オラクル Ver. ハーデース -1-
骨オオカミが飛びかかってきたのを、アヤノは曲刀で横薙ぎに払った。自分の姿は傍目にはただの小娘だろうし、このひと振りも大して威力があるようには見えないはずだ。が、攻撃力と身体能力に特化して強化してきた結果、この一撃は、おそらくこの中の誰よりも重い。
「こっち終わり」
「巨人もオッケーよぉ」
「全員、これで適正レベルだな」
画面で確認すると、皆より少し遅れていたユーリも目標レベルに達していた。ちょうど補充したばかりでアイテムは減っていない。期待の視線が集中する中、ダンテがうなずく。
「このまま、オラクルエリアへ向かう」
了解、とそれぞれに返答が聞こえた。アルなどはよほど興奮したのか、1発空に向けて発砲した。
そのまま迷わずフィールドの奥へと走る。暗黙の了解として、“オラクル”へ向かう途中の通常フィールドの敵は無視だ。オラクルエリア内の敵と戦うためにできるだけ力を残しておかなければならない。
できるだけ、“紋章”は1度で手に入れてしまいたい。
「つーかオレらって優秀じゃね? ほとんど全ステージのオラクルで一発クリアしてんじゃん」
「失敗したの、1回だけだっけ」
「あのときも失敗したわけじゃなくて、ボス戦にたどり着くことを優先したから、他の敵を無視してっちゃたんだよね」
「確かユリウスを捜していたのだったな」
「あぁはいはい、悪かったわよあの時は」
存外素直にユーリが謝ったため、恒例のアルの文句は不発に終わった。
それはともかくとして。皆が優秀なのは本当だとアヤノは思う。覚えている限り、よほど想定外の事態でもなければ、危機を感じることはほとんどなかった。それはショウだけでなく皆の腕のおかげだと思う。正直、全員を尊敬している。照れくさいから口にはしないけれど。
『魔法:アンベロス』
新たに出現した骨の巨人をダンテが蔓で足止めした。川から跳ね出た骨の魚は各々で避けていく。
そんな調子でしばらく進むうち、不意にショウが前方を指さした。
「見えた。あれだ」
そう言われてもすぐには識別できなかった。かろうじて、墨色の空の下に格子状の光の筋が見える。あれが内部の光だろうか。そこを基点によく目を凝らしてみると、ようやく全体のカタチがわかってきた。
「まっっっ黒」
「ああ。黒いな」
「2人とも、そんな力込めて言わなくても」
ショウがたしなめるように笑った。ともあれここまで来たら進むのみだ。躊躇なく足を踏み入れ奥の間へと進む。
神殿にはいい加減慣れていたし、豪華な内装や調度品にはもう驚くこともない。
が。広間でステージの守護神と相まみえた瞬間、アヤノは思わず息を呑んだ。
『このような地の果てまで参るとはよくよく物好きな連中よ。
さて、何用かは察しがつくが、手短に申すが良い』
冥府の王“ハーデース”。
彼について事前に簡単な説明を受けてはいたが、向き合って改めて二つ名の意味を実感する。このステージの空と同じ闇色の髪と瞳。その色が深すぎるせいか、向けられた視線が否応なく“死”を想起させるのだ。
広間の壁は白いけれど、照明は他の神殿と比べて薄暗い。この場にいるだけで気分がどんどん陰鬱になる。あまり長居するべきではないと本能的に感じてしまう。
「ハーデース。俺達は“オラクル”に挑む」
『そうか。ならば試練を課そう。
このところおれの飼い犬が言うことを聞かぬ。
それを少々懲らしめて参れ。
おれは気が長くない故早急にな』
ハーデースはくつくつとのどを鳴らした。飼い犬、と小首をかしげるアヤノの横ではダンテとユーリが納得の様子で小さくうなずいた。
「やっぱりそうなるわよねぇ」
「? 何?」
「ステージボスが予想できちゃったってこと」
「どのみち、行けばわかるから」
ショウがアヤノの肩をたたいた。
ほとんど同じタイミングで、ハーデースの前に黒い扉が現れた。
『行け。
首尾良く済ませて戻ってきたなら、それなりの報賞をくれてやろう』
ダンテが手を上げて合図した。アヤノは急いで扉に駆け寄る。ここにいるより、戦っている方が気が紛れそうだ。
扉に触れると即座に視界がぶれた。そこで再び、ハーデースの忍び笑いが耳をかすめた気がした。