オラクル Ver. ヘラ -5-
ねじ曲がった街並みもいい加減に見慣れてきた。しかしそれも今さらだ。
終点は、もう近い。
「やっと来たか! 2人ともおっせーぞ!」
道の奥に見える曲がり角の手前で、アルが大きな銃ごと手を振っていた。その先に第1ステージのボスがいるはずだ。アヤノは少し足を速めた。ショウは相変わらず、歩調を合わせて少しうしろをついてくる。
走りながら目線をずらす。広げたままの地図の右下。
オラクルエリアの敵の残数は、1だ。
「やあ。そっちも無事だったみたいだね……」
アルの方からもこちらへ歩み寄ってきた。それをよく見ると、かなり不満そうに頬をふくらませていた。
「おいこら。ショウ。なんでちょっと残念そうなんだ」
「え? そんなことはないよ? お互いなかなかがんばったよね。あとはボスさえ倒せれば目標達成だ」
ショウのもの言いははぐらかすようだったが、アルは簡単に引っかかり、うって変わって嬉しげな顔でこぶしを握る。
「だな!」
「“紋章”まではもうひと息だよ」
「おうっ! ――お、アヤはレベル上がってんじゃねーか」
ふとこちらに目を向けたアルがにっと歯を見せた。アヤノはふいと顔をそむけた。
「これだけ戦って、上がってなかったら逆におかしい」
「ていうかさ。実は前から気になってたんだけどさー」
アルが腕組みをする。何やら見られているらしいと気づき、眉をひそめる。
「なに」
「つまり金も溜まってきてるってことだろ。そろそろ装備品買った方がいいんじゃねーか? それ初期装備のまんまじゃん」
「悪い?」
「悪かねーけど露出度高いだろ。自分で気にならねーの?」
はたと、アヤノは自分を見下ろした。白い布を巻きつけたような服――キトンという民族衣装らしい――それにたすきがけの革の胸当て。あとはサンダル。剣と鍵をつけるためのベルト。それで全部だ。
装備品が少ないのは仕方ないとして。言われてみれば、キトンの布地はやけに薄い。体の線が透けそうなほどだ。意識したとたん、急に顔が熱くなった。
「……あんたって、そんなとこばっか見てんの」
照れ隠しと腹立ちまぎれにアルをキッとにらみつけた。すると、アルは噴きだした。
「わかったぜ。たぶんお前って、“中身”もオンナだよな……ってうわっ!」
途中から悲鳴に変わったのはアヤノが殴りかかったからだ。とっさに身をかがめてよけたアルは、いぶかしげに見上げてきた。
「んだよ、そんな怒んなよ」
「今のはアルが悪いよ……セクハラ発言」
「! お、オレはただ、そーいう反応するくらいだし、男じゃなさげだなって思っただけだって」
「女で何が悪い!!」
思わず力の限り怒鳴っていた。
一気に沸騰した感情とは逆に、3人の間の空気は冷えていった。なだめるように手を上げたショウも、目から笑みが消えている。
「まあまあ……アルに悪気はなかったと思うよ。考えなしだったのは確かだけど」
「馬鹿にするな……!」
「は!? バカになんかしてねーって、どうしたんだよ急に」
アルが困惑の声を上げる。それでまた怒りが増長した。子供じみた反応だという自覚はうっすらとあった。それでも、どうしてもおさえられない。
理由はわからない。――思い出せなかった。
「だったら! “中身も女”ってどういうこと!」
「いや、ほら、アルが言ったのは、アヤがリアルでも女の子じゃないかって意味で」
「“リアル”って何! 意味がわからない!!」
「――アヤ!!」
突然肩をつかまれた。反射的に払いのけようとするが、かえってショウの手には力がこもる。
「ちょっと待って。落ち着いて。君の名前は?」
「え……」
聞かれた意味がわからない。問い返そうとしたができなかった。
正面からのぞきこんでくるショウの顔が、まなざしが、戦っているときよりもさらに恐い。
「口に出して言わなくていいよ。思い出すだけ。それで……アヤノっていうキャラクターじゃない、君の“現実世界での名前”は、なに?」
――キャラクター?
――“現実”?
ちくりと、電気のような痛みが頭を刺した。
現実。
現実世界とは……なんのことだろう?
「お、おいおい、マジかよ。なんかそういう症状があるって聞いたこたあったけど」
答えられないアヤノに、アルも顔色を変えた。ショウがうなずく。そしてきつく眉根を寄せた。
「“幻想症候群”かもしれない。今回はもうやめておこう。出直した方が無難だ」