メモリ -3-
「俺のか」
「君は向こうのことを『覚えてる』だろう? そういう人の話を聞いて思い出せることもあるかなって。もちろんダメならかまわないけど」
提案して窺うと、ダンテは比較的あっさりとうなずいた。自ら本名を明かしてくれた彼のこと、断らないだろうという目算はあったわけだが。
ならばと、ダンテは改まるように居住まいを正す。つられてそショウの背筋も伸びた。こういうときはもっと気軽に座れる場所があるといいな、などと余計なことがふと頭をよぎる。
「そうだな。――まずは改めて名乗る。神谷淳だ。身分は学生。両親と姉がいる。集合住宅なので動物は飼えない。他に、何か聞きたいことはあるか」
当たり障りない部分だけ口にして他のメンバーを見るダンテに、アルが目を見開く。
「学生っつーと大学か? 勉強熱心なんだな」
「そうだろうか」
「アル、勉強嫌い?」
「アヤも好きだってのかよ!?」
「嫌いじゃない」
「てことは、アヤノもまだ学校に通ってる年齢なのかな」
叔父からある程度の情報は得ているが、まだアヤノ自身からその手の話を聞いていない。ものは試しと掘り下げにかかる。
「学校は行ってた。たぶん」
「どんな科目が好きだったのかな。国語、英語、数学――」
「おんがく」
予想外にすんなりと答えが返った。ショウだけでなく、アルとダンテも大きく身を乗り出した。
「音楽? そう言った?」
「え? うん好き。ピアノ、やってた、し……?」
「それは今思い出したのか」
「マジで!? 音楽!? 鑑賞とか眠くなるだけじゃねーか!」
――アルは違う方面で驚いているようだった。アヤノがぱちぱちと瞬く。
「おかしい?」
「そんなことはないよ。アルが苦手ってだけでしょ」
「あと……社会も。わりと好き、かも」
「うげぇ」
「アルちゃんは座学全般キライってイメージあるわよねぇ」
「ああ、それは僕も思った。体育とか技術なら好きそうなイメージ」
「間違っちゃいねーよちくしょー」
「歴史なんかは僕も好きだったけど。ダンテは? 学生なら専攻とか」
「経済だ」
「あんたも大概だな!」
「ユーリ、君はどうなの」
「んー。特に好き嫌いとか考えたこと――」
言いかけて、ユーリは頭痛がするような表情で眉根を寄せた。しかしすぐに気怠げなため息をつく。
「そう、ねぇ、強いて挙げるなら古文とかかしらね」
「ユーリ、渋い」
「へえ……そうなんだ」
ショウは目を細める。狙った以上のいい目が出てくれたようだ。この調子で皆の他の記憶も蘇ってくれるといいのだが。
他の科目名もいろいろと飛び交う中で、不意に、ダンテが一歩うしろへ下がった。
「すまない。そろそろ時間だ」
「ああ、引き留めてごめん。おつかれさま。――ありがとう」
「いや……」
ダンテの姿がほどけて消えた。その間もアヤノ達はまだ盛り上がっている。ユーリまでがそこに混ざって。邪魔をするのも悪いので、しばらくの間、温かく見守ることにした。
* * * * *
自分にも、まだやれることがあったようだ。
柄にもなく口元をほころばせながらヘッドセットをはずす。こうも浮ついた気分を味わうのは久方ぶりだった。というより、忘れていたように思う。通常は――リアルの世界では、あんな風に他人を手助けしようとしても邪魔者扱いされるだけだ。逆にこちらが非難を受けることさえあった。
感謝されたいわけではないが、やはり見返りがあると嬉しいものだ。
だから。
可能な限り長く、彼らと共に。
半ば無自覚に抱いた願いだった。
その思いを映すように、ヘッドセットのランプが瞬いた。
そして無意識の中に『声』を聞く。
――ダンテ、
――君もまた誇るべき仲間だ。
――だけどこのままじゃ……君も……――
第7章3節 了