表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天来夢想  作者: 四畳半
8/10

第7章「力は破壊する為のものではなく護るべきものの為に」

 司令部がダメージを受けたからか警報があちこちから鳴り始めた。

 それに伴って僕たちの前に現れる兵士たちの数も多くなる。

 僕達は彼らをちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返して勘を頼りに進んでいく。因みに本当にちぎっている訳ではない。

「鋼はここの構造良く知らないのか?」

「姫様と私が住んでいるのは地球で言う皇居のような場所ですよ。対してここは軍の要塞のようなもの。殆ど知りませんよ」

 言われてみれば確かにそうだ。

「でも本当に馬鹿みたいに広いな。通路も迷路みたいに複雑だし……」

 僕達はこうして走っているが一向に景色は変わらない。

 どこまでも仄暗い通路とシンプルな自動ドアとガラス窓が続いていくのみだ。

 もしかしたら同じ道を何度も行き来しているのかもしれない。

「それはありませんね。私の目はどんなに小さな違いも見落とさないので」

 ほら、あそこに小さな綿ゴミが、と鋼が隅を指差す。

 そう言われてもさっきまでどうだったかなんていちいち見ていない。

 まぁ鋼が言う事なんだしそういう事なのだろう。

 という事はちゃんと進んでいるようだ。

「でも安心してください。そろそろ完全に耳が復旧するので」

「まだ続けてたのか」

 しかし走りながら指先だけを使って繊細な作業をするってとんでもないな。

「取り敢えず姫様の反応が捉えられればそれで十分です。クーデターの首謀者である氷輪が消えた今、軍がどんな行動を取るかわかったものではありません」

「急がないとヤバイな」

 そうして鋼は兎耳を掴み、引っ張ったり折ったりしている。

「一体なにやってるの?」

「ちょっとメンテナンスを」

 鋼は握っている兎耳を伸ばしてピン、と立たせた。

 そうして彼女は目を瞑る。

「あっ反応がありました。こちらの方からです」

「ホント!?」

 すると鋼は身体の向きを変え、右に曲がる。

 僕も彼女の後ろを走って付いて行く。

 鋼の動きには一切の迷いがない。

「音波を出して物体に当て、その反射時間から大体の構造を把握しましたので。姫様は何故だかあちこち動いていますがおそらく10分後には保護できるかと」

「よし、急ごう」

 僕たちの足が一段と早くなる。

 しかし突然前から兵士が3人こちらにやってきた。

 彼らは僕達の存在に気付くと機関銃をこちらに向けて少しの躊躇いもなく弾を発射する。

「うお!」

 僕はなんとか引き金が引かれる前に身体を捻ってその攻撃を回避した。

 物騒だなこいつら。

 対する鋼は顔色一つ変えずにバスターを彼らに向かってぶっ放す。

 うぁああ、という悲鳴が聞こえた。

「なぁに、出力は一番低いものにしました。彼らには装備もありますし生きていますよ」

 彼らは全身から煙を漂わせ伸びていた。

 完全に意識は飛んでいるようだ。

 しかし僕は念には念を入れて爪先でつついてみる。

「大丈夫か……」

「早く先に行きますよ」

 催促する鋼の後ろを僕は付いて行く。

 やはりいたるところから怒号が聞こえる。

 そろそろ氷輪が倒された事も伝わっているかもしれない。

 僕は不安に溜息を吐いた。

「ここを曲がるとちょうど姫様とバッタリ出くわします。しかし近くに複数の反応がありますね、注意してください」

「わかった。今度は絶対にミスしないぞ……」

 1度深く呼吸する。

 そうして僕はゆっくりと壁から顔を出した。

