ランドマーク -2-
ダンテの問いに、ユーリは一時怪訝な顔をして、かと思えば含みのある笑みを浮かべた。
「“ファントム”? 例の噂の? なぁにぃ藪から棒に?」
もの言いにも険がある。どうやら警戒されているように思われた。すなわち問いへの肯定に等しいが、ここで曖昧に済ませるつもりはない。
「俺達意外で唯一、この世界に残る戦士。詳細は不明だが空間操作の力を持つ。人の口の端にのぼるばかりの幻影のことではない」
「!」
「誤魔化すな。ファントム本人から、お前とも既に会ったと聞いている」
「……なんなのもう、あいつのことは忘れるつもりだったのに」
ユーリが大きく息を吐いた。ダンテは思わず片眉を動かす。
やはり知っていたか。知っていて黙っていたのか。ならば問いたださねばならない。ファントムから話を聞き、その上で、どうするつもりだったのかを。
「ショウのことをどの程度聞いている」
「別に。そんなに大したこと言ってなかったわ」
「具体的には?」
「……」
「どうした」
「あなたに教えることでわたしにメリットがあるかしらって」
ここでそのようなことを言い出すからには、後ろ暗いことでもあるのか。
そんな言葉がのど元まで出かかった。するとユーリが、急にきつめの視線を向けてくる。
「あなたってそういうとこほんとダメ。せめてもうちょっとこっちが話したくなるような態度とってよ。どうせ無理なんでしょうけど」
「話したくない――話せないということか?」
「あぁやだ、どんなこと考えたか想像ついちゃうわ。わかったわよ教えてあげる。その方が後々面倒がなさそうだから」
深々とため息をついたユーリは、ダンテが口を開く前に言葉をかぶせてきた。
「わたしが聞いたのは、この世界で起きてる異変にショウくんが絡んでるかもしれないって、ほんとにそれだけよ。ショウ君彼の方も具体的なことはまだ……って感じだったわ。これでいい? ていうか、そのくらいのこと彼から聞かなかったの?」
過度に挑発的であることはひとまず置いて、ダンテは返答の意味に思いを馳せる。自身がファントムから聞いたのも同じ話だ。齟齬はない。ただ、少し足りていない。
「世界の異変が、ショウを中心に起きている、というのは?」
一瞬の間があった。そうしてユーリはふいと横を向く。
「そういえば聞いたかもね。だけど興味なかったし」
「興味がない……?」
「まあ、最初はなくもなかったんだけどねぇ。あの時はどっちかというと、どうやってステージボスを捕まえるかの方が大事だったし」
――そうだ、ユリウスというのはそういう人間だった。
ふてぶてしい態度に若干の苛立ちを覚えつつ。それでもまずはユーリに概要を確認しておきたかった。ファントムの口からはアヤノの名も出ていたが、彼女の普段からの言動を見るに、どこか茫洋として安定せず、話してみたところで成果を得られない可能性は低からずと判断したからだ。だからと不快感に耐え、声を抑えて先を続ける。
「ともかく……お前はそのことをどう考える?」
問えばユーリは視線だけこちらへ向けてきた。
「わからないわよ」
「ユリウス。少しは真剣に」
「これは真面目な話。確かにね、何かしら変なことがあるのはショウくんがいる時ばっかりだったけど、ショウくんがいないときに何も起きないかどうかなんて結局わからないじゃない」
思いがけずまともな返答に、ダンテはつかの間沈黙する。
論理としては理解できる。しかし得心はいかない。
それをどう表現したものかと思案に入りかけた――その時だった。
「ねぇ……あれ」
ユーリが手に錫杖を呼んだ。涼やかな金属音と共に声を張る。
「何か来てるわ! 起きて!」
途端に扉の向こう側で気配が動き、次々とこちらへ駆け寄ってきた。ダンテもまた反射的に宝剣を取る。そうして見据えた先では、次々と黒い泡が湧き膨張していった。
「こんなに奥の方にまで……!」
「どこに出ようが倒しゃいいだけだろ!」
きつく眉根を寄せたショウの横でアルが吼え、今まで眠っていたとは思えぬ機敏さで、輪郭を表したばかりのウミヘビに飛びかかった。