ペイン -4-
思わずアヤノが身を引くと、ユーリはすぐ不穏な色を引っ込めた。
「“ファントム”? そんな話しかしてなかったの? せっかく2人きりっていう時に雰囲気も何もない都市伝説の話だけ?」
「……」
「あぁごめんなさい、つい。そんな顔しないで。私はただアヤちゃんの心配してただけなんだからぁ」
「ショウとは、そういうんじゃないから」
なぜだかユーリはショウと自分を近づけたがる。けれど自分にその気は――ないかというとゼロではないかもしれないがほとんどゼロだ。あまり面白がられても困ってしまう。
「そうなのぉ?」
「本当だから」
「わかったわ。わかったからもう怒らないでちょうだい。やけに真剣な顔してたから、てっきり告白でもしに行ったかと思っただけじゃなぁい」
ユーリは小首をかしげて懲りもせず続けた。アヤノもさらに言い返そうとしたが、口に出す寸前で、やめた。ユーリの関心が脇へ逸れたようだったからだ。
「それにしても……アレが実在の人物、ねぇ。しかもショウ君の知り合いか。都市伝説にもタネはあるってところかしら」
独り言のようにぶつぶつとつぶやくので、アヤノも再び思い浮かべる。まだ顔の見えない“彼”のことを。
「タネなのかな。ここにいたの、しばらく前の話みたいだけど。本当にあの人が、都市伝説と関係あるかは――」
「え?」
ぱっと、ユーリがこちらを見る。アヤノも目を見開いた。
「え」
「アヤちゃん? あの人って、誰のこと?」
「……あ」
思わず声を漏らしてしまってから口をつぐむ。うっかりしていた。ユーリはアヤノが会った彼のことは知らないわけで。
「あ、って」
「……プレイヤーの方の、ファントムのこと」
「あなたも会ったことがあるみたいに聞こえたわ?」
「……」
「あるの?」
ショウに対しては口止めされた。が、他の皆にはどうだろう。まだ確認したことがない。
「あーやちゃーん。ひょっとして何か隠してるんじゃなぁいー?」
灰色の眼にじっと見据えられたところで諦めた。嘘は苦手だし、騙し通せるほど器用ではない。それでもなんとなく、まだ、言わない方がいいような気がしたので。
「ごめん……その話は、また今度に」
「あら、そう。いえもちろん構わないわよ。アヤちゃんが話したくなったときに、ね」
思いのほかあっさりとうなずいてくれたものの。続いてにっこりと笑った顔にはどうにも安心しきれないものがあった。まあいつものことだけれど。
「ありがと」
「代わりにさっきのことは許してちょうだいね。もうからかったりしないわ。だから、これからも仲良くしてね?」
「……ん」
――これってつまり、彼と会っているのは確実ってことよね――?
複雑そうな顔でうなずいたアヤノを見て、ユーリは内心でつぶやいた。
ファントムを名乗るプレイヤー。しかもショウとは旧知の仲。まず間違いなく“彼”のことだろう。
ショウへのアプローチはなかなかうまくいかないが、これはこれで興味深い情報だ。ショウに気をつけろ、と忠告をよこしたプレイヤー“ファントム”。彼は自分達に個別にコンタクトをとってきていたらしい。技術的な問題なのか、それとも何か意図があるのか。次に会った時にはその辺りを直接問いただしてやるべきだろうか。
とはいえ実のところ、細かいことはどうでもいいのだ。このまま邪魔が入らなければ。目的を果たすことが出来れば。
そう。このステージの終わりにやっと。
ずっとほしかったものを、手に入れることができる――
「ユーリ!!」
不意に聞こえたアヤノの声。意識がそちらへ向くよりも、衝撃が先に来た。
「……え?」
「逃げて! 早く!!」
聞こえてはいるが左脚に激痛が走って動くことができず、その場に膝をついてしまった。そこでやっと気配に気づく。背後に何かいる。
『魔法!:スピサ!!』
見慣れたものよりこぶりな火球が飛び、影がそれを追った。アヤノだ。さすが体力強化を次点で重視しているだけあってよく跳ぶ――などと思う間に天井を蹴ってユーリの背後へ。『がちん』と刃が岩を噛む音がした。
「大丈夫、ユーリ」
頭だけめぐらせふり返る。と同時にアヤノが曲刀をふり抜いた。
甲高い鳴き声を上げたのは、まっ黒なムカデだった。
「ユーリ、“グライアイ”! ショウ達を呼んで!!」
アヤノが叫んだ。ユーリはびくりと錫杖を上げた。
第8章2節 了