オラクル Ver. ハーデース -4-
アヤノは、内側から頭を殴られるような感覚に一瞬息を詰めた。
1回、死ぬ、だけ。
それは。そんなことは――
「違う!!」
口を開くよりも早く、ショウが叫んだ。珍しく怒気のこもった一声にダンテさえ目を見開く。
「どうした、ショウ」
「なぁに、私、そんなに変なこと言ったかしら?」
気圧された様子のユーリが上目がちにショウを見る。ショウはといえば何かを堪えるように唇を噛んでいた。なんだかとても、苦しそうだった。
「……ユーリ。“死ぬ”って、そんなに軽い話じゃ、ない」
それきり黙ってしまったショウに代わってアヤノは続けた。たぶん言いたいことは同じのはずだ。ところが今度も、ユーリだけでなく、アルもダンテも不得要領な表情をする。
「そぉ? 死んだらレベルを落とされて、“はじまりの扉”に戻って再開。それだけでしょ?」
「まー、そりゃそうだよな?」
――違う。
「無論降格は避けるべきだ。しかし最優先事項は『最終ステージへ達すること』、そのためには、ある程度の覚悟をしておく必要もあるだろう」
違う。そういうことではない。アヤノは強くかぶりを振った。
どうしてそんな風に言うのだろう。死ぬということは、そこで終わりということだ。もう会えないということだ。今まで当前のようにそこにあったはずの質量や、気配や声や、あらゆるものが失われて、もう戻ってこないということだ。
どうしてこんなにも認識がずれているのだろう。
どうしてみんなは、忘れてしまったのだろう――
『魔法:エクリクシー!』
詠唱。反射的にふり返ると、背後で炎が爆ぜた。その中でもがく犬型の影に、ユーリの召喚獣が飛びかかり、喉笛を噛みちぎった。
「進もう。敵は待ってくれない」
すれ違いざまアヤノの肩をたたいて、ショウが順路の方へ駆けていく。皆にはまだ何も伝えられていない。けれど、いつ敵が出没するかわからないこの場所で、立ち止まっていられないのは確かなことで。
アヤノはままならなさに眉根を寄せた。と、そこで不意に、ショウが見返った。
「話はあとで! ――みんな! 絶対死なせないからね!」
「は? なに言ってんだよ、死なねーよ!」
間髪入れぬアルの返しで、ショウの表情が和らいだようだった。アヤノも大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。そうだ、皆も別に死にたがっているわけではない。それならとりあえず、覚悟が必要になるほどの状況にならなければいいのだ。そう自分に言い聞かせた。
「左奥になんか来たみたいよぉ」
「今度はオオカミご一行かよ」
「すまない。先ほどの戦闘で予定よりも魔力を消費した」
「なら、あいつらはオレに任せろ!」
「僕も行くよ」
ショウが、前へ出た。自ら先頭に立って4体のオオカミの中へ斬り込んでいく。それを見たアルの顔がぱっと輝いた。
「オレも負っけねー!!」
「そこの勝ち負けを競うところじゃないって言ってるでしょぉ」
「――アイテム。いらないの渡しとく」
3人が応戦を始める中、アヤノはダンテに声をかけた。先ほどドロップした魔力回復アイテムを送る。魔法を育てていないアヤノにはほぼ無用のものだから、折を見て回すようにしているわけだが。
受け渡しを終えたところで、ダンテが手を上げて引き留めてきた。
「先ほどの話だが。お前には、ショウの言った意味がわかるのか」
逆になぜわからないのかと問い返したいところだった。が、それどころではないのでひとつうなずくに留め、曲刀を上げて見せる。
「“オラクル”が、無事に終わったら」
「……そうだったな」
ドン、と地面が揺れた。アヤノはとっさにショウ達がいるのとは別方向へ駆ける。
巨人が1体。足止め、あるいは倒せるものなら倒してしまいたい。その役割は自分の方が適任だ。
「そちらはたのむ! “モザイク”と魚には俺が対処する!」
背中にダンテの声を聞く。同じように考えてくれたようで、そうとわかれば迷いはない。両手で柄を握り直し、足首の継ぎ目に斬りつけた。ぐらりと傾いた巨体を見上げ、膝を折って力を矯める。
真上に切っ先を向けてそのまま跳ぶ。
貫く。
「アヤ!」
背後で銃声が響いた。頭上をかすめた弾丸は頭蓋のひたいを直撃したようだ。
アヤノは抜いた刀を再び突き上げた。そうして巨人が動きを止めている間に一瞬だけ視線を投げる。
遠目ながらショウの姿が見えた。捉えたのは背中だけだったけれど、これだけ距離があっても、鬼気迫る空気を感じられる気がした。
* * * * *