「ぶほっ!」

「きゃっ!」

 しかしそれと同時に僕の顔面は何かと衝突した。

 衝撃を受けた僕は構えをとっていない上に不意打ちだったので簡単に背中から倒れる。

 硬い床がとても痛かった。

「痛たた……何が起きたんだ?」

 僕はゆっくりと顔を上げて前を見る。

 そこには見覚えのある人物が立っていた。

「……神月夜?」

「そうおっしゃる貴方様はさっきの御恩人」

 まさかこうも簡単に見つかるとは思わなかった。

 鋼の耳の探知性能はかなり良いようだ。

「神月夜様、早くここから逃げますよ」

 鋼は心なしか安心したような顔で尻餅を着いている神月夜に手を差し伸べる。

「あら鋼。貴女もここに居たのですね」

 神月夜は出された手を握り、ゆっくりと立ち上がる。

 如何にも高そうな着物を着ている彼女の身体に傷は見受けられない。

 僕は安堵の溜息を吐いた。

 全身から力が抜けそうになる。

 しかしすぐに敵がこちらに近づいているのを思い出した。

 このままここに居てはまた同じ事の繰り返しだ。

「2人共、はやくここから動こう。また面倒な事になるぞ」

「そうでした。注意しないといけませんね」

「しかし最初にそう言ったのは私なのですが」

 彼女たちは危機感という言葉を知っているのだろうか。

 とはいえそれを早く行動に移さなければならない。

 僕は2人の手を掴んで通路を走る。

「30メートル後方から10人程こちらにやって来ていますね」

 僕はちらりと後ろを見る。

 確かに遠くの曲がり角から黒づくめの集団が走ってこちらに向かっているのがわかった。

 それを見て僕は舌を打つ。

「面倒だな……」

「できれば相手にしたくないですね。前からも反応がありますし挟み撃ちになったらたまったものではありません」

 それを聞いた僕は思考する。

 このまま逃げればいずれ攻撃は当たる。

 しかし後ろの相手をしていれば前から敵がこちらに到着する。

 どちらにしても嫌な展開だ。

「なぁ鋼、ここって何階だっけ?」

「4階ですね」

「じゃあこの下に敵の反応はある?」

「この階に集まっており殆ど見受けられません。しかし何故?」

 鋼が首を傾げる。

 僕は見ればわかるよ、と言って右手に影物質を生み出す。

 そして適度な大きさになったそれを僕は前方の通路の床に放った。

 するといとも容易く床には大きな穴が開く。

「そういう事だったのですね」

 神月夜が感心したように言う。

「これなら敵を無視して更に早く逃げられる」

 僕は3メートル程度の高さしかないそこを飛び降りる。

 鋼も神月夜をお姫さまだっこしながら綺麗に着地した。

 物音一つ立てないそれは見事と言えるだろう。

 僕は2人が立ち上がったのを確認して走り出す。

 上からざわめきの声が聞こえてきた。

 急がなければ。

 僕達は出せる限りの早さで通路を奥へ奥へと進んでいく。

「む。何かが猛スピードでこちらに向かってきています」

「何か?」

 僕は尋ねた。

「1つだけですが……かなり早いですね。やってくるのは……」

 すると鋼は眉をピクっと持ち上げる。

「このすぐ隣です」

 しかし僕はその言葉を聞く前に吹き飛ばされた。

 ぐるぐると回転しながら凄まじい力をもって僕は壁に叩き付けられる。

 肺の中にある空気が一気に吐き出された。

「ガハッ!」

 ぼやける意識をなんとか留め、僕は前を睨む。

 最初に見えたのは驚愕の表情を浮かべる鋼と何が起きたのかわからない、といった戸惑いの顔を浮かべる神月夜。

 そして最後に目に飛び込んできたのは先ほど倒した筈の氷輪の姿だった。

 しかし彼の姿はとんでもない変化を生じていた。

