ファントム -1-
少し前からずっと、引っかかっていることがある。他のことをしている時でも、気づけば思考がそちらに向いている。
――ファントム。
アヤノ達が出会ったという人物と、同じ名前の“彼”について、自分は別人だと断言したのだけれど。アヤノ達の話す“ファントム”の断片と彼の共通点は多い。多すぎるほどだ。だからもしかして、2人は実は同一人物なのではないかと、そんなことが頭をよぎる。
「いや……そんなわけないじゃないか、絶対に……」
ショウは頭を振って懸命にうち消した。
自分の中にある願望が期待という形を取っているだけだ。そうに違いない。
なぜなら彼は――自分の知る“ファントム”は、もうこの世にいないのだから。
* * * * *
アヤノは小さく息を吐き、輪郭を崩していく巨人から目を離した。
ショウの様子が相変わらず少し気がかりだけれど、他のことはそこそこ順調だ。このステージの敵にはだいぶ慣れてきた。それよりも厄介なのは足場の方で、うっかりしていると水に足を取られる。しかも触れている時間に比例してどんどん生命力を削られていく。
「戦闘時の跳躍を控えるべきではないか。それである程度リスクは減じる」
「……気をつけてみる」
「うぇー」
運動量で魔法力の不足をカバーするアヤノとアルには痛い話だ。アヤノは改めて周辺を確認する。できるだけ自分の移動範囲は狭く、そう自分に言い聞かせる。
「アルも。気をつけて」
「わかったっての」
不満そうな舌打ちは聞こえたもののアルも同じように足場の目測を始める。
と、ユーリが小さく口笛を吹いた。敵だ。
『魔法:プリミラ』
水流が空中に浮かんだ影を押し流した。それきりなんの反応もないので、アヤノはすぐに構えを解いた。
「今のは“モザイク”みたいねぇ」
「――後ろだ」
ダンテがふり向きざまに詠唱を重ねる。
『魔法:アンベロス!』
骨の巨人が1体。その足をあっという間に蔓が絡め取る。アヤノとアルが同時に駆けつけ両脚に1撃ずつお見舞いする。ユーリの大蛇が飛びかかり腕の骨にひびを入れ、その後ろからショウが跳んで、頭蓋を唐竹に斬り下ろした。
ここまでレベルを積み上げてきた分だけダメージ数値も上がっている。それでも、さすが11番目のステージともなれば敵の生命力の高さが並ではない。複数体が同時に出現すれば一気にこちらが不利になる。
「うお、もう次のヤツ来てんぞ!」
「巨人を倒した時点で離脱する。そろそろアイテムの残数も少ない」
「はぁいはい」
巨人に対しては足止めから顔面への集中攻撃がセオリーだ。連携さえうまくとれれば、このメンバーのチームワークがあれば、それほど苦戦することはない。
が。
「新手はオオカミの方だよ!」
ショウの一言に顔をしかめてしまう。足場に限りのある現状、動きの速い骨オオカミの相手をする方がしんどい。それに――
「あい、てっ」
アルがとっさの体で銃身を振った。川から飛び出した影の鋭い牙が、アヤノにもちらりとだけ見えた。
「魚もだチクショー!」
「まずいな」
「下がれ!」
ダンテが宝剣の切っ先を上げた。魚は川のどこからあらわれるかわからない。今のところ最も有効なのはダンテだけが持つ広域攻撃魔法だ。
『魔法:クラティラス!』
ちょうどそばにいたユーリが退避するなり地面から火柱が上がった。水があろうとお構いなしだ。あぶりだされた骨の魚が3体、ぴちぴちと跳ねてから消えていった。魚はオオカミよりさらに速くて捉えづらいけれど、生命力は低めなので、強攻撃なら1撃で仕留められる。2体のオオカミの方もダメージを受けて動きを鈍らせた。
「巨人は!」
「今、やった!」
顎を突き通した曲刀を抜きながら、アヤノは叫んだ。目の合ったダンテが手を上げて撤退を促す。ちゃっかり者のユーリはそれよりも先にセーフティエリアに向かっていたけれど。
アヤノを含めた他のメンバーもすぐに続く。オオカミが復帰してくる前に逃げなければ。
そう思ったときだった。
「!!」
最後尾にいたショウが勢いよくふり返り、すぐに、何か否定するように首を振った。たまたま様子を窺っているところだったものだから、アヤノもつられてビクリとしてしまう。
「ショウ?」
「あ、……ごめん。なんでもないよ」
ショウは笑顔でそう言ったけれど、アヤノは確かに見た。
ふり向いた瞬間ショウの口が動いた。刻んだ言葉は、“ファントム”と読みとれた。