セーフティエリア -1-
――本格的に始まったみたいだね
――ねえ、みんな
早くこっちに……でないと、次は……――
* * * * *
ショップでアイテムを物色しつつ、ショウはひとつため息を落とす。そうなるだろうとは思っていたが、ユーリには見事にかわされた。
もうすぐわかるから。
もうすぐ全部使うから。
だから、それまで待っててくれない?
話を聞く限り“能力値”を使わずに残してあるのは事実のようだ。彼のことだから、能力値を必要以上に温存すれば戦闘において著しく不利になることはわかっているだろうし、同時に意味もなく自分を不利にするような真似はしないはずなのだが。だとするとその行動は何を意味しているのか。
疑問は尽きないものの、いずれ使うのだと主張されては深入りしづらい。そんな現状であった。
「ショウ」
考え込んで手が止まっていたところへ、ダンテが後ろから声をかけてきた。ショウはすいと背筋を伸ばした。
「なに?」
「ユーリは行ったのか」
「うん」
「奴はなんと、と聞いても構わないか」
「別にいいけど。特に何も聞けなかったよ」
「そうか」
「ひとまず保留にした。パーティとして戦う上で、それほど問題が起きてるわけじゃないからね。本人もわかっててうまくやってきたんだろうけど」
ショウはダンテを見上げた。黒い瞳は落ち着いている。それを見るとこちらも落ち着くことができので、助かっている。
「ところで、ダンテは心当たりある? 大量に能力値を消費するような何かって」
「俺が知っているのは基本事項だけだ。召還士のことはよくは知らない。各職の固有事項であればむしろお前の方が詳しいのではないか」
「……思いつかないんだよなぁ……」
ショウが息を吐きつつ首を振った、その時だった。
セーフティエリアの端の方で爆発音が響いた。何事かと剣に手をかけたところで足下にかさかさ動く気配を感じる。ユーリの召喚獣“グライアイ”だった。
「異常事態か」
「行こう」
迷わず走る。少し後ろをグライアイもついてくる。エリア中央の“はじまりの扉”をすり抜け逆側へ。やがて遠目にアヤノの姿が見えた。と同時に目を疑った。
「……そんな」
高く跳躍したアヤノの視線の先、その足下。
首をもたげたのはムカデだ。敵モンスターだ。ここは“セーフティエリア”のはずなのに。とうとう、こんな目の前で。
『魔法:ケラヴノス!』
稲妻がムカデを襲う。ショウも我にかえり投げナイフを呼び出した。まずはあれを倒す方が先だ。
「アヤ、今行く!」
ナイフを放ち自分も跳ぶ。アヤノもこちらに気づいたらしく一瞬だけこちらを見た。
3人がかりでなら1匹程度の相手はたやすい。あっという間に削りきった。アヤノがほっとしたように曲刀を下げる。
「倒した……」
「他にはいないようだ」
「! ユーリとアルは!?」
「私ならここよよぉ」
岩壁のくぼみからにょきりと腕が伸びた。法衣の袖と声からユーリと知れる。しかしアルは一緒ではないようだ。
「アルを捜しに行かないと」
「待って。ユーリが怪我してる、動けない」
「なんだって!」
絶句したショウの目の前で黒いマントが翻った。ダンテは、ユーリの方へ歩き出しながらショウに視線を投げかけた。
「アヤノを連れて先に行け。すぐに手当を済ませて追いかける」
「ありがとう……! ――アヤ!」
きびすを返す。ちょうどそこで、銃声が聞こえてきた。洞窟内に反響して位置はわかりづらいが、とにかくこちらと同じ状況に陥ったのだろうことは想像がついた。
急がなければ。
「ショウ、こっち。声がする」
アヤノが右手側を指さした。それを信じることにして、ショウはアヤノに先を譲った。
「……それで」
一方ダンテは、ショウ達ふたりの背中を横目に見送るとユーリの横へ膝をついた。見たところ脚に深い裂傷がある。他に大きな怪我はなさそうだ。
「どうする」
「アイテム、ちょうど切らしちゃってたのよねぇ。お願いしていいの?」
「仕方あるまい」
宝剣を使い回復魔法を施しつつ、ダンテは周囲にも気を配る。1体現れた敵がさらにもう1体、出現しないという保障があろうか。
「何があった」
「わかんないわよ。アレ、急に出てきたの」
「そうか。……痛みはあるか」
口にしてから己の言葉にふと違和感を覚える。
が、ごくわずかな間のことで、ユーリの返答までには意識から消えていた。
「もう大丈夫よ。助かったわぁ」
「ならば行くぞ」
はぁい、と返事して立ち上がったユーリは、差し伸べた手を見事に無視していった。ダンテもすぐに手を引っ込める。気にしてはいない。こちらにとってもただの形式的行動だ。
早くショウ達を追いかける必要があった。分散しての行動は、危険だ。
* * * * *