 服というより布切れ、と言った方が正しく感じる軍服。 

 そこから見えるのは肌ではなく銀色だった。

 それだけではない。

 彼の顔の半分は肌が吹き飛んでおり、そこから銀色の蓋骨じみた顔が露出していた。

 右目……否、カメラアイが爛爛と赤く光っている。

 彼は鬼のような形相でこちらを睨み、高みから見下ろす。

 僕は思わず顔を背けた。

 しかし彼は構わずこちらに向かってきて、倒れている僕の細い首を掴んだ。

 一切の容赦ない握力はギリギリと万力のように締め付ける。

 いや握り潰すという表現の方がしっくりくるかもしれない。

 声は少しも出ず、呼吸もできない。

 こめかみの周辺が鈍く熱くなっていくのがわかる。

 髄骨を折りかねないその力に僕は少しも抵抗できなかった。

 どうにか彼の手首を掴んで離そうとするが少しも離れない。

 意識がだんだんと遠のいていくのがわかる。

 しかしそれに伴って鼓動と焦りが加速していく。

「彼を離しなさい」

 しかし僕たちの間に鋼が突如割り込んでくる。

 彼女は先ほど氷輪が握っていたものとは少し違う光剣を握るとそれを彼の肘に向かって振り下ろす。

 が、彼はそれに気付くとすぐに左手で上着の中から光剣のグリップを抜いた。

 光と光が交差する。

 これに使われている粒子は互いに干渉し合わないのでアニメのようにビームのつばぜり合いにはならず、両者ともすり抜ける形になる。

 つまりどちらの攻撃が早く相手に届くかが重要。

 交差した光は止まらず、残像を残しながらそのまま両者に襲いかかり続ける。

 そうしてオレンジ色の火花が散った。

 神月夜が息を飲む音が耳に届いた。

 僕は思わず目を見開く。

 何かが地面に落下した。

 転がっているそれを見詰める。

 氷輪の嘲笑が聞こえた。

「そんな……」

 神月夜はどこか呆けたように言った。

 転がっている何かは鋼の手首だった。

 そうして何が起きたかわからない、と言った顔をしている鋼を氷輪は蹴り、吹き飛ばす。

 彼女の身体はたやすく持ち上がり、2メートル程空中を飛んでいると壁にぶつかってどさり、と地面に落下する。

「……ぐぅ、はぁッ……!」

 鋼がよろめきながら、歯を食いしばって立ち上がる。

 しかし今にも崩れてしまいそうな程危うい印象を受ける。

 彼女はそれでも構わずに残っている左手を変形させ、バスターの形状にした。

 氷輪は顔色一つ変えず、鋼のもとに近づいていく。

 僕は逃げろ、と叫ぼうとしたが声は出ない。

 鋼は氷輪に動じず、光弾を発射する。

 彼は襲い掛かる攻撃を避けようともしなかった。

 防御の構えも取らない。

 彼は本当に何もせず、ただその攻撃を受けた。

 氷輪の顔面で小さな爆発が起きる。

 それと同時に僕の首を握る手が緩んだ。

 引きずられている僕はその注意を見逃さず、すぐにそこから抜け出す。

 そうして転がるように床を這いずって彼のもとから逃げ出した。

 ぜえぜえと肩で息をする。

 なんとか生きながらえる事ができた。

 僕は血走っているであろう目を氷輪に向ける。

 煙が晴れて氷輪の顔が剥き出しになった。

「……痛いではないか」

 氷輪の顔に残っている肌は焼け焦げ、更に銀色の面積が大きくなっている。

 鼻と口元は完全に吹き飛び、そこから歯が剥き出しになっていた。

 表面に傷はついているものの大したダメージにはなっていないようだった。

「おかしいですね……最高出力のつもりだったのですが」

「俺の装甲がそれだけ堅いという事だ。先ほどの光剣は流石に危うかったがな」

 そうして彼は足元に落ちているグリップを鋼の手首ごと踏み潰した。

 バチッ、という音と青白い火花が瞬く。

