オラクル Ver. ヘファイストス -5-
『魔法:ケラヴノス!』
『使役獣召喚:ヒドラ!』
ダンテの放った雷がネズミを直撃する。動きが鈍ったところをアルが銃で追撃した。他方ではユーリの召喚獣がトカゲの尾に噛みつき、高々と放り上げた。
「さて、僕は――」
ショウは巨大牛から意識を切らずに全体の様子を確認する。全員ここまででずいぶん鍛えられているから、下手に手出しするよりもサポートに徹した方が良さそうだ。
そしてこの状況であれば、自分が単独でボスを引きつけて、突進の方向を絞ってしまえばいい。
思考と同時に手も動く。投げナイフは狙い通り牛の顔をかすめた。顔がこちらを向いて、蹄が乱暴に岩盤を掻いて。
しかし動き出す前に一気に鼻先まで距離を詰め、斬りつける。飛沫のようにダメージの表示が飛んだ。が、期待したより数字は小さい。さすが大物の防御力といったところか。
それでも。
『魔法:フロガ!』
負ける気はしない。慢心ではなく、経験から来る感覚的なものだ。
「ネズミはヤったぜ!」
「トカゲ、1匹イったわよぉ」
「2匹目――もうちょっと」
音や声から察する限り他も順調だ。よかった。
そう思ったと同時に牛が口を開いた。魔法攻撃だ。2歩3歩と跳び離れると、間を置かず、衝撃波を伴う咆吼が放たれた。しかし飛距離も範囲も狭い。目測で回避できる。
「! ショウ、下!」
不意にアヤノの焦り声が飛んできた。大丈夫わかっている、その意味を込めて半ばまで上げた手を、そのまま振り下ろす。
硬い手応えと短い啼き声。手にした剣の刃先はトカゲの前脚に刺さっていた。それを引き抜くなり体をひねり、回転の勢いで蹴りを見舞ってやる。
トカゲからはそのまま離れる。アヤノが向かってくるのが見えたから、そのまま意識もはずしてしまう。あれは任せて大丈夫だ。それよりも、自分の役目は――
「……来るかな」
牛の両目がまっ赤に光った。とっさにふり返る。自分のうしろに誰もいないことが確認できれば、あとはもう避けるだけだ。
「突進来る!! 近づかないで!!」
叫びながら横へステップすると、痛いほどの疾風が間近をかすめて過ぎ去った。今度はダメージを受けていない。よしと内心でつぶやいて、空気の動いた跡を追う。攻撃直後の硬直時間。少しでも削っておけば後々が楽になる。
「こちらの残りは2体だ!」
「ざんねぇん、あと1体になったわよぉ」
「オレがやる!!」
アルが叫んだ。それはいいのだが、言うより早く銃声が聞こえて、思わず眉根を寄せる。口より手が早いのはよろしくない。同士討ちになる危険が増すからだ。後で注意しなければ。
そんな危険な行為を、放っておくわけには、
「……?」
ふと疑問符が、かすかな痛みが頭をよぎった。
危険な行為。の、はずなのに。
今までアルに、そのことを注意した記憶がない。
どころか。
ショウ自身もまた、同じような行動をとりはしなかったろうか?
「残数、1だ!」
ダンテの声にはっとした。戦闘中だ。考え込んでいる場合ではない。他の敵は一掃したようだから、とにかくボスを。倒して、“オラクル”を終わらせなければ。
「散って囲め! 各突進の前兆を見逃すな!」
「よっしゃああああああああ」
巨大牛を標的に一斉攻撃が始まった。これで『見張り役』は終わりだ。が、それでもショウは1歩引いて全体を見渡せるようにした。
アヤノが跳躍して曲刀を振るう。と同時に牛の後足を絡め取った蔓はダンテの魔法だろう。かと思えば前脚には大蛇が噛みつく。見えない向こう側で銃声が響く。――自覚があるのかどうか、皆だいぶボスの近距離に寄っている。夢中になっている証拠だ。誰か1人は冷静を保てる場所にいた方がいい。
――ああ……みんなほんとに、楽しそうだな……
本音を言えば自分もあそこに混ざってしまいたい。しかしそういうわけにもいかなかった。自分は皆を守らなければならない。そういう立場にある以上。
“世界の側”の、立場に――
「っ、痛、」
そこへまたしても頭痛が襲った。脳を刺されたような衝撃で瞬間的に視界が揺らぐ。あわてて頭を振り回復を図るが、当然その分だけ反応は遅れた。
目を上げたとき。まっすぐにこちらへと向けられた赤い両目が、やけに近く感じられた。
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