NPC -2-
はっとふり返ったショウは、異様な光景を目の当たりにした。
アヤノとユーリに襲いかかる大きな影。反射的にナイフを喚び投擲するが、それは影を透過してしまう。
『魔法:ケラヴノス!』
血の気の引いたショウのうしろから、ダンテの詠唱と共に稲妻が走った。アヤノ達に触れるよりも早く、影は貫かれて消滅した。
「無事か」
「まあねぇ。一応防御してたし」
「よかった……心臓が止まるかと思ったよ」
じわりと冷や汗が滲むのを感じながら小走りに店内へ。そうしてアヤノ達より奥の床に、焼け焦げて倒れている塊をみつけた。
「これは」
「……ここの、店員さん……」
「店員!? それが襲ってきたの!?」
アヤノが半ば放心したようにうなずく。横ではユーリが眉をひそめて髪を押さえた。
「間違いないわよ、わたし達の目の前で変身したんだから。こう、こっちに歩いてきたと思ったら、グニャっと」
ショウは思わず歯を噛みしめた。想定外だった。協力者であるはずのキャラクターまで知らないうちに敵に回るとは。これ以上の何かがなければいいと言った矢先だけにダメージも大きかった。
きっとこの先もいくらでも、思いもしなかった事態が起きるのだろう。再認識して気を引き締めることにする。
「他のステージでも同じようになってるのかな。こっちサイドの人にも迂闊に触れないね」
「そう思っておくのが無難だろう。アイテム購入に使う店もここに限定するのが良くはないか。わざわざ危険を冒す必要はあるまい」
「うん。そうかもしれない」
見回すと皆がそれぞれにうなずいた。それにうなずき返しながら、ショウは小さくため息を落とす。
安全の確保が第一ということは重々承知している。が、どうしても異変の原因を突き止めたいとも思ってしまう。簡単にわかるなら苦労はないと、頭ではわかっているのに気が逸れるのは、早くこの状況をなんとかしたい、重圧から逃れたいという願望の裏返しなのだろう。
――駄目だな……もっと、しっかりしないと――
自戒の意味を込め手の平に爪を立てた時。
アヤノが唐突に、顔を上げた。
「ごめん。……動けなかった」
「え?」
「また、竦んだ。せっかく教えてもらったのに。ユーリがいなかったら、やられたかもしれない」
きつく眉根を寄せた固い表情に、ショウはあわてて手をほどき横に振った。
「そんな思い詰めなくても……仕方ないよ、そういうのは慣れもあるし」
以前アヤノには、戦闘中に動きを止めない方がいいと教えたことがあった。しかし、とっさの時に体が動くかどうかは、経験や生来の性質も大きく影響してくる部分だ。教わったからといって簡単にできるわけもない。わかっているから、ショウも一度か二度しか指摘しなかったはずだ。
それでも当人がどう考えるかは、やはり別問題なのだった。
「今のままじゃ、いつか足を引っぱるかもしれない。これ以上迷惑かけたくない」
「迷惑なんてそんな……」
「忘れてた――思い出した」
つと、向けられたまなざしは、思ったよりもしっかりとしたものだった。
「強くなる、もっと。誰にも頼らないで済むくらいに」
ショウは思わず息を呑む。それほどに、アヤノの眼の金色は燃えていた。
強さに対する執着、翻って弱さへの嫌悪。アヤノはその傾向が人一倍強い。だからこそこんなに早く上達したのだろうし、いつまでも向上心を持ち続けている。成長に奢らず失敗をしても諦めない。
このところ少し落ち着いていたようなだったのが、ここへきて、文字通り『火がついた』らしい。
「もっとレベル上げないと。もっと戦わないと。もっと」
「待ってアヤ。まずは落ち着いて……1回深呼吸してみようか」
そんなひたむきさを見ていると、つい手を貸したくなる。それに度が過ぎるようだと心配だ。アヤノには、単独で急に暴走しだした前科もある。
「目的意識もやる気ももちろん大事だけど。焦りは失敗の元だよ。それと、アヤにはもうひとつ、覚えておいてほしいかな」
普段よりもう少し見開かれた金色がこちらをじっと見上げてくる。それをのぞき込みながら、ショウはゆっくりと続けた。
「1人で完璧にやろうなんて、そんな寂しいこと考えないで。僕達がここにいること、忘れないで」
口にした瞬間、背後でダンテがため息をついた。『お前がそれを言うか』という声なき声はひとまず聞こえなかったふりで、ぽんぽんとアヤノの肩をたたく。
「ね」
「……ん……」
「不満そうな顔してうなずかないでほしいな? 応援してるのは本当だよ」
「……知ってる」
答えるが早いかアヤノはふいと顔をそらした。視線はそのまま、まっすぐにバトルフィールドを見据えた。
「待って待って、焦らないでって」
「おいアヤ! お前ひとの助言は聞いとけっての!」
アルが若干の苛立ちを含んだ声を上げた。しかしアヤノはちらりと見返っただけだった。それを離れた場所から眺めるユーリは、まだ脱力気味のままだ。
軽い頭痛を覚えつつ、ショウは口を引き結ぶ。また噛み合わなくなった。何事も、人間関係も含め、詰まるところ一進一退ということなのだろうが――
「ショウ。先の言葉は自戒でもあると理解していいのだろうな」
上からささやきが降ってきた。ショウは一度目を伏せ、次いで、精一杯の笑顔を作りダンテを見上げる。
こぼれ出たのは我ながら誤魔化しめいた返答だった。
「努力するよ」
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