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天来夢想  作者: 四畳半
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第6章「張り巡らされた死線を掻い潜るには」

 僕達はどこまでも続く回廊を走っていた。

 後方には兵士が屍のようにあちこち転がっている。

 僕が防御担当で鋼が攻撃担当。

 コンビネーションは完璧だろう。

 しかしここにやってきてから30分程経過したものの手がかりは見付からない。

「神月夜はどこに居るのやら……」

「何人か尋問してみましたが誰も知らないようですね。もしかしたら処刑は秘密裏に行われるのかもしれません」

「でもそれじゃあ反対派が暴れるんじゃ?」

「何人か姫様の影武者は存在しています。それに姫様の境遇ゆえにそのお姿を実際に見ている人の数はそんなにありません」

 彼らもこちらの動向には気付いている筈だ。

 そして目的もわかっていない訳がない。

 こちらの危険性も実際に知った事であるし、もしかしたら猶予は少ないかもしれなかった。

「追い詰めすぎるのは危険ですね。できるだけ目立たないように動きながら神月夜様を探しましょう」

「それが良いな。余裕が無いとなにをするかわからないし」

 僕はふと横に目を向ける。

 通路はガラス張りとなっていて外の風景が一望できる。

 とはいってもここから見えるのは軍の施設の内部でしかないので風情もなにもあったものではない。

 こうして見るとやはり大きい事がわかる。

 ここから窓の向こうに見える壁まで10キロメートルとかありそうだ。

 そしてその広大な空間にあるのは無骨な印象を与える兵器の製造工場だ。

 ど真ん中に聳え立つ巨大な円筒からいくつも生えた細長い枝のような場所に人型兵器がいくつも横たわっているのが小さいながらも見てとれた。

 円筒に挟まれた歯車はぐるぐると回転していて、見ていると目が痛くなる。

「なぁ鋼、あのでかい円筒は何なんだ?」

「それは施設の電源にもなっている半永久機関のコアですね。質量をエネルギー変換しているんです」

 ちょうど巳肇の能力がそんなのだったな。彼女自身がそれを使った場面なんて全然見ないけど。

「へぇ。かなり重要なんだな」

「ずっとまったりと動いていますよ。あれがフルで動いている場面なんて1度も見たことがありません」

「まったりか?」

 僕は改めて円筒を見たが、すぐに目を逸らす。

 僕にとってはかなり早く見えるのだが、鋼にとってはスローペースらしい。

 しかし鋼は何か細かい作業をしているようで他の場所には目を向けていない。

「で、何やっているんだ?」

「耳の修理をちょっと。応急処置程度ですが電波を拾えばどうにか使えそうですね」

「早く直れば良いけど」

「間も無く使えるようになりますよ」

 そうこうしているうちに通路の終わりが見えてきた。

 仄暗い通路とは違ってそこは真っ暗だ。

 しかし目を凝らすと人工の光がぽつぽつ見える。

 何かのモニタらしい。

「ここから先は司令室ですね。首謀者が居るとすればここ以外には思い付きません」

「ここにラスボスが居るのか……」

「注意してください。何が起きるかわかったものではありません」

 鋼の言葉に僕は気を引き締める。

 普通ならばシャッターなりトラップなりで動けなくなりそうなものだが鋼が既にその機能をハッキングによって潰していた。

 いつの間に、とそれを説明されたときは驚いたものだが彼女は宇宙人製のロボなのできっと朝飯前なのだろう、と自分で納得させた。

 こんなことをいちいち気にしていたらやっていけない。

 僕達はサイレンの響く通路を出て司令室に入った。

 そして襲って来るであろう攻撃に身構える。

「――やはり邪魔は来たか。こちらが手加減してやっただけはあるな」

 声が聞こえた。

 僕達はそちらに顔を向ける。

