オラクル Ver. ゼウス -1-
この“天空”のステージでの戦闘は、これまで以上に試行錯誤が必要だった。何しろ他にはない縦移動のフィールドだ。
結果、“オラクル”への道中は普段とは違う布陣をとっている。視野の広いショウが先頭を進み、運動能力の高いアヤノとアルが後衛を務める形だ。万一ユーリとダンテが落下しても対応できるように。
「つかさーそれじゃあオレらが落ちたときどうすんだよ?」
「信用してるんだよ。アルなら、自分でなんとかできるでしょ?」
「お……そうか? そういうことか!?」
そしてショウは相変わらずアルをおだてるのがうまい。ダンテとユーリも同じことを思っているのが表情でわかる。知らぬは本人ばかりなり、か。
もっとも、アルを信用しているというのはショウの本心なのかもしれない。
「そうよぉアルちゃん。信用してるから、落ちたらうまく受け止めてねぇ」
「それ以前に落下を避けるのが第一だ」
「やぁねぇダンちゃんマジメすぎなんだからぁ」
「ダ……!?」
「ユーリ、それ、おもしろい」
「アヤちゃんは面白いならちゃんと面白そうな顔してほしいわねぇ」
「今のってそういう話だったかよ?」
他愛のない会話の合間も、皆気を抜いているわけではない。その証拠に、一瞬影が差しただけで全員が一斉に反応する。
『魔法:ソーク!』
『魔法:ケラヴノス』
ユーリとダンテが立て続けに魔法を放った。前者はサソリ、後者は鷲に向けて。
バランスを崩しよろめいた鷲の、羽を目がけて銃弾が飛ぶ。アヤノもすかさず戦輪を投じた。そして、とどめとばかりにショウの火炎魔法が炸裂する。
『魔法:フロガ!』
鷲が墜ちる。その影が消えてなくなるまで、のんびり待ってはいられない。
新しく生じた影――それを見て、アヤノは思わず顔をしかめた。
「出た」
「“セイレーン”!」
ショウが警告の声を上げる。即座にダンテが宝剣を上げた。
『クラティラス!!』
見る間に迫ってくる、雀ほどの大きさしかない鳥の、空を覆わんばかりの大群。それを範囲攻撃で一気に焼き払う。
こぶりな体がぼとぼとと墜ちる。笛のような綺麗な音が方々で響くけれど、聞き惚れている場合ではないのだ。セイレーンはただの鳥ではなく、人間の女の顔を持ち、麻痺効果のある歌を歌う。先手をとって一掃しないとけっこうな足止めを食らってしまう。
「ていうか、何度聞いてもアレが“セイレーン”っていうの、違和感があるわぁ」
ユーリが小首をかしげた。それを聞きつけたらしいショウが、ああ、とふり返る。
「今は海の魔物のイメージが強いと思うけど、伝承上最初に登場したときの姿はああいう感じらしいよ」
「ふぅん?」
「で……アヤは? 大丈夫?」
不意に声が降ってきた。見上げると青い眼が気遣わしげな光を浮かべている。
アヤノは実は、あれが――セイレーンが苦手だ。なぜだかどうしても、攻撃しようとする手が竦む。戦闘の勝敗を左右しかねないから皆にもそれは伝えてある。
「何が駄目なんだろうね。心当たりとかある?」
問われて、一瞬ためらった。
何度も遭遇してさすがに少しはわかったことがある。その解自体が不可解ではあるのだが、黙っていても仕方ないから、ひとまず口に出してみる。
「鳥」
「鳥?」
「小さい、鳥……の、姿」
「が、駄目なの? ――ああそういえば」
「?」
「前に言ってたっけね、『鳥を飼ってた』って。ひょっとしてそのせいなのかな?」
「……。え?」
突然の、なにげないショウの言に、頭がまっ白になった。
――鳥。
自分が飼っていた、鳥……?
「その色が好きだったって、確か……言ってた気がするんだけど……」
再び目が合った。ショウも困惑の表情になっていた。
アヤノにはそんな話をしたという記憶はなかった。けれど。
知っている。
それは自分の、とても、大事な――
「アヤ、いいよ。今はまだ」
ふわりと頭を包まれて我にかえる。激しく高ぶった感情の波が引いてから、得体の知れない黒いものに浸されていたとようやく自覚した。
ひたいに汗が浮いていた。瞬間的にだけれど、本当に気が変になるかと思った。
なぜ、急に。こんな風に。
「どうしたよ? 大丈夫か?」
「体調不良ならば1度引き返すか」
「あ……、ううん、もう、」
心配そうに声をかけられ平気だと返答しかけ――硬直する。
いつの間にやら自分はショウの腕の中にいて。控えめに言って、非常に驚いた。
あわてて離れようとしたものの、足元が不安定なものだから、うかつに身動きもとれない。
「うん、もう平気そうだよ。でも無理はしないでね。また何かあったら教えて」
「……あの、ショウ」
「それと。ありがとう」
ショウはなおアヤノを引き寄せ、囁いた。
「今のでわかったんだ。僕達は、自分のことは思い出せなくても、他の誰かのことは思い出せるのかもしれないって」