オラクル Ver. ヘラ -4-
ツルがしなり、うなる。通常のバトルフィールドの花なら2本だけだが、この花のツルは4本あった。
そもそもリーチが長いため、剣などの近接武器使用者には高難易度だと、ショウにさえ言わせる相手だ。オラクルエリアへ向かう道のりでも、出現のたびにアルが銃で片づけてきた。
一応の攻略は教わっている。飛び道具がない場合、無理に本体を狙うよりも、先にツルを落とした方が結果的に早いらしい。
アヤノは花から目を離さないようにしながらじりじりと移動を始めた。息を整え、「おちつけ」と自分に言い聞かせる。うかつに近づけば前にショウに助けられたときの二の舞だ。
とにかく“これ”も犬やカラスと同じモンスターで、動きのパターンはあるはずなのだ。それをなんとか見極めなければならない。――いや。
唐突にひらめいた。ツタを振り回す動きを、前から『動きが指揮者のようだ』と思っていた。音楽には少しなじみがある。同じ要領でタイミングをはかれないだろうか。
1歩うしろへ下がり、全体の動きを視界に収めた。正面に剣を構える。そしてひとさしゆびだけを小さく動かし始めた。
「上、落として、右、左……速さ……このくらい」
柄をきゅっと握り直し、アヤノは不意に飛び出した。狙うは1番手近のツル。大きく振り上げたその根本。
「そこ!!」
斬り払ってすぐにうしろへ飛び退いた。花は悲鳴のような音を発した。動きがにぶる。反射的にもう一度踏み込み、同じツルに刃を立てる。
ツルが落ちた。それを見てほっと息を吐いた。――瞬間。
急に花の動きが激しくなった。しまったと見張る目の前に2本のツル。1本目は剣を返してなんとかはじいた。しかし逆からもう1本。うしろへ下がろうにも間に合わない。
「……!」
アヤノはその場で身を伏せた。頭上を風が通りすぎた。ダメージは受けていない。ただ、その体勢から動けなくなってしまった。すぐ近くで断続的にツルのしなる気配は続いている。
「手助けは必要かな?」
離れた場所からの声に目だけを上げる。犬はもういなかった。向こう側の建物の壁にもたれかかって、ショウがこちらを見ている。アヤノは叫んだ。
「いらない!」
「そう?」
「自分でやる……これくらい!」
敷石に伏せたまま、そろそろと後退を試みる。距離をとって立て直す、それしかないはずだ。
ここそこの地面をたたくツルに何度も首をすくめながら。
自分でもいらつくほどの時間をかけてようやく、攻撃の届かないところまで退避することができた。
「おつかれさま」
ショウはいつの間にかこちら側へ移動してきていた。アヤノは唇を噛みながら起きあがる。
「まだ終わってない」
「うん。だけどそろそろ、少し手伝ってもいい?」
「いやだ!」
「アヤ」
ショウがすっと背後に回った。と思いきや、両肩に手を乗せてきた。アヤノはびくりと身を固くした。
「何、してんの、あんた――」
口にするより早く、今度はなぜか、身体をゆさゆさとゆすられる。
「力入りすぎ。リラックスリラックス」
「う、うるさいな」
「アヤは“強さ”にすごくこだわるよね。だけどいつもその調子じゃ疲れない?」
アヤノはとっさにショウの手を払いのけた。
「うるさいってば……ほっといてよ」
「ねえ」
ショウが真横に並んできた。横目にちらりと見上げると、青い目は暴れる花のツルを追っている。しかしよく見れば、緊張感こそあるものの、その表情はどこか楽しげだった。
「戦闘中。悪い癖があるみたいだよね。そこを重点的に直すといいと思うよ……もう自分でも気づいてるかもしれないけど」
今度はどんななぐさめがくるかと身構えていたので、予想外のショウのセリフに、アヤノは一瞬反応できなかった。少ししてやっと言葉の意味をのみこむ。それから思考をまとめるためにひとつ深呼吸をした。
「……攻撃成功、敵に勝利。その直後に集中力が切れる」
「そういうこと」
「どうしたらいい」
「慣れるよ。続けていれば、いずれ」
「いずれって、いつ」
「さあ?」
「さあって」
「いつになるかはわからないよ。だけど続けてくれれば手伝える。――君がいやになって、戦うのをやめてしまわない限りはね」
「……!」
ショウの言いたいことはわかった、気がした。なんと答えたものか迷い、アヤノは口をつぐんだ。
と、そこで。突然ぐしゃぐしゃと頭をなでられた。
「ここは“楽しむ”ために創られた世界だ。そんなこわい顔してるようじゃ、もったいないよ、アヤ」
アヤノはしばし黙っていた。それからゆっくりと剣を持たない方の腕を上げる。
頭の上にある手の甲をつまんだ。それを、思いきりねじり上げた。
「あ、ちょ」
「気安くさわるな!」
「ごめん、ごめんって。許してよ」
ショウが笑いながら離れていく。それを見て、アヤノはまた花に向かう。剣を構え直し、わざと、思いきり顔をしかめた。
「もういい……手伝いたいなら好きにすれば!?」
「そう? じゃあそうさせてもらおうかな。――おっと、あまりのんびりしてられないみたいだよ。アルがどうやら絶好調だ。敵の残数がどんどん減ってる」
「あ!」
姿が見えないせいでアルのことなど忘れかけていた。
唐突に身体が熱くなる。こんなところでもたもたしている場合ではない。
負けたくない。
「今度こそ……っ!」
ツルのタイミングを見計らって、迷うことなく、力いっぱいジャンプした。
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