「しかし貴方はヒューマノイドではなく人間だった筈。それが違うというのですか」

「貴様の言っている事は間違っていない。しかし模範解答とは言えないな」

 氷輪はやれやれと首を振る。

 まるで出来の悪い生徒を憂う教師のようだ。

 氷輪は逃げ出した僕には目もくれず、ただ目の前にいる鋼に近づいていく。

「良いか。確かに俺は人間だ」

 ならばどうして身体が機械になっているんだ、と僕は疑問に思う。

 それはここに居る氷輪以外の全員の疑問だろう。

「しかし完全ではない。それだけだ。元はそうだった、と言った方が正しいな」

「元?」

 神月夜が尋ねる。

 氷輪は首肯した。

「俺は先程も言ったが元々は五体満足完全不潔の人間だった。しかし今ではこの通り大半が機械化している」

 彼は顔に手を翳し、皮膚を掴むとそれをベリべりと剥がしていく。

 そうして現れたのは無骨でありながらどこか流麗でもある銀色の骸骨。

「俺は10年程前、軍に入った。当時はムーネニグマ内部で戦争が起きていたからな。そうして俺はその戦いを止めたいと思っていた」

 彼の言葉に神月夜が顔を俯ける。

 彼女にとっても何か思う事があるのだろう。

 その顔には後悔や悲哀が感じられる。

「何度も戦場に出て、殺し合う日々を送っていた。何人もこの手で殺したし、何人も仲間を殺された。摩耗するような毎日でそれでも俺はどうにかのし上がっていった」

 氷輪の顔は昔を懐かしんでいるようにも見える。

 しかし僕にはどうしてそんな穏やかな顔で語れるのかわからない。

 まるでそんな地獄のような世界がこの上ない幸せとでも言うかのように。

「しかし俺は無力だった。結局運によって生きながらえているだけだと痛感したんだ、5年前に」

 氷輪の顔が凍っていく。

 何かに怯えるように。

 何かを憎悪するように。

「ある戦闘で俺は死にかけた。最新兵器を使われたんだ。悪魔のような兵器だったなアレは」

 そうして彼は上着の下に着ている所々破れたワイシャツを掴んで開く。

 落下したボタンが床の上を転がった。

「わかるか? これ程の傷だ。殆ど死にかけの状態になった俺はすぐに治療を受けた」

 彼の胸も肩も肌が敗れて外装が見えている。

「しかし身体の半分以上が駄目になった俺が生き長らえるには再生治療か人工人体の移植しか残っていなかった」

 窓の外では巨大なスペースシップが飛行して、日光を遮り氷輪の顔に影が差していく。

「医者は前者を勧めたが俺は僅かに残っていた意識でそれを拒んだ。確かにおかしな話だと思うだろう。普通ならば再生治療によって元の身体を取り戻すのが良いに決まっている。しかし俺はそれを敢えて拒み、機械の肉体を手に入れた」

 その影は徐々に大きくなっていく。

「力が欲しかったんだよ。特別な力を持たない俺がもっと破壊をする為には肉体を捨てなければならない。兵器を扱うのは誰でも可能だ。しかしそれぞれの資質によってその武器の力が決定する。つまり人体に限界が存在する以上どれだけ強力な武器を持とうがどうにもならないという事だ」

 彼は上着を広げた。

 そこから出てくるのは無数の武器。

 銃やナイフ、手榴弾……様々なものが揃っている。

「最初は四肢を機械化した。次に臓器を、骨格を、という風に何度も繰り返しているうちに本来のパーツは脳と脊髄のみになった」

 CPUも脳に外付けされているがな、と彼は付け加え、頭を指で叩く。

「これによって手に入れたのは望んでいた力だ。全てをねじ伏せられる手段だ」

 彼はひょい、と身を屈めて足元にある折りたたみナイフを手に取った。30センチ程の長さだが、彼がスイッチを押すと折りたたまれた刃が立ち上がり、刃渡り1メートル程の長さとなる。

