オラクル Ver. アフロディテ -4-
できるだけ敵に見つからないように。みつかったらすぐ逃げられるように。
それだけに気をつけながら岩陰を進む。
今のところはうまくかわせている。この調子で、一刻も早く。
ここから先、たよれるのは自分の力だけだ。
もうひとつの目である“グライアイ”と共に、ユーリは少しずつ歩を進めていった。
* * * * *
「……ユーリはいないね」
「敵残数は動いたか」
「さっきひとつ減って、それっきり、かな……」
下手に踏み込むと固定の敵が出現するので、脇道の探索はほどほどに。できるだけ急いで最深部を目指す。
できるだけ早くボスを倒して、“オラクル”を終わらせるために。
「前方! ムカデだ!」
「先行くぜ!」
ショウの警告を受けアルが飛び出した。冷静に間近まで接近し、撃つ。
『魔法:アンベロス』
倒すことが一番の目的ではない。動きを止め、時間を稼いで振り切ること。一定以上の距離を置けば敵は追いかけてこない。ただ、その一定距離内に他の敵がいることもあるし、意外にしつこいのもいるしで、なかなか気が抜けなかった。
「ショウ、あいつついてきてんぞ」
「だね。仕方ないな、あれは倒しておこうか」
「りょうっかい!」
アルが獰猛に笑い身を翻す。それに続こうとして、しかしアヤノは踏みとどまった。別方向の新手が目に入ったのだ。挟まれては困る。
「ダンテ、アヤの援護たのむ!」
『魔法:カタラクティス』
アヤノは一瞬、目を疑った。水の防御魔法はアルと、追いかけてきたムカデとの間を遮っている。ショウの指示とは違う行動だ。
戸惑って見上げると、ダンテは淡泊な表情で片手を上げた。
『魔法:ケラヴノス』
雷の攻撃は前方の蛇に。そうしてダンテはショウを見やる。
「下がるな、前だ」
「! 走ろう!」
はっとした表情になり、ショウが再度の指示を出した。そうだった、目的は敵を倒すことではない。アヤノも進行方向を元に戻す。視線だけ後方に残し、後方のムカデが近づいてこないことを確認する。
そこへアルが並んできた。
「なんだよーヤっときゃいいのに」
アヤノが見下ろすと、今の判断が気にくわなかったらしく、アルの顔はむくれ顔だった。
「アル。今は急ぎ」
「けどよー」
「アル?」
ショウに声をかけられた瞬間アルの顔つきが変わる。「わかった」とうなずいて素直に前を向くので、アヤノはちょっとばかり釈然としない思いを抱いた。さっきからアルの態度はなんだかおかしい。――好きではない。
「アヤノ、回り込め!」
ダンテの声に押され地面を蹴る。左手から壁を駆け、蛇の尾めがけて飛び下りた。
垂直に切っ先を突き下ろし尾を岩に縫い止めると、同様にショウが頸部を刺す。完全に動きを封じられた蛇の眉間をアルが撃った。それで終いだった。
「うしろは」
「振り切ったようだ」
「ダンテは冷静だね。さっき、助かったよ」
「いや」
「僕もしっかりしないとね。ちゃんとみんなを守らなきゃいけないんだから……それなのに……」
アヤノは瞬いた。ショウの雰囲気は妙に切羽詰まっている。どうしたのかと口を開きかけるも、ダンテがそれを遮った。
「俺は一刻も早く確かめたいだけだ。ユリウスの真意とその価値を。お前の抱えているものよりも単純だ」
慰めているようなそうでもないような微妙な表現だった。それを聞いたショウも微妙な顔をした。
するとなぜか、急にアルがダンテを睨み上げた。
「やめろよ、ショウを困らしてんじゃねーよ」
ダンテは驚いたようにアルを見返す。次いで、ショウに向き直った。
「困らせたか」
「そんなことはないんだけど。ていうか、どうかしたの、アル?」
こちらも困惑気味のショウに対して、アルの反応はといえば、狼狽だった。
「あ、いや……悪い、余計な口出して」
言いわけめいて口ごもりながら、上目にショウの顔色を窺う。それをなだめようとしたのだろう、ショウが口を開きかけ――素早く視線を上げた。
「コウモリだ」
すかさずダンテが宝剣を掲げた。ふり返ったアルも、もう普段通りの表情だった。