シフト -3-
最初は蒸気の揺らぎかと思うほどの小さな変化が、すぐに黒い影と化し輪郭をあらわにする。
最終的にそれはトカゲの形になった。迷宮ステージにいたものよりも体全体がごつごつとして、まるで小さなドラゴンだ。
『魔法:アンベロス』
「っりゃあああああああぁ!!」
ダンテが蔓で大トカゲを絡め取り、同時にアルが銃弾を撃ち込む。しかしその程度では揺るがない。激しく身を揺すって蔓から逃れたトカゲは、仕返しとばかりにアルに向かった。
『使役獣召喚:ヒドラ』
そこへユーリの召喚した大蛇が飛びかかる。横っ腹に体当たりして足を止めさせ、そのままの勢いで首に噛みついた。能力値をつぎ込んだというだけあって、その攻撃力は格段に増した。大ダメージと共にトカゲをダウンさせる。
「アヤ」
「ん!」
合図を受けてアヤノも跳んだ。ショウは右から、アヤノは左から。体勢を立て直す時間など与えない。交差する軌道で斬撃をたたきこむ。
更に、ショウがふり向きざまナイフを投擲した。ナイフはまっ赤な両眼にまっすぐ吸い込まれる。間髪入れず頭上に跳んだアルが脳天を撃った。
咆吼。地響き。脚が折れ、トカゲは動かなくなった。
アヤノはふうっと息を吐く。それなりに手応えはあった。通常の敵はこんなものか。
が。
「あ」
「うん? どうかした?」
アヤノはとっさに目をこする。黒い背中を見下ろした瞬間、輪郭がブレた気がしたのだ。
そう、たとえるならば、×××の砂嵐のように――
「アヤ?」
「……なんでもない。平気」
というよりは、何を言おうとしたか忘れてしまった。わからなくなってしまった。前にも似通ったことを考えたような、おぼろな記憶はあるのだけど。
忘れるくらいだから大したことではない……はずだ。
「ならいいけど。それにしても……どうかな、みんな、“セーフティエリア”内での敵の出現頻度は上がったと思う?」
ショウがぐるりと見回した。ここへ到着するなり襲われたことを気にしているのだろう。アヤノは首を横に振る。体感的に、頻度はまだそれほどでもないと思う。たまたまタイミングが悪かっただけだ。
「今のところはまだそれほどでもあるまい。ただし、今後もその状況が継続するとは限らない」
率先して口を開いたダンテに異を唱える声はない。ショウも「わかってる」とうなずいた。
「動こう。これ以上妙なことが起きる前に」
「やむなしか……慎重を重んじてばかりもいられんな」
「そういうわけで、ユーリ、またお願いできるかな?」
ショウが暗に“グライアイ”の召喚を求める。今度もまた見通しの悪いステージだ。少しでも安全性を高めるために、進行方向の情報が手に入るならそれに越したことはない。自分たちはただ戦っていればいいというわけではないのだ。
絶対に負けられない。倒れられない。
「グライアイ……意外に使いどころが多くてびっくりよねぇ、これ」
乞われるままに召喚した目玉を見下ろして、ユーリが気のない様子でうそぶいた。
と、それを聞いたダンテが目を細めた。
「パーティである以上、その程度の貢献はしてもらわなくては困る」
ぴくりとユーリの眉が上がった。言い返すわけではないがあからさまに嫌な顔になったところへ、ショウがさりげなく割って入る。
「いつも偵察ありがとう。助かってるよ」
「いいのよ別にはっきり言ってくれても。『団体行動を乱す奴はさっさと出ていけばいい』って」
「ちょっと待って、誰もそんなこと言ってないじゃないか」
「思ってはいるんじゃない?」
「そんなこと、」
思っていない。決して。
アヤノはそう口にしかけたが、それより早く、ダンテがきっぱりと声を上げた。
「団体行動を乱していることは事実として認識している。だがそれを理由に放逐するのは道義に反する。それが俺の考えだ」
「……道義とか。素で聞いたの初めてかもだわ……」
ユーリが毒気を抜かれたようにつぶやくまで、アヤノも半ばあっけにとられていた。
けれど、古式然とした宣言は、つまり正義感の強さを表しているのだろう。それがダンテの根元にあるもので、だからこそ何があってもついてきてくれたし、協力してくれたし、これからもそうしてくれる。きっとそういうことなのだ。
以前から感じていたことではあるが。なんとも生真面目な人物だ。
「――あぁもうなんなの! こんな変人の集まりだなんて思わなかったんだけど!」
唐突に、ユーリが勢いよくしゃがみ込んで頭を抱えた。するとショウが堪えきれない様子で噴きだし、つられてアヤノも笑ってしまう。当のダンテはショウのとなりで、釈然としない顔をしていたけれど。
少し離れたところでは、アルが、ひとり無表情にこちらを見ていたけれど。
* * * * *
――アヤノとユーリはダメだった
――もう協力してくれない
――だったら次は……もっと、“正義感”の強い……――
第9章1節 了