オラクル Ver. アフロディテ -3-
この状況で戦いだけに集中するのは難しい。視線は半ば無意識に周囲を巡る。アヤノはそれでも懸命に曲刀を振るい、黒蛇を壁からたたき落とした。
早くユーリを捜しに行かなければ。1人でいさせるわけにはいかない。
「――ああ! 団体さんが来ちゃったみたいだ!」
しかしショウが苛立たしげな声を上げる。見やった先からはまっ黒な雲――もとい、コウモリの群が向かってきていた。生命力はやや低いものの必ず5体以上で襲ってくる敵だ。分散して四方から攻撃してくると厄介だから、固まっている今のうちに数を減らす必要がある。
「こういうときは連続攻撃できる召喚獣がいるといいんだけど……!」
つぶやいたショウをふり返り、アルが顔をしかめた。
「もうほっときゃいいんじゃね? あいつなら適当にうまくやってんだろ」
ショウはショウで苦い表情をする。その表情のままコウモリ2体をもろともに斬り払った。
「駄目だよ、忘れた? ユーリは前にも1度やられてるんだ」
アルはぐっと詰まった後、他のコウモリを撃ち落とす。一瞬不満そうな顔をしたが、すぐ苦笑に変わった。
「おひとよしだよなーお前って!」
「そうかもね!」
「何にせよ、急がねば。事情を聞くにもまずはみつ出す必要がある」
ダンテが前へ出た。
『魔法:アンベロス』
岩壁から伸びた蔓がコウモリの羽に絡みつく。間髪入れずに3人も動いて、それぞれが1体ずつを倒した。
『ケラヴノス!』
連続詠唱で稲妻を放つ。コウモリからははずれた。が、貫いた先では新たにムカデが形をとるところだった。大ダメージの表示が飛んだところへアルがとどめを刺しに行った。
「みんな離れないで! ――ユーリ、いるかい!? いるなら返事をしてくれ!!」
「ユーリ!」
「おし、こっち片したぜ!」
残りのコウモリも始末してアルが駆けてくる。合わせて皆が周りを見回した。
ここにいる仲間以外の気配は感じられない。敵も、他の何かも。アヤノが黙って見上げると、ショウはひとつ大きく呼吸してからこちらに向き直った。
「ちょっと、状況をまとめておきたいな。オラクルエリアから出る方法がふたつだけってことはみんな把握してるよね」
「ボスを撃破するか、生命力を失うかだ」
ダンテの答えにショウはうなずいた。
「だけど僕達は、ライフを失うという方法はとれない。何が起きるかわからないからね。そうなると、ここでとるべき行動は限られる、と思う」
「つまりどーいうことだよ?」
「……今回は、“紋章”をあきらめてくれないかな」
アヤノにもショウの言いたいことはわかった。万が一にもユーリがエリア内のどこかで生命力を失う前に、“オラクル”自体をさっさと終わらせる必要があり、そのためには『エリア内のすべての敵を倒す』という紋章獲得条件にこだわっていられないということだ。
賛成の意味ですぐにうなずく。紋章を獲るのは次でもまったくかまわない。ダンテとアルも――それぞれに思うところはありそうだったが――反対はしなかった。それを見たショウの表情が少しだけ柔らいだ。
「ありがとう」
「ショウが言うなら仕方ねーよ」
「捨て置くわけにはいくまい」
「じゃあまっすぐボスに向かうの」
「念のため簡単に見回りながら、かな。ただ、戦闘はできるだけ避ける方向で」
「わかった」
アヤノの返答よりも先にショウは早足で歩き出す。そこへ長身のダンテが即座に追いつき、肩をたたいた。
「焦るな」
「……うん」
「あ! ショウ、ちょっとこれ見ろよ!」
不意にアルが高い声を出した。画面を開き、走ってショウに見せに行く。
「アル?」
「敵の残数だ。オレ達がやってない間に減ってたら、あいつがやったってことなんじゃねーの?」
「! いま、ひとつ減ったね」
アヤノも駆け寄った。のぞき込んでも数字は動かなかったけれど、ショウはそれを確認できたのだろう、さっきよりもずっと緊張の解けた顔をしている。
ユーリは無事でいるらしい。とりあえず今のところは。
「よかった……ありがとうアル」
「おうっ!」
「それじゃあ行こうか」
ショウが前を向いた時、また間近で黒い陽炎が立ちのぼった。
皆の反応はいつも以上に鋭く、瞬時にショウの斬撃とダンテの魔法がムカデを襲う。アヤノはそこへ畳みかけて一撃で頭を斬り裂いた。その頭上でキィキィと甲高い鳴き声が上がりだすが、そちらへは銃弾が撃ち込まれていく。アルの狙いは正確だ、次々にコウモリを撃ち落としてとどめを容易にしてくれる。
――ユーリ。無事で。
念じながら、アヤノは道の先でなお湧いて出る敵を睨みつけた。
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