シフト -2-
とりたてて特別な出来事や大きな問題もなく。
2度目の挑戦で、アヤノ達は第8ステージ“オラクル”を完全クリアした。アフロディテからの報酬である“紋章”も受け取った。その間アヤノが気にしていたのは、異様に口数の少ないアルのことだった。理由は予想できたけれど、だからなんとかできるかというと話は別だ。
せっかく同じ場所を目指すのだからできるだけ仲良くやっていきたい――漠然とながらアヤノは思っているのだが、それだけのことが意外と難しいらしい。ここには、たった5人しかいないというのに。
「……アル」
買い物の最中、思い切って仏頂面に話しかけてみた。すると赤い眼だけがこちらを向いた。
「あ?」
「怒ってる?」
「別にー」
アルはぞんざいに返事をしてまた視線を落とす。感情の起伏は感じられない。ただ、不満そうな空気はずっと漂っていた。
「……」
「んだよ、なんかあるならさっさと言えよ」
不満は例によってユーリ絡みだろうとわかっている。つついてもよけいにアルの機嫌を損ねるだけではないかという気がして、話を変えることにした。
「……気になることがあって。アルは、『ファントム』って人のこと、聞いたことある?」
ショウが離れた場所にいることを確認しつつ尋ねてみる。と、アルはやっとこちらに顔を向けた。
アヤノがよく知っている、いつものアルの表情だった。
「都市伝説のアレか?」
「ううん。プレイヤー」
「プレイヤー? だったらオレは会ったことねーな」
「名前聞いたことも?」
「ない」
「そっか」
「つか、実際にいたヤツなのか? お前はどこで聞いたんだよ」
「……ちょっと」
「まあいーけどさ、そいつのこと知りたいんなら、もうちょっと情報調べてからのがいいぜ。せめて職業とか、いつからやってるか、とか……」
「……いつから……?」
アヤノはふと問い返した。
職業ならわかっている。ファントムは青いマント留めをしていた。ということは、テオス・クレイスでは“魔術師”以外にありえない。
ただ。
「『いつ』って、なに?」
期限を切るようなことというとなんだろうか。いつからこの世界で戦っているかという意味なのだろうか。ならば。
答えは“ずっと”に、決まって、いる――?
「あーいや。なんだろうな。悪ぃ」
アルも自身の発言に違和感があるようで、何度か首をひねった。お互い釈然としない顔で見合っていると、用を終えたらしいショウがこちらへ近づいてきた。
「そっち、準備は?」
「あ? あー準備なら。オレはもう済ませた」
「……わたしも」
「ごめんね、話の邪魔しちゃったかな? 行くのはそっちが終わってからでいいけど」
「平気。大したことじゃないから」
アヤノはあわてて遮った。“ファントム”のことをショウに聞かせるにはまだ抵抗がある。当のショウは、そう? というようにこちらをじっと見てから肩をすくめた。
「だったらいいんだけど。ダンテとユーリは先に行ってるからね」
「そういうことは早く言えって! ならオレらも行こうぜ!」
急に大きな声を出し、アルが店を飛び出していく。苦笑気味のショウと共にアヤノもあとを追った。
セーフティエリア内にある“はじまりの扉”まではすぐだ。ダンテとユーリ、それにアルが待っていた。アルは焦れたように足踏みまでしていた。
「待たせてごめんね。さあ、飛ぼう!」
ショウが声をかけると、皆そろって“鍵”を掲げる。
鍵に嵌る石の色は、鮮やかな赤だ。
『ワープ:ナインスステージ!』
次々に消えるメンバーを追ってアヤノも飛んだ。
ほどなく訪れた地に足が着く感覚に即座に目を上げる。今度のステージはどんな場所だろう。何が待っているのだろう。
――最初に飛び込んできたのは、炎の川だった。
「第9ステージは火山のステージ。火と鍛冶の神、ヘファイストスが守護神だよ」
そこはアフロディテの洞穴と同じく岩屋の内部のようだったが、様相はまったく違った。静かで穏やかだった前ステージと比べ、ここはなんというか、にぎやかだ。絶えず溶岩の沸騰する音が聞こえる。ときどき急に蒸気が噴き出す。水たまりのように溶岩だまりがあったりもして、セーフティエリアでさえ身の危険を感じるほどだった。
「うっわーすっげ」
「溶岩に触れた場合のダメージはあるのか」
「バトルフィールドでは判定があったはずだよ。気をつけてね。」
「それは、ある意味最大の敵かもしれんな」
ダンテが思案する風に視線を落とした。それを一瞥してからそれとなく視線を巡らせていって。
アヤノは、反射的に剣を取った。
「みんな! ――敵!」