オラクル Ver. ヘファイストス -7-
「……やった……?」
アヤノはつぶやいて、ごろりと転がる首に剣を向けた。ひとまず動く気配はなさそうだが、これまでのことを考えると何が起きるか知れたものではない。
そんな逡巡のさなか、不意に、背筋を悪寒が走った。
火花を立てそうな勢いで刃が岩を噛む。
まっすぐに突き立つのは見慣れた長剣。その柄にすがるようにしながら、ショウが大きく息を吐いた。
「これはもう……大丈夫だと、思うよ」
「アホか! お前が大丈夫じゃねーだろ!」
間髪入れずツッコみながらアルが駆け寄ってきた。わずかに遅れてダンテも。そうして無言でショウの肩をつかむ。
改めて見るとショウの顔はまっ青だった。しかも自分で自分の脇腹を強く押さえている。そこへ、ダンテが大きな手のひらをかざした。
『魔法:サブマ』
完全回復魔法だ。光がショウの全身を包むと、アヤノの視界の端で、パーティメンバーの生命力ゲージが――半減して黄色く点滅していたものが一気に満タンになった。
「ありがとう、余力残してくれてて、助かった」
ショウがダンテを見上げる。ダンテの眉間には、まだ深くしわが寄っていた。
「まだ休んでいろ。傷は消えても痛みはしばらく残るはずだ」
「敵は……?」
「殲滅した」
「……そっか……」
やっと表情を和らげたショウは、その場で崩れるように座り込んだ。呼吸は早いが声は割合しっかりしていて、アヤノも内心で胸をなで下ろした。
「みんな、怪我はなかった、よね?」
「お前以外はな!」
「ごめんアル、怒らないでよ。みんな無事なら、よかった」
「……らしくないミスを犯したな」
ダンテが非難を込めた真顔で腕を組んだ。対してショウは軽く肩をすくめて見せる。その程度には回復してきたらしい。
「自分でもそう思う。ごめん」
「何かに気を取られていたようだったが?」
「ちょっと考えごとしちゃって。でももう、いいんだ」
言い切ったショウの様子は、ふっきれたような、妙に清々しいものだった。
「もう迷ったりしない。大丈夫。ちゃんと自分の役割は果たさないとね」
「そうか」
「うん。ところで……ついでと言ったらあれなんだけど、お願いしたいことがあるんだ、実は」
あぐらに座り直したショウは、ちらりとアルを窺ってから改めて口を開いた。
「ここから先、パーティ全体の指揮は、ダンテにやってほしくて。はいアルはちょっと黙って最後まで話を聞いてくれるかな?」
さすがの先読みにアルもぐっと言葉を呑み込み、頬を膨らませてそっぽを向いた。その横顔に、ショウは困ったように笑いかけた。
「冷静さとか安定感とか、そういう部分はダンテの方が上だと思うんだよね。それに僕も、指示出ししなくてよくなれば援護に力入れられるし。今はもうそっちの役割分担がベストなんじゃないかな。っていうか、もう実際そうなってたよね?」
「う……けど……」
「リーダーは1人に決めた方がいい。混乱を招かないために。それはアルもわかってくれるでしょ」
アルはもごもごと口を動かしたものの、反論はできないようだった。ついにはため息と共に「わかった」というようなことをつぶやいた。
さらに青い眼差しが動く。順番にそれぞれの顔を、表情を確認して、最後にダンテを見る。それを受けてダンテが腕をほどいた。
「お前がそう言うのなら、引き受けよう」
「ありがとう」
「念のため聞いておくが。お前にも俺から指示を出していいということだな?」
「もちろん。どんどん使ってよ」
安心したような、朗らかな笑みがこぼれた。自力で立ち上がる動作にも支障はなさそうだ。
ただ――アヤノの目には、そんなショウの笑顔がどことなく危うく映っていた。
* * * * *
――ねえ、君達。
大丈夫? 気づいてる?
――すごく大事なこと、みんなして忘れちゃってない……?
第9章 了