 司令部の中央にある何段にも重なったフロアの一番上。

 大モニターの前に誰かが立っていた。

 シルエットとなっていてよく見えないがなんとなく僕はこいつが首謀者か、と理解した。

「寧ろ温すぎますよ。氷輪大佐」

 いつものように憮然とした態度で鋼は男にそう言い放った。

 どうやらあの男が氷輪らしい。

 声や体格から判断してみるに20代後半から30代前半くらいだろうか。

「フ。変革は必要だ。そして変革に犠牲は付き物。それも理解しないか」

「誰かを傷つけてでも必要な変革だとでも言うのですか」

「無論だ。姫様は平和を謳うだけで現実を知らないようだからな。身をもって現実を理解させようとしただけだ」

「愚かですね」

「愚かなのはそちらではないかな」

 2人とも互の話を取り合おうとしなかった。

 やれやれと氷輪が首を横に振る。

 交渉の余地がないと判断したらしい。

「これ以上は時間の無駄だ。さっさとネズミは駆除して姫様の処刑を執行させてもらおう」

 彼はパチン、と指を弾く。

 すると司令室の空気が一瞬で変わった。

 何かがくる。

 僕は危険を察知したと同時に影物質の壁を展開した。

 そして発生したのは弾丸の土砂降り。

 モニタの光を反射して鈍く煌めく雨粒はいくつあるのだろうか。

 とにかく無数だ。

 圧倒的物量の攻撃は凄まじく、壁をゆっくりと削っていく。

 僕は感覚を鋭くし、司令室の中がどうなっているのか調べる。

「100人近く居るな……全然気づかなかったぞ」

「全員ヒューマノイドですね。命令がくだされるまでスリープモードだったようです」

 背中に壁が近くて助かった。もしも真ん中とかに立っていたら今頃蜂の巣だっただろう。

 不幸中の幸いだろうがこれではやはり動けない。

 もしかしたら一番の弱点はこのような物量による止めどない攻撃かもしれない。

「ここはもう1枚手前に壁を作って奥の壁を武器にするしかないか」

「では彼らの攻撃が止んだ時私が彼に畳み掛けます」

「よし、頼んだ」

 僕は考えを実行する。

 まずは2枚目の壁を生み出す。

 そして1枚目を分解する。

 更にそれを氷輪達目掛けてパーツ毎に撃ち出す。

「これでどうだ?」

 凄まじい威力を内包して放たれた弾は司令部を滅茶苦茶に破壊していく。

 それに伴い、陰に隠れてこちらを攻撃していたロボ達も吹き飛んだ。

 のっぺらぼうでシンプルな外見の彼らが空中に舞っているのがシュールに映る。

 そしてロボ達は硬い床に叩きつけられ、手足を投げ出したまま沈黙した。

「低コストの大量生産品はやはり脆いな」

 瓦礫の上に立つ氷輪は一体どんな真似をしたのか傷一つなかった。

 ナイフのごとき鋭利さを秘めた目がこちらを射抜く。

 威圧感がこちらの肌を静電気のように刺激する。

 今までの奴らと桁違いに強いであろうという事を嫌でも理解した。

 氷輪は瓦礫の山から飛び降りると一番下の層に着地し、足元にあったロボの首を踏み潰す。

 べこっという音が響き、頭がひしゃげる。

「醜い真似を」

 鋼は侮蔑に顔を歪める。

「壊れた人形に価値はない。それは君にも言える事だ」

「ふざけるなよ」

 僕は壁から身体を出し、氷輪に言い返す。

「ほう」

 対する彼はこちらに興味深げな目を向けた。

「コイツが壊れた人形だと? アンタよりは正常で人間らしいよ」

 自分でもそうしてこんなに怒っているのかわからない。

 ほんの最近会ったばかりで大した時間過ごしていない相手がちょっと馬鹿にされただけでこんなにもキレている自分に戸惑う。

 だけど彼の言葉はそれだけ度し難いものだった。

「どうして貴方がそんなに怒っているのですか?」

 寧ろ当の本人が平気な顔をしている。

「友達が侮辱されたからだよ」

 僕は即答した。

 それに対して鋼は不思議そうに首を傾げる。

「ふん、馴れ合いはそろそろやめてもらおうか」

