オラクル Ver. ハーデース -5-
最後の力で飛びかかってきたオオカミを正面からたたき斬り、その消滅を確認してから、アヤノは小さく息を吐いた。
マップには相変わらずわけのわからない飛び石スペースが表示されている。それでも最初と同じ戦法で、敵を倒しては進むうちに、3桁だった残数表示はいつの間にか15まで減っていた。
「敵、出なくなったな?」
「あとはボスと共にってことかしら。“モザイク”以外は」
「マップはすべて潰してきたはずだからな」
ダンテが画面から目を離し、確認するようにぐるりと全員を見渡した。
若干の疲労感は漂っているものの、ボス戦前はいつもこんなものだ。それよりも問題は手持ちのアイテム量で。これが今回、少々の不安材料になっていた。
「前と同じくらいは残ってんじゃねーか?」
「敵は前のステージよりも確実に強いんだよ。それで前回と同じアイテム数だと、ちょっと」
ショウの渋い表情は皆を心配しているがゆえだ。だからこそ念の入った準備を欠かさないし、常に最善を考え続けている。その辺りはさすがに伝わるらしく、アルはばつが悪そうに首のうしろを掻いた。
けれど。
「それはそうかもだけどよ。まー今までみたく、なんとかなるんじゃねーの?」
楽観の度合いには相変わらず大きなズレがある。そのせいでどうしても、本当には意志疎通できていないような気がしてしまう。
とはいえ嘆いていても始まらない。この“オラクルエリア”から脱出する条件は、ボスを倒すか、生命力を失うかだ。
「この先補充の機会はボスの領域にしかない。領域内にならば、あるかもしれん」
「うん……わかってる」
「行けるな?」
「もちろん」
ショウはダンテにうなずいて見せる。そうして、迷いを振り切るように顔を上げた。
「このステージのボスについて、話しておいた方がいい?」
「たのむ」
「了解。アヤ以外は、想像ついてると思うんだけど」
ちらりと見られて少しばかりむっとする。と、ショウが「ごめん」と苦笑した。
「でももしかしたら、アヤも名前くらいは知ってるんじゃない? ――地獄の番犬“ケルベロス”。3つ首の怪物がここのボスだよ」
あ、と思わず声が漏れた。そういえば聞いたことがあるかもしれない。あまりそういった系統の知識のない自分がそう思うくらいだから、本当によく知られているのだろう。
「すっげー魔法攻撃してきそうだよな」
「してくるね。しかもそれぞれの首が別々に」
「それは厄介だ」
「代わりに、ボスエリア内には川がなかったはず」
「お。そりゃいいな!」
足場を気にしなくていいのは何よりだ。全力で動き回ることができる。アルが好戦的な目をして唇を舐め、アヤノも思わず柄を握る手に力を込めた。
が、そこから意識的に体の力を抜いていく。熱くなりすぎるのも良くない。
「では、行くか」
ダンテを戦闘に最奥へ入る。と、暗闇の中で爛々と、6つの眼が輝いていた。
それを見て少なからずぎょっとする。体が黒いのはほとんどのモンスターに共通で、目の前のボスも例に漏れないことは予想できたはずなのだけれど。
今回は状況が少し違った。――姿が見えない。判別できるのは赤色の眼と口だけで、全体像は容易につかめそうになかった。
「これ、マジかよ」
「終始このままなのか、ショウ」
「ごめん……僕もこの情報は持ってなかった」
「マジかよ」
繰り返しつつ、アルは早速銃口を前に向けた。アヤノもすぐに気を取り直す。見える部分があるのなら、そこを攻めるだけだ。
心を決めたその横ではダンテとショウがやりとりをしていた。
「川がないということは、魚は出ないのか」
「そうだね」
「ケルベロスに魔法は効くか」
「効く。少なくとも巨人よりは」
「ならば俺はケルベロスにかかる。どうやらこの場も、主戦力は巨人のようだからな」
ダンテの言を待つまでもなく、次々と湧いて出る敵影には巨大なものが多く見受けられた。それをぐるりと見渡して、ショウが声を上げる。
「みんな!」
「巨人、任せて」
「オレはアヤと組めばいいってことだな?」
「たのむよ。僕はケルベロスを優先するけど、状況次第でそっちにも加勢する」
「私も適当に両方を支援してこうかしらねぇ」
『魔法:カタラクティス』
ダンテが宝剣を払った。一瞬のうちに立ち上がった水壁が、飛来した火球とぶつかり凄まじい蒸気を発する。
「ケルベロスの魔法攻撃か」
「別の首は、それぞれ氷の塊と雷を吐くよ!」
「何が来たって避けりゃ一緒だ!」
アルがたのもしいセリフを吐きながら手近の巨人に向かって駆け、膝のどまん中に銃口を突きつけた。アヤノはそれを確認するなり背を向ける。戦輪を喚び、2体の骨オオカミの顔面を狙って投擲する。
と、耳を覆うような大音量の雑音が響き渡った。どうやらそれは、“ケルベロス”の遠吠えのようだった。