エスケープ -3-
5人並んで急峻な斜面を見上げると、風が吹いて、岩肌に付いている砂がさらさらと飛んだ。砂は黄色みを帯びている。そのせいか、まるで砂漠がせり上がっているようでもあった。
「上に行くほど角度も急になってたはずだよ。まずは下の方でゆっくりレベルを上げようか」
アヤノは軽く目を見開き、改めて見上げてみる。――今見える範囲でも充分にうんざりするような傾斜なのだが。
「てことは、最終的には絶壁レベルってか」
「そうなるだろうね」
「ええぇ」
「情けない声を出すなユリウス。ともかく登るぞ」
ダンテの先導でそれぞれが突き出た岩に手をかける。初の縦移動で慣れないものだから、足場を確保するのにもなかなか苦労する。
しかし当然のこと、敵がそれを待ってくれるはずもない。
「来たよ!」
ぎゃあぎゃあとけたたましい声が響いた。片手で岩をつかんだままふり返ると、頭上を巨大な黒鷲が舞っていた。その片翼だけでもアヤノが両手を広げるより大きかった。
「アヤ! よけて!」
鋭い爪が眼前に迫った。アヤノはとっさに曲刀を横薙ぎする。片手で、しかも毛片方の手は体を支えるために残したままだったためひねりも不充分だった。当たるには当たったがダメージはいまひとつだ。
「突進来るよ!」
ショウの合図でユーリとダンテが横へ避けようとした――が。
移動先をみつけそこねたダンテが、顔を庇ってかざした腕を嘴で突かれた。少し上まで進んでいたショウが滑りおりてくる。ユーリの方は、うっかり足を踏み外したのが逆に幸いしたようだ。
「ダメージは?」
「問題ない。動ける」
「次、魔法攻撃」
ショウが注意を促す。恐ろしく冷淡な声と表情だった。
『魔法:カタラクティス!』
「っあーめんどくせー!」
空を覆った水壁にカマイタチのような衝撃波がぶつかったところへ、すかさずアルが動いた。大胆にも斜面を蹴って鷲の背中に飛び移り、首の後ろにショットガンを押し当てて躊躇なく撃ち込む。
なるほどあれなら両手を使った攻撃ができると、アヤノは無言で感心した。
『使役獣召喚:ヒドラ!』
ユーリの召喚した大蛇も加勢し、ほどなくして鷲は墜ちた。
再び斜面に飛び移ってきたアルに、ショウは「自分が落ちないように気をつけて」とだけ苦笑混じりに言って、また登りだした。いきなりそんなに先まで行くのかと思いきや、皆よりも少し高いところから周辺の様子を窺っているようだった。
「アヤ、右手側!」
ショウが指さした先に羽音は聞こえなかった。代わりに砂の中からがさがさと這い出る黒い影。
「ありゃサソリか?」
「小さいけど毒があるよ! 痺れて動けなくなる!」
影は左右に方向を変えながら近づいてきた。前のどこかのステージで出現したサソリに比べれば体長は半分ほどしかないのだが、移動速度はかなりのものだ。
平地でならアヤノの方が絶対に速い。しかし、今はまだ、対処しきれない。
『魔法:アンベロス』
ダンテの詠唱で蔓が伸び、サソリの尾を絡め取る。一瞬遅ければ刺されたかもしれない。顔をしかめながら戦輪でダメージを与えると、ユーリの大蛇が援護してくれた。
うまくやれないのが歯がゆい。と同時に、猛烈に燃えてきた。
「早く……ちゃんと戦えるようにならなきゃ」
自分に言い聞かせるため、あえて口に出した。すると静かな声が降ってくる。
「焦らなくて大丈夫。必ず戦い方はあるはずだから」
「ていうかショウくんてば手慣れてるわねぇ。このステージは初めてなのよね? 本当に?」
感心しているのか皮肉なのか判断しづらい調子でユーリが言った。対してショウはほんのわずかに口角を上げただけだった。
「来るのは初めてだよ。できるだけの知識は頭に入れてきてるけど」
「あとはやっぱ、こう、センスがすげーんだよな! どこでだって何でもできるもんなー!」
なぜか胸を張りつつアルが割り込んだ。見ればすでに岩場から両手が離れ、足の踏ん張りだけでバランスをとれるようになっている。そういう身体的センスはアルも充分優れていて、さらにその上をいくのがショウだ。アヤノとしてもその点に異論ない。ショウは気付いたときにはもう支障なく斜面を動き回っていたし、そのことに違和感さえなかった。
そして、どれだけ称賛を浴びようと、ショウはこう言うのだ。
「なんでもできるわけじゃないよ。ただ、負けられないだけ」
アヤノは曲刀の柄を強く握りしめた。
安全が最優先なのはわかっているのだが。ショウに負けていられないという思いもまた、時を追って強くなっていた。
* * * * *
――ねえ。みんな楽しんでる?
この“ゲーム”を。
もっと、ずっと、
楽しんでいたいよね……?
第12章1節 了