「まずは邪魔者2人を片付けてやろう。姫様はそこで見ているのがよろしい。貴女も彼らと同じ末路を間も無く辿るのだから」

 氷輪の握っている折りたたみ刀の刃が青白い光に包まれていく。

「光剣よりも消費エネルギーが少なく、しかし同等以上の破壊力を生み出す優れものだ」

 氷輪はそれを静かに構える。

「先ほどは崩壊に巻き込まれたが今度はそうはいかんぞ。ここで殺してやろう」

 その声には感情というものが少しも感じられない。

 彼はいますぐにでもそれを実行するだろう。

 対する鋼は武器と呼べるものが片手のバスターくらいしか存在せず、しかもその攻撃も殆ど相手には通用しない。

 このままではどうなるかなんて明白だ。

 僕はさっきまで呼吸ができなかったせいでぼやける頭をどうにかクリアにし、影物質を生み出す。

 しかしまだコンディションが不完全だからか影物質は思ったとおりの形にならない。

 が、構わず僕はそれを両手に纏わせる。

 ちょっとしたガントレットのつもりだ。

 勿論こんなものでは相手には大したダメージを与えられないだろう。

 だから僕はそのガントレットを更に巨大化させる。

 ちょっとした巨人の手ぐらいの大きさになった。

 完全に開けば人1人くらいは包めそうなサイズはあるだろう。

 この手は僕の手の動きに合わせて一緒に動くのでどんな動作も可能になる。

 これを利用して彼を握り、動けなくするという寸法だ。

 じり、と後退る鋼に氷輪が右手に握っている刀を持ち上げ、振り下ろそうとする。

 もうそうこうしていられなかった。

「うおおお!」

 僕はこちらに注意がくるように大声を上げて巨手を突き出す。

 こちらに気付いた氷輪がゆっくりと振り返った。

 よし、これで鋼は助かった。あとはこれで握って倒すのみ。

 僕はそう意気込んで彼に強襲した。

 襲い掛かる巨手に対し、氷輪の反応はさほどない。

 ただ握っている刀をこちらに向けただけ。

 そうして明確なアクションを起こしたのはその一瞬後。

 僕は唐突に風を感じた。

 それは氷輪が起こしたものだと気づくのに大した時間は必要なかった。

 あまりにも大きな振りは容易くこちらの突き出した手を防ぐ。

 それだけではない。

 一体どんな動かし方をしたのか影物質の手がいくつもの小さなブロックにわかれて崩壊したのだ。

 落下した黒いブロックはすぐに地面に染み込んで消えていく。

 僕はごくりと唾を飲んだ。

 あまりにも桁違い。

 反応速度もそうだが威力もとんでもない。

 影物質は影という概念をそのまま実体化したものだ。

 2次元を3次元に出現させたものと言っても良い。

 普通ならばかなりの強度を誇り、大抵の物理法則は耐え切れる事ができる。

 しかしあまりにも薄ければその掛かった衝撃によって壊れる事もある。

 が、これは壁並みに分厚いものだ。

 普通の攻撃ならまず壊れたりしない。

 しかし相性があまりにも悪かった。

 相手が使うのは光学兵器であり、影にはとても分が悪い。

 いつもなら防御を繰り返して相手に隙が生まれたところを攻撃を叩き込んで倒すのだが彼には隙が少しもない。

 ここから逃げ出そうにも相手はこちらを上回る速度で追ってくる。

 最早どうしようもない状態だった。

「どうすれば良いんだ……」

 思わずそんな弱音を吐く。

 こいつに勝つのは絶望的だった。

 彼の反応を上回る攻撃を出しても彼は更に早く反応してそれを迎撃するだけ。

 次元が違う、という程ではないが倒すのは簡単な事ではない。

 その耐久性の高さも問題だった。

 鋼の攻撃も涼しい顔で受け流すなど普通ならば有り得ない。

 しかし氷輪は実際にそれをやってのけたのだ。

「諦めるか? 確かに時には大事な事だ。俺はそれを否定したりはしない」

 だが、と彼は続けて

「それをすれば貴様はそこで終るだけだ」

 赤いカメラアイがこちらを捉えた。

 僕は息を飲む。

 一撃受ければ即死。

 防御も回避も不可能。

 どうする、と僕は考える。

 走馬灯のように記憶が映像となってめぐるめく流れていく。

 そういえば神月夜は一体どうやって逃げてきたんだっけ。

 確か……防御と回復。

 そうして更に僕は思い出す。

 初めて神月夜を発見した場所。

 あの自然公園には追っ手の無人兵器が3体彼女に攻撃していた。

 しかし神月夜はその攻撃に対しても無傷でどうにか逃げ続けていた。

 ならば。

 彼女には氷輪の攻撃も防げるかもしれない。

 情けない話だがもう人頼みするしか無かった。

「神月夜! 相手の攻撃を妨害してくれないか」

 僕は背後でおどおどしている彼女に尋ねる。

「い、一応耐久度では彼の武器でも貫けないと思いますが……でも今まで何度も使ったせいでもう1度使えるかどうか……攻撃がくるかと思って何度も無駄遣いしていしまいましたし……」

