ファントム -2-
「……ねえ、ショウ」
足早にセーフティエリアへ向かいつつ、アヤノは思い切って切り出した。
ショウがずっと思い悩んでいることがファントムのことなら、もう1度話をしておいた方が良いのではないか。こんな風に気が散ってしまっているのはどう考えてもよろしくない。
きちんと話を整理して、多少でもすっきりしてくれるといいのだけれど。
「なに?」
「さっき言ってたことだけど、また聞いていい?」
「……もしかして、今の聞こえちゃった?」
ごめんねと笑うショウをじっと見つめる。また拒絶が見え隠れしているけれど。今回は、引き下がらない。
このところはずっと、戦って先に進むことを最優先にしてきた。それ自体は仕方のないことだったとしても、代わりに何かをゆっくり考えることが後回しになっていたことは事実で。だから、時には立ち止まってみるべきなのではないかと、そんな気がするのだ。
「なんで謝るの」
「あ、いや、もういないって言っておきながら僕が気にしてるから、アヤはそれが気になるんでしょ」
「……」
「嘘は言ってないよ」
自身に言い聞かせるかのように、ショウはつぶやいた。そこでちょうどセーフティエリアに到着し、どちらもそれぞれに歩を緩める。
「でも、信用できない部分があるなら、説明するのが僕の責任なのかな」
「責任とかは、ぜんぜん思ってないんだけど」
急いで首を振って遮った。やりとりの間に他の3人も寄ってくる。割り込んだり止めるような気配はないので、ちらりと窺うだけにして先を続ける。
「知りたいだけ。ショウが何に悩んでるのか。なんで、そんな難しい顔してるのか」
一瞬、ショウは目を見開いた。次いで苦笑が漏れる。
「僕、そんな顔してたかな……?」
アヤノは深くうなずいた。視界の端ではアルが少しばかり怪訝そうにしているが、ユーリとダンテは沈黙だ。どちらかといえば肯定的な雰囲気の。
と、ショウが観念したように肩をすくめた。
「悩みってほどじゃないよ。ただ……僕もアヤ達が会った方の“ファントム”に会ってみたいって、それだけなんだけど」
「“ファントム”はお前を意識していた。疑ってもいた。いずれにせよ直接的に探りを入れることは避けたかったようだ。この先もその姿勢を変えるかどうかは、定かではないな」
淡々と語るダンテにうなずいて見せたショウは、どことなく淋しげだった。
「それはわかってるんだけど」
「なーオレだってそいつと面合わせてねーぜ? なんでだ?」
「アルちゃんはショウくんにべた惚れじゃないの。迂闊に接触したらかえって面倒だとでも思ったんでしょ」
ぞっこん、の一語だけ引っかかるものの、ユーリの言にはおおむね納得できた。アルならまず間違いなく、“ファントム”の存在も話した内容も余さずショウに報告するだろう。まあ最終的にはアヤノ達3人も同じ行動に走ったわけだが。それがファントムにとって予想外だったのか、それとも計算のうちだったのか――それはまだわからない。
「本当に、それだけ?」
「ほんとほんと」
「あのねぇ。本当にそれだけなら、もうちょっと、ちゃんとしてなさいよ」
「……え?」
ショウが気の抜けた声を上げ、全員の視線がユーリに集まった。ユーリ本人はといえば腕組みをして仏頂面を横に向けつつ、いつもより低い声でぼそぼそと続ける。
「元々私に『ついて来い』って言ったのはあなたじゃない。それが今じゃ自分が一番後ろからついてきてるなんて。調子狂うからやめてほしいのよね正直なところ。……ちょっとなんで笑ってるの、ショウくんもアヤちゃんも」
自然と頬が緩むのを感じた。突っかかるような言い方はしていても、ユーリはユーリなりにショウを心配していることがわかったからだ。アルだけは例のごとく突っかかり返そうとしていたけれど、ダンテが後ろから押さえて止めていた。
「やめてちょうだい。深い意味なんてないんだから。単に私が気持ち悪いってだけなんだから」
「……ツンデレ?」
「ちょっと!」
「心配かけたみたいでごめんね。……ありがとう」
ショウが笑った。こんな風に作っていない笑顔は久々に見た。同時に、全体の空気も和んだように思えた。
――瞬間。
『魔法:スピサ』
ショウがアヤノの頭上目がけて火球を放った。甲高い悲鳴はたぶん“モザイク”のもの。アヤノがふり返り、また視線を戻すと、ショウは長く息を吐き出すところだった。それからゆっくりと顔を上げる。
「集中、しないとね」
言うが早いか、自分で自分の両頬をたたいた。そばにいたアヤノが思わず肩を揺らすほどの派手な音が響いた。「うわ……」とうめいたのはアルだったろうか。
「だ、大丈夫……?」
「大丈夫、ではないかもしれない」
「え」
「でも、前には進めると思う」
何かが解決したわけではないのだろうけど。ショウの声には芯が戻っていた。