オラクル Ver. ヘラ -7-
思ったとおり反撃はこない。3度斬ってうしろへ飛び退く。イノシシは大きく体を揺すり向きを変えた。このタイミングでちょうどよさそうだ。
銃声が響いた。アルがイノシシの陰から飛び出してくる。逆にショウはまた跳躍し、背に斬りつけてから巨体の向こう側へ姿を隠した。短い鳴き声。次は――突進だ。
イノシシが猛然と前方へ駆ける。アヤノはそれを追いかけた。その横に、アルが追いついてきた。
「体力ゲージ、たぶん3分の1は削れたぜ」
「! 早いな」
「ま、オレとショウは適正レベルよかだいぶ上だし」
「あ」
蹄が地面をたたいている。足下がぐらりと揺れた。アヤノとアルは飛び離れた。次の瞬間、2人の間で地面が隆起した。
「……4……3……2……1!」
隆起は一定時間で収まる。見計らって足を速めた。
ジャンプ。その勢いで斬り下ろす。すぐさま後退する。と、見えないところでショウが叫んだ。
「広域攻撃!!」
ぶるりと背中を揺すぶって。
イノシシが風船のようにふくらんだ。
「!?」
「伏せろ!」
アルの声に背を押され、とっさに身を低くした。とたんに巨体ははじけ飛んだ。
無数の赤紫色の光が放たれた。一時頭上の空間が覆われる。アヤノは少しの間上目に様子をうかがい、視界から赤紫が消えるのを待って立ち上がった。
が。
「あっ……」
左肩を衝撃がかすめた。視界の隅で生命力ゲージが大きくすり減る。攻撃は終わりきっていなかったらしい。
しかし動揺している暇はない。元の大きさに戻り身をひるがえしたイノシシは、今度はこちらを正面にしている。アヤノは全力で駆けた。イノシシの頭の向きと直角方向へ。
回り込んでいくとショウが見えた。大剣でうしろ脚を斬って離脱する。それは開戦直後にアヤノがとったのと同じ行動だった。
自分の判断は間違いではなかったようだ。それがわかって、少しやる気が増した。
『――魔法』
追撃しようとした時、ショウのつぶやきが聞こえた。走りながら視線を投げると、ショウは高く剣を掲げ、にっと笑い返してきた。
『“フロガ”!』
振り下ろした剣から巨大な火球が飛んだ。それはアヤノを追い越してイノシシの横腹に直撃した。毛皮を激しく燃やしてすぐに消えたもののかなりの大ダメージを与えたらしい。イノシシはよろけて横様に倒れた。
「アル、アヤ!! 追撃!!」
起きあがるまでの間、敵は無防備になる。アヤノ達は一斉攻撃に入った。
次々にダメージ表示が飛ぶ。合計数値を出すほどの余裕はないが、これでまたかなりの生命力を削ったはずだ。
「おっまえ、いつの間にか火の強魔法まで覚えやがって!」
アルが楽しげに怒鳴った。そろそろイノシシが起きあがろうとしているのを見て最後に1発撃ち込み、走って距離を取る。アヤノとショウも飛び離れた。と、アルが続けた。
「おいショウ! もうこの際だ、魔法でとどめさしちまえ!」
「僕がやっていいの?」
ちらりと視線を向けられた。1拍置いて、アヤノはこくりとうなずいた。
この世界で“魔法”を目にしたのは初めてだ。もう少し見てみたいという気は、する。すごくする。
ショウは剣を構え直した。
「任せてくれるんだね。嬉しいな……」
静かな口調だった。しかし、ピリピリと肌を刺すような気配が広がっていくのを、アヤノは感じた。
「じゃあ、お言葉に甘えて、獲得したばかりのとっておきを使おうか」
イノシシが突進の体勢に入った。ショウはそれにまっすぐ切っ先を向けた。
すっと、息を吸い込む。
『魔法;――“アフティダ”!!』
唱えるのとイノシシの突進が同時だった。
次の瞬間、一条の光線がアヤノの視界を貫いた。
そして――
「やった!」
アルが空に向け、祝砲のように1発を放った。
直後に細く長い悲鳴を上げて、イノシシは倒れた。犬やカラスと同じようにさらさらと形を崩しながら。
背に大剣を収めたショウがふり返った。にこりと爽やかな笑顔で両手を上げ、手の平を見せる。アルも手を上げながら駆け寄ってきて、アヤノもそれにつられた。
パンッと、高い音が重なった。