 パンパンと氷輪が手を叩く。

 うざったい男子かお前は。

 僕はうんざりとした顔を再度彼に向ける。

「まさかこちらの攻撃があれだけで終わりだったと思っていないだろうな」

「まさか。そちらの攻撃があれだけで終わりだったと思っていないよ」

 僕は肩を竦めてみせる。

 しかしそれでも目だけは彼を睨み付けていた。

 こちらとあちらの距離はおおよそ20メートル。

 この長さを埋めるのには一瞬で十分だろう。

 おそらくそれは彼にとっても同じだと思う。

「戦いというのはなにも物量が全てという訳ではない」

 氷輪は静かに告げる。

「索敵、戦術、機動、攻撃、防御、得物、能力、技術どんなものでも使い方次第で大きな力になる。それを一番効率的に扱う事で一番の被害を相手に与えるのだ」

 彼は告げながら腰に差している拳銃を握る。

「私には手段がそれこそいくつも存在している。そして手段によって生まれる破壊というのは野蛮ながら一番シンプルな結果だ」

 銀色の拳銃が僕と鋼に向けられたと同時、銃口が光る。

 そこから発射されるのは糸のように細い光。

 僕はそれが生まれる寸前に壁に身を隠していた。

 正に間一髪。

 しかし安堵も束の間、再び危機が襲い掛かる。

 すぐ横から何かが焦げているような異臭を感じ取った僕はそちらに顔を向ける。

「ぅおっ!?」

 僕の目に飛び込んできたのは細い光線だった。

 それはピン、と張った糸のように途切れる事なく放射され続けている。

 影物質すら貫くその威力は脅威としか言えない。

 僕と鋼は慌ててその場から距離を取る。

 細い光線はやすやすと司令室の壁を切断していく。

 このままではこちらが狙われる。

 僕は壁物質の塊を氷輪に向けて投げ放った。

 するとそれに気付いた彼は放射を一端中止して弾を回避する。

 その隙を見計らって僕は彼のもとに駆け出す。

 そしてすぐさま手に刀を作って握った。

 彼我の距離はおおよそ20メートルだがそんな距離は大した意味を為さない。

 能力開放時ならば一瞬で詰めることができるからだ。

「おらっ!」

 彼の懐に忍び込んだ僕は刀を横薙に振るった。

 確かな手応えを感じて僕はにやりと笑みを浮かべる。

「素人め。力を振るうだけでは何もできないぞ」

 しかし目の前に立つ男は言う。

 その声にダメージは感じられない。

 僕は握っている刀を見る。

 彼に命中したと思われたそれは寸前の所で指先で止められていた。

「な!?」

「所詮はこの程度だ。磨けば素晴らしくはなりそうだがその前にお前は死ぬ」

 そうして彼は刃を掴んだまま僕に銃口を向けた。

 この距離だと今更動いても遅い。

 僕は背筋が凍ったのを実感する。

「懺悔はできたか?」

「上。見ていますか?」

 引き金が引かれる間近、上から鋼が僕と氷輪の間に割り込む。

 そして彼の握っている光線銃を掴むと思い切り握りつぶした。

 が、それに対しても氷輪は顔色一つ変えずに軽く身体を捻り、掴みかかってきた鋼の攻撃を躱す。

「威勢は良し。しかしまだまだだ」

 彼は煙のように揺ら揺らと動き、更なる彼女の追撃を避けた。

「ちょこまかと面倒な男ですね」

 ふてくされたように鋼が言う。

 僕は彼女が作ってくれた隙に乗じて氷輪から距離を取った。

「やれやれ。貴様のおかげで獲物が逃げてしまったぞ」

「その口を塞いでやります」

 鋼はそう言った途端に腕を一瞬で変形させて筒状にする。

 某横スクロールアクションゲームに登場する主人公である青いロボットを思い出した。

 一体どんな機構であんな風になるのか理解できないがきっと変態じみた技術がふんだんに使われているのだろう。

 彼女はその『鋼バスター』を氷輪の顔面に突き付けた。

「吹き飛んでください」

 鋼は一切の躊躇いなく発砲する。

 すると銃口から火が吹いた。

 氷輪の背後が爆発したように吹き飛び、粉塵のカーテンが生まれる。

