オラクル Ver. ハーデース -8-
念のためちらりと画面を確認する。大丈夫、生命力は全員が完璧に回復済みだ。
ケルベロスの方はといえば、まだ首をひとつ失ったダメージから立ち直りきれずにふらついている。
『魔法:メテオリティス』
再びの流星群。ショウが咎めるような調子でダンテを呼んだ。もうそろそろアフロディテの紋章の効力も切れるのでそれが心配なのだろう。
などという分析をする暇は実際にはなかった。ケルベロスがこれ以上動き回らないようひたすら脚に斬りつけ、隙を見ては鼻先に戦輪を投げ上げる。
「首、いただくぜ!!」
雄叫びに目を上げると、アルが右の頭の上にいて、首の後ろに銃を押しつけていた。
引き金を引く。反動でがくんと揺れた右の首はそのままだらしなく舌を垂らし、そのまま霧散した。
残るは雷を吐くまん中の首だけ。そう思ったところで、地獄の番犬は吼えた。
鼓膜が破れるかと半ば本気で思いつつ、とりあえず我慢する。攻撃の手は止めない。この勢いのまま、倒す。
「――アヤノ!」
ダンテの一声は警告だった。反射的に飛び離れると、ケルベロスも大きくジャンプした。一定量のダメージを受けると攻撃パターンが変わるタイプか。さっきまでより動きが速く、派手になる。
その代わり姿ははっきりと見えるようになった。アヤノにとってはこちらの方がよほどやりやすい。
「アヤ、怪我は!?」
「ない!」
「そんじゃー、そろそろ片づけんぞ!」
同じく体力派のアルが生き生きとした表情で宣言した。返事はそこそこに、アヤノは膝に力を込める。
跳ぶ。正面には牙を剥き出しにした猛獣の顔。瞬間的にその動きがスローモーションに見えたのは集中力が高まっていたためだろうか。そのまま、曲刀を横に払い金色の眼を斬り裂いた。
『魔法:アフティダ!』
ショウが放った光線は、今度はダメージを与えるためのもの。もう片方の眼を直撃してケルベロスの視界を完全に奪った。
たぶん、あともう少しで。
「アルは向こうから!」
「任せろ!」
「脚、止めとく」
「! たのむよ!」
アヤノはありったけの戦輪を獣の右脚に打ちつけた。その手持ちが切れるなり斬撃に切り替える。逃がさないよう斬りまくって、ついに、膝を折らせた。
が。
「ダンテ!!」
ぱくりと大口が開いた。ここへ来ての魔法攻撃。狙いを定めた先にはダンテがいる。もう魔法が使えず、身体能力では劣るダンテが。
アヤノからは距離があり助けようにも届かない。他の3人は。誰か彼を――
『魔法:アネモス!!』
風の防御魔法を唱えたのはアルだった。一瞬耳を疑い、そういえばと思い出す。ずいぶん前に獲得していたものを実戦で使ったことはなくて、それを、ここで。
雷光がはじけた。その向こう側へアルが怒鳴る。
「無事か!?」
「大丈夫みたいよぉ!」
叫び返したのはユーリだったけれど、すぐに本人の手が宝剣を上げた。
その間にショウが長剣を振るい、最後の首を、落とした。
今度こそ耳がおかしくなるかと思うような断末魔を残して、巨体が崩れ落ちる。徐々に輪郭を崩し、元の黒い陽炎へ、形のない存在へと還っていく。
「……勝った……」
アヤノは思わずその場で両膝を落とした。生命力はそれほど減っていないのだが、疲労感が凄まじい。それでもゆっくりと呼吸をくり返すうちに、安堵感と達成感で胸がいっぱいになっていった。
やった。やりきった。
すぐ近くでアルが「よし」と拳を握り、向こう側でダンテが天を仰ぎ、ユーリも満足げに目を細め。全員で喜びを分かち合えると――そんな風に思えた矢先。
「みんな」
ざくり、と。ショウが地面に剣を突き立てた。ひどく静かな声からは、どんな感情が込められているのか、いまひとつ読みとりづらかった。
「な……なんだよ、ショウ」
おそるおそるの体でアルが尋ね、ショウはそれを一瞥した。
「少し、話がしたいんだけど。いいかな?」
第11章 了