セーフティエリア -2-
アルは皆から離れて1人、気分を落ち着けるために、洞窟内を歩き回っていた。
ときどき眉根を寄せて足下の岩を蹴る。何が気に入らないといって、さっき遠目に見た2人だ。ショウがユーリと話していて、ユーリは相変わらずふざけた調子で、まともに受け答えをしていなさそうだった。
あんなに不真面目で協調性がなくて皆に迷惑をかけても悪びれないようなプレイヤーに、ショウが始終手間をかけさせられている。そんなに団体行動が嫌なら勝手にすればいい、と言ってやりたくなるが、さすがにこの状況で1人放り出すのはあんまりだ。ショウもきっと反対するだろう。
仕方がないから早いところ目標達成してユーリから離れられるよう願うほかないが、そんな現状を再認識するとますます気分が重くなった。
「まだ遠いよなー13ステージ……」
思わず口に出してから「あー」と大きく声を上げ両腕を振り上げた。それから思いきり頭を振ってもやついた気分を追い払おうとする。
とにかく。早く隠しステージまで到達すればいいのだ。そうすれば全部解決する、はずだ、たぶん……
「……解決……」
自分が選んで独白した単語に、アルはしばし戸惑う。なんだろう。ユーリの件の他に何か、解決しなければならないことがあったような気がする。
思わず考え込みかけたアルは、しかしすぐに顔を上げる。
岩影で何か動いた。どのステージにもプレイヤーがいなかったことは何度も確認したはずだ、もしかして見落とした誰かがいたのかと急いで追いかける。
「おい! 待てよ――」
その姿を視認する前に、覚えのある音が聞こえた。
とっさに銃を取った目の前で長い影がするすると動いた。迷わずそれに向けて撃ち込めば、蒸気のような音を立ててぼとりと落ちる。
正体は黒い大蛇だった。敵だ。それがわかれば意識はすぐに戦闘モードだ。
「んのやろぉッ!」
続けざまに発砲し、蛇が首を上げたところで跳び下がった。手応えは浅い。まだまだ倒れそうにない。まだレベルが適正でないのだろう、ひとりで倒すのはキツそうだ。
が、とにかくこちらがダメージを受けないようにして時間を稼いでいれば、きっとショウが気づいてくれる。
ショウならきっと。絶対に――
「アル! 無事だね!」
やっぱりだ。
ふり向くことなく口の端を上げ、アルは高揚をたたきつけるように叫び返した。
「ったりめーだろ!!」
「アル、右っ!」
アヤノも一緒なのがわかった。だったらもう楽勝だ。右から来た尾のひと振りを銃身で受け、その勢いのままわざと横に転がって距離を取る。
入れ違いに2人が飛び出した。左右からの時間差の斬撃で蛇が苦悶の声を上げる。アルもすぐ加勢に入った。3方向からの連続攻撃を受け、蛇の生命力が尽きるのはすぐだった。
「よかった。間に合ったみたいだね。ケガは?」
「そんなヘマするかよ」
「――あ。2人来た」
アヤノがふり向いたのでつられて見やると、ダンテとユーリがこちらへ走ってくるところだった。ショウが片手を上げて大丈夫だと合図する。
近くまで来て足を止めたダンテは、脱力した蛇の体を見下ろして重い息を吐いた。
「こちらにも出現したか」
「うん……残念ながら」
「もはやセーフティエリアも安全性を確保できていない。今後、単独行動は絶対に避けるべきだ」
静かな断言に今度はショウがため息をつく。一瞬、顔をしかめたように思えたが、こちらへ目を向けた時にはそんな気配はかけらも感じさせなかった。
「どこであっても、行動は必ず2人以上で。これからは徹底しよう」
すぐに他の全員がうなずいた。アルとしても異論はない。
が、次の瞬間にショウの深刻な顔の意味を理解して目を見開く。“安全圏”での敵の発生という事態が――前に何度か疑わしい事件があったのが、とうとう常態化してしまったのか。ショウはそれを気にしているのか。ついでに、また余計な責任でも背負いこもうとしているのかもしれない。
そう思ったからアルはにかりと笑い、拳でショウの肩を小突いた。
「まーさ、これも訓練と思えばよくね? どこにでも敵が出るってことは、そんだけ戦闘の数こなせるようになったってことじゃん。オレら早いとこ強くならなきゃなんねーんだからさ」
「……一理あると、言えなくもないが」
思案顔をするダンテのとなりで、ショウは苦笑しながらも「ありがとう」と返してくれた。言いたかったことは伝わったらしい。リーダーはしゃんと前を見てこそだ。
無責任なんだから、というユーリのつぶやきは聞こえなかったふりをしていると、ショウがふと蛇を見下ろした。
「それにしてもさすがだね。エリア内で急に襲われたっていうのに、あわてず対処できるなんて。すごいと思うよ」
アルはその場で固まった。
ここで自分に対する褒め言葉がくるとは予想外だ。一瞬の空白の後で顔が熱くなった。突然敵と遭遇した時よりよっぽどあわてている。自覚はあるが、動悸は収まらない。
「いや別に、こん中じゃ長くやってるってだけだろ」
「そうかな? どっちにしても、そういうところたよりにしてるんだけど、僕は」
「……アル?」
アヤノの怪訝そうな声がする。自分が挙動不審になってきた自覚ももちろんあった。
だがそんなことよりも嬉さが勝った。
尊敬している相手からたよりにされているなど。嬉しくないはずがない。
好きだ。
ショウは好きだ。
晴れ晴れとして見上げた青い眼は、ついと動いて周囲を見渡した。
「何があろうと約束は守るよ。みんな行こう。13ステージを開くために」
第8章3節 了