「ちょ、やり過ぎだろ!?」

「これくらいやらないと彼は倒せませんよ」

 それに、と鋼は続ける。

「こんなもので彼はやられません」

 その瞬間粉塵から腕が突き出される。

 誰のものかと説明する必要などない。

 そしてその手には先ほどの光線銃が握られていた。

 どうやらもう一丁携帯していたらしい。

 僕達はその銃口を避ける。

 僅かに遅れて僕達の間に閃光が走った。

 ジリジリと焼けるような痛みを感じる。

 僕は地面を蹴ってその場から更に離れた。

 腕を見ると上着の裾が僅かに焦げていた。

「やはり小型なのは便利だが精度が悪いな。実弾ならば当たっていた」

「言い訳ですか? 大人気ないですね」

「自覚はあるさ。昔から負けず嫌いでね」

 そう言って彼は肩を竦めた。

 しかし攻撃は続く。

「どんだけエネルギーがあるんだあのチートじみた銃は?」

「照射ではなく弾丸のように発射すれば100発程度ですね」

「ご名答。しかし発射だと威力が低くてな。彼の不可思議物質を貫くにはこうするしかないのだよ」

 氷輪は光線を動かす。

 まるでこちらをいたぶるようにゆっくりとだ。

 僕はその動きを見極め、なんとか回避していく。

 掠めるだけで大火傷、当たれば人体切断だ。

 少しも気が抜けない。

「ほら、上から下りてくるぞ」

 僕は首を頭上に向ける。

 目に入ってきたのはいつの間にか移動していた光線だった。

 じゅうじゅうと音を立ててそれはギロチンのように近付いてくる。

「ぐっ……!」

 僕は慌てて横に転がり、それを避ける。

「まだまだ楽しませてくれよ。目的が成功してしまえばもうこんな場面には遭遇できんだろうからな」

 僕はゆっくりと立ち上がり、光線の方に目を向ける。

 先程まで僕が居た場所は赤い線が深く刻まれていた。

 いつまで逃げ続ければ良いんだ、とうんざりするが僕の考えには反して突然彼の握る銃から電子音が鳴り出す。

「喜べ。バッテリー切れだ」

 彼は少しも気にしていないように言うとその銃を後ろに投げ捨てる。

「気を付けてください。彼は全身に無数の武器が隠されていますから」

 氷輪の服装は若干装飾過多気味な白い軍服だ。

 身体のラインが出やすいあれに武器が隠せるとか考え難いが彼女が言うのならその通りなのだろう。

 僕は僅かに後ろに下がってこれから襲いかかるであろう未知の攻撃に準備する。

「飛び道具ばかり使うのも飽きてきたな。ここは十八番の近接を使わせてもらおう」

「近接……」

 鋼が呻くように呟く。

 しかしあんな攻撃が来るよりマシだ。

 リーチが限られる近接ならばこちらはその攻撃を避けながら遠距離から攻撃を叩き込めば良いだけ。

 何があるのかわからないが鋼は少し心配しすぎだと思う。

「成程。貴様は何も知らないようだな。こちらの繰り出す攻撃を見極められると思っているのか?」

 彼は言うと右手を袖に突っ込む。

 そして何かを掴み、それを抜き出す。

「これも光学兵器だが……果たしてついていけるか?」

 氷輪は握った円筒に付いたスイッチを押す。

 すると円筒の先から赤い光が伸びた。

 それは150センチ程の長さになると止まる。

「ライトセイ……」

「夜行氏、避けてください!」

 氷輪が僕の顔面目掛けて光剣を振り下ろした。

 僕はそれを間一髪のところで回避する。

 その切っ先は床に触れ、炎を発生させた。

「運が良いな。手を抜いたつもりは無かったが」

「生命の危機に対しては運が良いんだ。トラブルにはしょっちゅう巻き込まれるがな」

 僕は地面を蹴って彼から距離を取る。

 しかしそれに追従して氷輪は距離を開かせない。

 早さでは僅かにあちらの方が早かった。

 このままでは追い付かれる。

「首を狙うぞ」

 ご丁寧にも氷輪は攻撃箇所を宣言して光剣を振るう。

 首を動かしてなんとか避けるもののこれでは時間稼ぎにしかならない。

