コントロール -1-
アヤノはひたいの汗をぬぐい、小さく息を吐いた。そうしてふと見上げた空はまっ青で、太陽がまぶしくて――くっきりとした黒い影がとてもよく映える。
『魔法:スィエラ』
旋風が黒鷲の羽を煽る。バランスを崩させたところで、アヤノは思いきり斜面を蹴った。鷲よりも高いところへ跳ぶ。曲刀の切っ先が振り子のように弧を描き、翼のつけ根を深く抉った。
鳥頭を踏みつけて再び岩山へ戻る。こと切れる間際に一層けたたましく啼いたのは怒りの表現だったろうか。
などと考えていたところへ、憔悴気味のユーリの声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、いい加減に休憩しない? ちょっとみんな張り切りすぎじゃない?」
「休憩なんざいらねーよ、せっかくノってきたとこだぜ!」
「体力馬鹿のアルちゃんはいいかもしれないけど私が無理なの!」
わめくユーリをダンテがちらりと見返った。ダンテ自身も表情は冴えない。体力軽視の“魔術士”や“召還士”はもしかすると、“戦士”のアヤノ達よりよけいに疲労を感じるのかもしれなかった。
「そっちが根性なしなだけじゃねーか!」
「どうどう。気持ちはわかるけど、休むことも大事だよね」
「ほらぁショウくんだってそう言ってることだし」
「……そうだな。1度セーフティエリアへ。アイテムも補充した方がいいだろう」
最終的にダンテが決断を下した。
これ見よがしに頬を膨らませ無言のアピールをするアルを横目に、アヤノも下山の態勢に入る。戦い方に慣れてきたからこそ、アイテムを整えたり平地でゆっくりイメージトレーニングをしたりというのも、決して無駄ではないと思う。
下りは楽だ。スピードがつきすぎないよう気をつけながら滑り降りていく。ふてくされたアルが『滑り落ちる』くらいの勢いで行こうとしたけれど、ショウが首根っこをつかまえて止めた。それを鼻で笑うユーリとため息をつくダンテ。見慣れた光景だ。
けれどアヤノは、ふと不安を覚える。
見慣れているはずの光景。それがどことなく、ガラス板で仕切られた向こう側の作り物のように感じることが、ある。ショウとの約束を交わした辺りから何度も。
その前はどうだったかといえば、よく覚えていないのだった。どころか、思い出そうとすると思考に霧がかかったようになってしまう。
もしかして自分はおかしいのだろうか。
それとももしかして、おかしいのは、他の――
「アヤ!!」
ショウの鋭い声。反射的に払った曲刀から手応えが伝わった。
斬ったのはサソリだったのだと後から認識する。ほんの少しだけ背筋が寒くなった。ものを考えるにしても、やはり時と場所を選ばなければ。
「刺されなかった?」
「平気……」
「ちゃんと気をつけてないと。……何も考えないのは困るけど、考えすぎて動けなくなるのも良くないよ」
後半は小声で耳打ちしてきた。もっともな指摘にうなずいてから、ふるふると頭を振る。ついでに軽く自分の頬をたたく。と、さすがに苦笑された。
「そこまでしなくても。痛くないの?」
「そんなに強くしてない」
「ならいいけど」
「ショウくんアヤちゃん、ちょっと! こっち手伝って!」
不意に切迫した空気が漂う。見下ろした先では大きな影がふたつ、瞬く間に形成されていった。
2体の鷲がてんでに啼く。が、それを聞く前にアヤノは跳んでいた。急な坂道も鷲の背中も足場としてはどっちもどっちで、ならばさっさと敵の近くに飛び込む、というのがアヤノとアルの戦闘パターンになってきていた。
『魔法:ケラヴノス』
『使役獣召喚:ヒドラ!』
ダンテとユーリは敵に接近される前に魔法を駆使している。そしてショウは、全体を見つつ臨機応変にサポートしてくれているようだ。そのことに気付いたのは、斜面でも多少動けるようになってからだったけれど。
「いっけええええええええぇ!!」
「ちょっとアルちゃんっ」
大蛇に巻きつかれてもがく鷲に、アルが飛びついていった。
下手をすればもろともに墜落する。一瞬ひやりとさせられたものの、ぬかりなく1発撃ち込んだだけで戻ってきた。その1発がとどめとなった。形を崩し塵のように散っていく。
「落ちるようなマヌケじゃねーよっ!」
アルは自慢げに胸を張った。が、ショウが真顔でたしなめた。
「君の実力はちゃんと知ってる。でも、たのむから絶対落ちないでね。怖いのは落下そのものじゃなくて、落ちた先で孤立することだからね?」
これにはアルも言い返せなかった。ばつが悪そうにうなずき「気をつける」と返す。アヤノも内心で胸をなで下ろした。――それにしても。
戦闘は別として。なんだかやけに、平和だ。不気味に思えるほどだ。
「“モザイク”……しばらく、出てきてない?」
つぶやきにショウが反応した。
「確かにそうだね」
「だけど、なんで?」
「わからない。もちろん出ないに越したことはないけど。前はあんなに出てたっていうのに――」
似た違和感をショウも抱いているようだった。遠慮がちに窺えば、青い眼は心持ち細められ、どこか遠くを見るようにしていた。