オラクル Ver. ハーデース -3-
背筋が冷えたのはいつぶりだったか。５体もの巨人を１度に相手するのはさすがに初めてだ。“いつも通り”で、対処できるのか。
「オレは、そっちの右のをやる！！」
いち早く動いたのはアルだった。深く考える性質でないのがこういうときはプラスに働くこともある。即座に宣言通りの攻撃を仕掛け、その銃声に、ダンテがはっと宝剣を握り直す。
「――ショウ！ お前も加勢しろ！ アヤノは“モザイク”の対処を」
「そっちは私がやるわ、アヤちゃんは攻撃に回って！」
「了解！」
巨人は魔法攻撃に対する耐性が高い。ユーリの持つ召喚獣は魔法効果に準じるので、ここはアヤノが戦闘を受け持つ方が良い。
判断して曲刀を水平に構える。と、不意にダンテが身を翻した。
「奥の３体を足止めする。その間に退路を確保だ！」
そうして続けざまの詠唱で蔓を発生させ、巨人に足止めをかけていく。アヤノも来た道をふさぐ２体に向き直った。
飛び出す瞬間には、ショウの躊躇するような表情を見た気がした。けれど。
「アル、頭下げて！」
後方から追いかけてきた声に迷いはなかった。
刃と骨の噛み合う音、アルの気合いの乗った雄叫びを聞きながら、アヤノは下から斬り上げる。剥き出しの膝の皿が割れて飛んだ。すかさず折ってやろうとしたものの、不穏な気配にとっさに距離を取る。案の定、飛び退いたばかりの足場に棍棒が振り下ろされて広範囲にひびが入った。
「！」
目測を誤った。足がわずかに水に触れた。生命力ゲージが目に見えて減る。とはいえ支障が出るほどではない。もう少し、このままやれる。
「１体ヤったぞ！」
「ダンテ、今そっちに行く！」
「こっちもさっさと片すぜアヤ！」
すぐ横を小柄な影が追い越していった。負けじと地面を踏みしめ、跳躍。足下に銃声を聞きながら切っ先を突き下ろす。
刃は脳天に半ばまで埋まった。力任せに引き抜いて、今度は飛び離れざまに耳の辺りを打つ。さすがに弾かれて軽く手が痺れたけれど、巨人はバランスを崩してよろめき、顔の真正面に跳んだアルにも対応できなかった。
「っしゃあ！！」
「２体目！」
ダンテの方を援護しなければと、アヤノは着地した足を軸に急旋回をかけた。
そうして視界に入ったのは、ショウが連続クリティカルで１体を沈める場面だった。
休むことなく長剣は閃く。返す動きでもう１体が伸ばした手指を斬り飛ばす。一連の所作は、思わず息を呑むほど洗練されていた。
綺麗だ。相変わらず。
そう思ったところへユーリがのんびりと叫んだ。
「魚が来てるみたいなんだけどぉ！」
「ダンテ！ こっちは大丈夫だから、新手を！」
ショウに対するダンテの返答は、魔法だった。
『魔法：クラティラス！』
魚群の周辺に火の海を喚び巨人からは視線をはずす。魚の方にかかりきるつもりのようだ。大物との戦闘に邪魔が入らないようにしてくれるのはありがたい。
アヤノは迷わずショウから遠い方の巨人に突撃した。２体の相手を３人で。ショウもメンバーに入っているのだから、これくらいは。
『使役獣召喚：ヒドラ！』
ユーリの召喚した大蛇が降ってきた。巨人の肩口に噛みつき頭を振り立てると、骨は砕けて右腕が落ちた。
アヤノはすかさず頭蓋を攻めにいった。柄でひたいのまん中を打って怯ませ、続けざまに鼻骨を突く。
『破壊！』
がくんと巨人の膝が落ちた。再度の大蛇の攻撃を受け臑が折れたようだ。ショウの声が「倒した」と言うのを聞きながら、アヤノも最後の一撃をたたきこんだ。
「ダンテ、そっちは」
「片づいている」
「やっとひと段落かしら？」
「待って」
上空に気配を感じ、とっさに戦輪を投じた。空も黒いのでよく見えなかったけれど、断末魔が聞こえたのでおそらくヒットしたはずだ。
「“モザイク”か。消えたようだな」
「これで本当にひと段落かな……運の悪い取り合わせだったね」
「ま、切り抜けたんだからいいじゃねーか！」
誰からともなく安堵の息が落ちた。もちろんいつまでも気を抜いてはいられないのだけど。
それにしてもと、アヤノは奥のスペースに視線を移した。結局のところなんだったのだろう。地図上では隔離されているはずのこの場所は。
もしここに入って行ったら。どうなるのか――何が起きるのか――？
「アヤ」
強く手首をつかまれて我にかえる。１歩後ろへ下がると力は緩んだけれど、つかまれたところが鈍く痛んだ。
「行っちゃ駄目だよ。あぶない」
「……ごめん」
「ショウくんてば、そこまで神経質にならなくたっていいんじゃないのぉ？」
ユーリが呆れ顔で首を傾けた。同意しかねるというように、ショウがほんの少し眉を動かしたけれど、ユーリは肩をすくめてこともなげに笑った。
「だって。仮に何かあったとして、最悪でも１回死ぬだけでしょぉ？」