 彼は器用に手首を動かして再び光の刃を僕の頭上から振り下ろした。

「やば――っ!」

 重心がめちゃくちゃなこんな体勢ではこの攻撃を避けられない。

 彼の口端が僅かに持ち上がる。

「これで終わりか?」

「やらせませんて」

 鋼は氷輪の振り下ろした光剣のグリップ目掛けてバスターを発射した。

 すると光剣は弾けて彼の手を離れる。

 僕はまた彼女に助けられた。

「ありがとう、助かった!」

「だから油断しないでくださいと言ったでしょう」

 僕と彼女は氷輪から離れる。

 対する彼だがくるくると回転し、落下している光剣を躊躇なく掴み取った。

 神業とも呼べるような技術だった。

 一歩間違えば自分の腕が落ちかねないのになんという度胸だろうか。

「動きが止まっているぞ」

 再び彼は瞬時にこちらとの距離を詰める。

 感覚が通常の何倍までも鋭くなっている僕でさえ彼の動きを完璧に捉えきれていない。

 能力の類を使っているようには見えないが、一体どうなっているのだろうか。

 僕達は彼の光剣をなんとか勘と持ちうる限りの技量で回避していく。

 しかし何度も連続して繰り出される彼の攻撃に隙はなく、防戦一方の状態となる。

「くそっ……!」

 しびれを切らした僕は握っている影物質製の刀を半ばヤケクソに振るった。

 しかし切っ先は彼を掠めもしない。

 強い勢いによって影物質が刃から一塊離れ、司令室の天井に向かって飛んでいく。

 轟音が響き、瓦礫がパラパラと大量に降ってきた。

「怒りに任せた攻撃など無力だ。回避は容易い」

 そうして氷輪はこちらの腹部目掛けて光剣を突き出す。

 しかし僕は回避は無理だと判断し、影物質を展開する。

 これだけならば先ほどの光線と同じく簡単に貫かれる事だろう。

 僕がやるのは防御ではなく彼の攻撃の邪魔だ。

 つまり、鋼が先ほどやったように握っている光剣のグリップを弾く事。

 彼の手の骨が粉砕しそうだがそれは彼の自業自得って事で。

「フッ……!」

 氷輪が光剣を振り下ろす。

 僕は目の前にやってきた刃には目もくれず、ただ彼の握る柄を見詰めて影物質を発射する。

 残像を残す程の速度で動く黒い塊は一直線に光剣へと向かっていく。

 この至近距離ならば避けられない筈だ。

 すると氷輪の手の中で黒い爆発が起きる。

 まるで墨汁をぶちまけたように見えた。

「……今の攻撃は中々だったぞ」

「そりゃどうも」

 彼の手には破壊されてひしゃげた柄が握られていた。

 あんな状態だともう使えないだろう。

 氷輪は使い物にならなくなったそれを銃と同じく無造作に投げ捨てた。

 やはり道具に対する未練というのは少しも存在していないらしい。

「しかしまだまだ武器は残っているぞ」

 そう言うと彼は再び手品のごとく両手に光剣を握った。

 そして刃がヴン、という音を立てて発生する。

「やってもやってもキリがないじゃないか……」

「これが彼の厄介な所ですよ。能力の類に頼っていない、正真正銘のプロなんです」

 鋼の声は若干震えて聞こえた。

 2本となると単純に考えれば早さは2倍。

 重さがある普通の武器ならばそれ相応の使い方があるので断言はできないが重さは柄の分しかない光剣となると大した力がなくても素早い攻撃が何度も放てる。

 そしてあの光剣が粒子を並進させる事によって破壊力を生み出しているのならば互いの刃には干渉しない。

 つまりどんな無茶な動きでも可能になるという事だ。

「理解したか、この脅威を」

 彼は静かに光剣を構える。

 対する僕達も僅かに身を屈め、その攻撃を待ち構える。

 鼓動が早くなった。

「避けられるか」

 そして風が吹く。

 それは氷輪の動きによって発生したものだった。

 横と縦に、こちらを挟み込むようにして振るわれた攻撃を見切るのはほぼ不可能。

 対する僕は彼のがら空きの胴体に向けて影の剣の切っ先を突き出すしかない。