「いや、それで十分なんだ。1度だけで良いから氷輪の攻撃を防いで欲しい。後は僕がどうにかする」

「でも本当にいいんですか……?」

「安心してくれ。これは約束する」

 そうして僕はすぐに氷輪に向き直った。

 もうウズウジ迷っていられない。

「大丈夫ですよね? 片手の私が言えませんが」

 無表情な鋼がこちらに走り寄ってきて尋ねる。

 ああ、2人とも信用がないな。

 なら相手を倒して僕の信頼を確固たるものにしなければならない。

 ここでやらなければもう終わるしかないんだ。

 なら盛大に抵抗してやろうじゃないか。

「来い……!」

 僕は氷輪に向かって叫ぶ。

 おおよそ表情というものが作れないであろう彼の顔が心なしか獰猛に笑ったように見えた。

 彼は僕の言葉を聞いて静かに刀を構える。

 僕は2人を信じてやる事をやるだけだ。

 これからやる事は下手すると自滅かもしれないが最早これしか残っていない。

 だからこそ僕は迷わずその手段を手に取る。

 氷輪は改革に犠牲は付き物だと言ったがまさにその通りだと思う。

 しかし僕が被害を被る事によってあの脅威が取り除かれるのなら安い買い物だ。

「行くぞ……!」

 氷輪が身を屈める。

 僕たちもそれとほぼ同時に構えの体勢をとった。

 そして一瞬だけ音も動きも何もかも消えて。

 どん、と氷輪が床にクレーターを生み出して一瞬で僕の目前にまでやってくる。

 彼は目にも止まらぬ速度で握っていた刀をこちらに振りかざす。

 しかし僕は目を瞑らない。

「防御……しました!」

 神月夜が叫ぶ。

 僕の目前では見えない層が展開されていて彼の刃は僕の顔のほんの数センチ程度離れた場所で止まっている。

 氷輪が小さく舌打ちする。

 だがこのバリアも長くは持たないだろう。

 今にも刃に当たっている部分はヒビが走り、壊れそうになっている。

 もう時間が無い。

 僕はすぐにそれを実行に移した。

 右手に意識を集中させる。

「出ろ……『天満月あまみつき』!

