意した時でやめておけばよかったのに。他のプレイヤーに迷惑をかけるのは良くないよ。もしも一定数以上の違反報告があった場合は、――わかってるよね?」
4人は悔しげに歪めた顔を見合わせ、それぞれに吐き捨てた。
「そんなんじゃねーってんだよ! おれらもう行くぞ!?」
「っざけんなよバーカ!!」
そうして逃げるようにフィールドの方へ駆けていく。ギャラリーもぽつぽつと欠け、徐々にいなくなっていった。
肩をすくめながらショウがこちらへ歩いてくる。それを追うように“ダンテ”もこちらを向いた。短い髪色と同じ黒い瞳が、なぜかショウを見ていた。
「ああいう困った連中がたまにいるんだよね。アヤも気をつけた方がいいよ」
「……さっきいた全員が通報したら?」
ショウはまだ気づいていないようだ。妙に険しい視線を気にしつつ、アヤノは疑問を口にした。ショウの笑みに皮肉が混ざる。
「すれば運営から警告、もしくはIDが削除されることになるけど。たぶんそうはならないよ。普通の人は面倒なんて避けるから。せめてあの4人が、これに懲りておとなしくなってくれればいいかなってところ」
「ふうん」
「――ショウという名前は聞いたことがある」
ショウが立ち止まり、ふり返る。ダンテがゆっくりとこちらへ向かってきていた。
「“フレンド詐欺”とやらで有名と聞いた。本当か」