オラクル Ver. ハーデース -2-
扉に入った瞬間のふわふわとした感覚から一転、体全体に重力を感じて、アヤノは目を開く。
冥府ステージの“オラクルエリア”は、通常フィールドと同じく静けさに包まれている。場所を移すたびになんとなく、“地獄”という単語から“死者の阿鼻叫喚”を連想してしまうせいで、いまだにこの静寂を不思議に感じることがあった。
「どこまで行っても不気味ねぇ」
「空に光がないにも関わらず対象物ははっきりと見える。そのために拒絶反応の一種が起きるのだろう」
「ステキな演出だこと」
「演出も何もねーだろーが。おら行くぞ!」
早くも興奮気味のアルが駆けだして、他の皆がそれを追う。こういう『いつも通り』があると、なんとなくほっとする。
と思った矢先に黒い陽炎が湧いた。アル達がそれを囲むように身構え、少し離れてショウが待機する。アヤノはどちらにもすぐ加勢できる位置取りで曲刀を抜いた。今は、ショウのアシストをする役回りだ。
「アヤ! 次のステージはオレと交代な!」
「わかってる」
「アルちゃんは敵の方ちゃんと見て!」
『魔法:アンベロス』
巨人1体、オオカミが2体。ダンテが慌てず騒がず巨人を足止めし、同時にアルがオオカミの方へ突っ込む。
「アルちゃんてほんっと脳筋ねぇ」
「なんか言ったかよ!?」
「アヤ! こっちは大丈夫だから新手をたのむよ!」
不意にショウが声を上げる。アヤノがふり向くいた先では確かに、黒いものがむくむくと立ちあがりつつあった。
反射的に戦輪を手にし、暗い眼窩目がけて放つ。蔓魔法ほどではないもののこれでいくらか足止めができることは実証済みだ。
「……倒れて」
足場に余裕があることを確認して、跳ぶ。
水平に薙いだ刃は頸椎の隙間に食い込んだ。さすがに勢いが止まりかけたが、そこを力任せに引き斬る。表示されたダメージ数値はクリティカルだ。が、さすがの体力の高さで一撃必殺とまではいかない。
『使役獣召喚!』
とどめはユーリの召喚獣に譲った。最初の一群はどうなったかと目をやれば、ダンテが高く宝剣を掲げるところだった。
『魔法:クラティラス』
一面に炎が広がった。周りのすべての敵を焼き、その動きを止める。すかさず他の全員で後始末をして、どうやらひと段落だ。
「マップはどうだ」
「広さは他とそんなに変わらないはずだけど」
「それはいいんだけどよ、なんか、ところどころ変じゃね? こことか道つながってなくね?」
アルの言うとおりだった。端々に点々と、飛び石のように隔離されたスペースが見て取れる。どういうことかと顔を上げショウを見た。しかしショウもまた訝しげに首をかしげた。
「こんなのって……?」
「お前でも知らないのか」
「でも、敵の反応、ある」
「そのようだ。ともかく行って確認するしかあるまい」
アヤノはうなずいた。マップに載っているからには、どこかからは行けるはずだ。他の皆も同じように考えているのだろう。全体に楽観的な雰囲気だ。
ショウだけは最後まで難しい表情だった。ともあれ、1番近い隔離スペースまでそう時間はかからない。
「……地図上ではこの辺りのはずだが」
寄ってきた骨の魚をユーリが片づけている間に、ダンテが画面と道とを見比べた。
正直なところ拍子抜けするほど普通の光景であった。断絶などない。道は奥の方へと続いている。ではなぜあんな表示が出たのかという謎が残るものの、当面の優先事項は3体の骨の巨人だ。
「で? どうするの?」
「奥で戦わない方が、いいんじゃないかな。念のためではあるけど……」
「ではこちらへおびき出すか」
一定の距離があるため、向こうはまだこちらに気付いていない。そこへダンテが問答無用で魔法をたたき込む。
『魔法:スィエラ』
巨人達は揃って反応し、顔をこちらへ向けた。その上でのたのたと体を揺すって駆けてくる。棍棒を振り下ろすのは速くても、実は足の方はそれほどでもないのだ。
『魔法:アンベロス!』
蔓の拘束魔法に続きアヤノも戦輪を投げて牽制する。巨人は他を足止めしながら1体ずつ確実に。今まではそれでうまくやってきた。
が。
「うっそでしょ……」
ユーリがうめいた。口には出さなかったがアヤノも同じことを言いたい気分だった。
来た道をふさぐように、更に2体。背の高い影が輪郭をあらわにしつつあった。