 満月の名を冠する刀を僕は召喚する。

 右手が眩い青白い光を放ち、銀色の刃が出現した。

 しかしそれと同時に凄まじい熱と痛み。

 血管が気味悪く浮かび上がり、どくんどくんと大きく脈打っている。

 僅かに表情を歪めるものの構わず僕は天満月の柄を握る。

 銀色の刃からは無尽蔵に影物質が溢れ出し、のたうちまわっている。

 それは僕の周囲を暴れまわり、小さいながらも深いクレーターをいくつも生み出していた。

「それは……!」

 氷輪が焦りの声を放つ。

 僕は冷汗を浮かべながらもにやりと笑う。

 熱と痛みで悲鳴をあげる右手の血管が遂に破裂し、赤い血が床にぶち撒けられる。

 しかし僕はそれでも刀を握り続けた。

 ヒビは大きくなっていく。

 もう止めようがないほどにまで大きくなっていく。

 彼の顔には苦渋のようなものが見えた。

 しかしその攻撃はもう中止のしようがない。

 一気に力を出してしまった以上戻る事はできない。

 つまりもう手のうちようがない。

 破壊力の高さ故の失敗だ。

「――これで決めてやる」

 僕は静かに血塗れの右手を前に突き出した。

 そうしてバリアが崩壊する。

 それと同時にスタミナ切れになった神月夜が倒れる音が耳に届いた。

 僕の顔に刀が近付いてくる。

 不思議とそれはとてもゆっくりに見えた。

 僕はそれを何も言わず天満月で受け止める。

 こんな腕ならば容易く弾かれてしまうだろう。

 しかし今の天満月は魔力過多で暴走状態に入っている。

 普通ならば有り得ない程のとんでもない量の影物質が無尽蔵に激流となって溢れ出している。

 その破壊力は計り知れない。

 故に振り下ろされた刃は軽く触れただけで粉々に砕け散った。

「……ッ!」

 氷輪が息を呑む音が聞こえた。

 僕はそのまま刀を彼の鳩尾にブチ込む。

 烈々なる威力をもったその攻撃はなにをせずとも彼の身体を何メートルも吹き飛ばす。

 氷輪は地面に叩きつけられたあとも地面を何度もバウンドし、回転しながら壁にぶつかりようやく停止した。

 その腹部には大きな穴がぽっかりと空いており、中どころかその向こうの壁まで丸見えだった。

「……倒せましたね」

 ピクリとも動かない氷輪に対し、鋼がどこか自信の無い声で言った。

 僕は全身の力が抜けて握っていた天満月を落す。

 床に落ちた刀は崩壊し、光となって僕の右手に集まり中に染み込んでいく。

 右手を見ると肌がところどころ破れている。

 前回程ではないが今回も中々大きな傷になってしまった。

 しかし放っておけば妖怪の性質によってすぐに治るだろう。

 僕達はゆっくりと氷輪に近づいていく。

 完全に倒したとは思う油断はできない。

 そうして遂に彼の目前にまでやってきた。

「……まさかこの俺がやられるなんてな……」

 しかし氷輪は生きていた。

 が、その声には先ほどの威勢が少しも感じられない。

 間も無く彼は生命を停止させるだろう。

 機械になってもそれは変わらない。

「クーデターを止めさせてくれ。こんな馬鹿馬鹿しい事はうんざりなんだよ僕達は」

「今更止めた所で何になる? ここまでやってしまった以上もう後戻りはできないぞ」

「まだ地球はおそらく何も知らない。お前たちがここで止まれば今までのように友好的な関係を結べる」

「いや、始まっているんだよ」

 僕はここまで来てそんな事を言う彼に疑問を持つ。

 領土問題が残っているものの彼らが手を引けば今までの問題は彼らだけのものになり、地球側は何もしなくて良い。

 しかし彼は何故こうもしつこく否定したがるのか。

「貴様達も気付いているだろう。月に建造された巨大光学兵器の存在を」

 氷輪の言葉を聞いた僕はこれまでのことを思い返す。

『――でかい砲台ですか……それは建造途中の『レヴォリア』という光学兵器ですね。我々の敵が新たに現れた際に対抗する為の手段だとかで氷輪ひょうりんという大佐の男が用意させたものですよ』

 スペースシップに乗っている際、僕は巨大な砲台を見た。

 鋼がそれに対して言った言葉だが、彼が言っている光学兵器というのはこの『レヴォリア』の事だろうか。

「俺はあれを敵に対する迎撃兵器だと言ったがあれは建前だ。本音は地球に存在する邪魔になるであろう国家を消す為に用意させたものだ」

 彼の言葉に僕たちが凍り付く。

「気づかなかったか? この施設のコアが早く回転している事に」

 僕は司令部に行く前に確かにそれを見た。

 やはりあれが普通なのではなく異常だったらしい。

 ならばもう時間は無いのではないか?

「発射まで残り30分ってところか。まぁせいぜい足掻け。負け惜しみだろうが俺は俺の野望を実現したまでだ」

 そうして彼は今度こそ完全に沈黙した。

 僕はすぐに近くの窓から外を覗く。

 そこから見えたのは地球の方に巨大な砲口を向ける『レヴォリア』。

 砲台の中央にはゆっくりと回転しているコアが見えた。

 残り30分。

 地球の存亡が懸かっている問題が不意に起きてしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