オラクル Ver. ヘスティア -7-
突然呼ばれることにはアヤノももう驚かなかった。が、それでも首をかしげたのは、ファントムのカタチがひどく不鮮明だったからだ。しかも前は顔だけだったのに、今回は全身にピントが合わない。まるでショウの言うところの“ゴースト”だ。
ともあれ、たよりなく揺らぎながらも彼はあっけらかんと口を開いた。
『また会えた、ね……ただちょっ……“場”の形成にしっぱ……し……』
言葉もまた雑音を含んで聞こえづらくなっていく。なんとか近づいてよく聞こうとするけれど、なぜだか距離は詰まらない。
「わからない、なんて?」
『ひとつだけ……君たち……いう……“モザイク”……』
「モザイク?」
『気を……けて……セーフ…………に…………』
「セーフ? って、セーフティエリ」
突然の強烈なフラッシュが視界を奪う。次に目を開いた時には、アヤノは神殿に、ヘスティアの前にいた。他のメンバーを見てもこちらを気にしている様子はない。前回と違いそれほど時間は経っていないようだった。
ただ、ユーリが若干上の空のようにも見えたけれど。きっと気のせいだろう。
それにしてもファントムはあそこで何を言いたかったのか。“セーフティエリア”と“モザイク”の2単語だけなんとなくわかったが、それらがどう繋がるのか。というか本当に繋がるとしたら、もしかしなくても大変なことになるのでは――
『ありがとう。わたくしの憂いは除かれました。
約束の通り報賞を差し上げましょう』
ヘスティアのやわらかな声がした。思い悩んでいる間にもイベントは進行する。アヤノはひとつ息を吐き、取得アイテムの確認にかかった。
まずは“鍵”。第8ステージを開く鍵に嵌っている石は淡い桃色だ。そして“紋章”。今回の完全クリア報酬は、どうやらスミレを象ったもののようだった。
「菫の紋章は、使用中に体力ゲージを自動回復してくれるよ。アイテムが切れた時の最終手段だね」
「マジでか! いいなそれ!」
「……そういえば」
アヤノはふと口を開く。これまでにせっかく獲った紋章だがあまり活用しておらず、直近のものに至っては効果すら聞いていないことに気がついたのだ。
「第5と第6の紋章って、どんな」
「ああそうだった。そのふたつは完全に補助的なものだから、説明は後でいいかなと思って、つい」
ショウは自分の画面を出し、まだ使用したことのない“紋章”を順に指さした。
「第5ステージの紋章“フラムリア”は攻撃力の一時上昇。第6ステージの“スフェンダミ”は体力の一時上昇、だね」
「スフェンダミ……この模様、モミジ?」
「カエデだったと思うよ。“フラムリア”はトネリコのこと」
「ほぉんと、細かいとこまでなんでもよく覚えてるわよねぇ」
と、これは素直に感心した様子でユーリがつぶやいた。アヤノが同意してうなずくと、心なしか嬉しそうに、ショウが肩をすくめた。
「簡単な説明くらいは、いつでもできるようにしておかないとだから」
「私的には第8ステージの紋章が楽しみなのよねぇ。効力が“魔法ゲージの回復”、でしょ?」
「さすがユーリは自分の利益になりそうなことに抜け目がないね」
「っふふ、褒めてくれてありがと」
「……なるほど。“薔薇”の紋章か」
不穏に笑い合うユーリとショウはさておき、ダンテも次の紋章に興味を引かれたようだった。術士のダンテや召還士のユーリのように、魔力を多く消費するプレイヤーにとってはかなり役に立つはずだ。
が――
「そうはいっても戦士のオレ達にゃあんま関係……いや、モザイクとやり合うことになりゃそーでもないのか」
ちょうどアヤノも考えかけたことをアルが口に出してくれた。と同時に不安がよぎる。ただ、たとえばショウに相談するとして、どう切り出したものか。
説明は“ファントム”のことも含めてする必要があるが、それをしてしまっていいのだろうか。ファントムはショウを警戒している。アヤノはそれ以上にショウを信頼しているけれど、話してしまった後は? それが原因でファントムが協力してくれないようになったら、それはそれで大丈夫だろうか?
その辺りはまだもう少し検討しなければ。――考えなければ。こうなると、出来るだけ早く。
「アヤ? 帰るよ?」
ショウが手招いた。アヤノはうなずいて後に従う。
その横にさりげなくユーリが並んできた。そうしてあからさまに下心のある笑顔でささやきかけてくる。
「あれからショウ君とはどうなの、アヤちゃん」
「……特に何も」
「でしょうねぇ見るからに何もしてないものね。奥手なのはかわいいけど、態度なり言葉に出さなきゃ何も伝わんないわよ?」
探りを入れてくる灰色から、アヤノはふいと目をそらす。ユーリもそれほどしつこくせずにすぐ離れていった。静かに考えたかったから、それはありがたいと思った。
しかし。
「あれ――なんで」
セーフティエリアに着くなり、ショウが戸惑いの声を漏らした。アヤノも自分の目を疑った。
静かに考えごとをしたいとは確かに思ったけれど。
まさか、戻ってきたセーフティエリアが無人になっているなどとは、予想だにしていなかった。
第7章 了