 しかしその攻撃は驚異的な速度である彼の反応によってたやすく防御される。

 凄まじい熱量をもった刃に刀が触れると同時に影物質は消失した。

 それに続いて彼は手首を大きく動かし、こちらの顔面向けて光剣を突き出した。

 しかしそれよりも早く鋼が対応し、彼の手目掛けてバスターを放つ。

 小さな爆発が起きた。

「うおっ!」

 僕は突然の爆風によってバランスを崩し、背中から倒れる。

 しかしこのままでは危険なのですぐに立ち上がり、前に目を凝らす。

 あんな攻撃を受けたのだから無傷で居られる訳がない。

「倒したか……?」

「いえまだですね」

 粉塵が徐々に晴れていき、そこからシルエットが浮かび上がる。

 僕は悔しさに歯噛みする。

「少年、何度も命拾いしているな。その人形に感謝しておくのが良い」

 一歩氷輪は踏み出した。

 所々軍服が汚れ、傷付いているものの大きな傷は見当たらない。

 攻撃を受けた腕でさえ少々汚れが他の場所より目立っているだけで大きな傷は見られなかった。

 一体どんな対応をすればあの攻撃から身を守れるのか。

「シンプルな答えだ――ただ相殺しただけ」

 氷輪は当たり前の事を至って普通に告げる。

 それができて当たり前だ、とでも言うかのように。

 しかし何より異常なのがその反応速度だ。

 ムーネニグマ人と地球人の身体的な差がどれだけかけ離れているのか知らないがあまりにも早すぎる。

 一紗もかなりのものだったが彼はそれ以上に感じる。

 根本から違うのかそれとも努力の賜物か。

 どちらにしろ只者ではない。

「戦闘とは相手を破壊する事だ。そして破壊の為には攻撃を当てなければならない。その攻撃を当てるためには詰まるところ早さが必要となる」

 その言葉を体現するのが正に彼だった。

「しかし貴様達の戦闘にはあまりにも無駄が多い。無駄は攻撃を鈍くし、己の身を滅ぼす事に繋がる」

 激しい戦闘によって炎が司令部を包んでいる。

 その赤い光に照らされた彼の顔はまるで能面のように映った。

 地獄のような世界で彼が生きてきた事をこちらに匂わせる。

「貴様は死にたいのか」

 そして氷輪は床を蹴る。

 僕はただ影物質を展開した。

 背後から無数に生まれる槍は意思を持つかのようにのたうち回りながらこちらに向かって飛んでくる氷輪に襲い掛かる。

 全方位からやってくる本気の攻撃を僕は放ったのだ。

 普通ならば避ける事も防御もできないだろう。

「まだまだだ」

 しかし彼は普通ではない。

 その全方位から強襲した攻撃も両手に握った光剣を全身を使って振るった事で容易く切断していく。

 1秒も掛からず解体された影物質は形を失って崩れる。

 しかし攻撃後に生まれる僅かな隙を付いて鋼がバスターを何発も打ち込む。

 が、やはりこの攻撃も彼は手首を使うことによって打ち消した。

 だがまだ終る事はできない。

 僕は諦めずに再度影物質を生み出し、今度は上と下から挟み込むようにして攻撃する。

 すると巨大な獣が大口を開けて氷輪を飲み込んだ。

「これなら……!」

 僅かな期待をもって様子を伺う。

 が、これも駄目だった。

 影物質の檻は一瞬で崩れる。

 そこから出現した氷輪は頭上と足元にそれぞれの光剣を突き出してそれを破壊したのだ。

「これで終わりか? つまらん」

「こちらを忘れてもらっては困ります……!」

 鋼が今度は腕から小さなミサイルを2発発射する。

 それに気付いた氷輪は瞬時に横に動き、それをやり過ごそうとした。

 しかしホーミング機能を持ったミサイルは執拗に氷輪を追い続ける。

「ほう。面倒な攻撃だ」

 しかし顔から余裕は消えない。

 寧ろ好戦的な笑みが薄く浮かんでいる。

 彼は回避は無理だと判断すると足元に転がっているロボの残骸を掴み、それを持ち上げる。

 なにをするかと思えば彼はそれを空高く投げた。

 するとミサイルは目標を氷輪から残骸に変えた。

 軌道が変わり、ミサイルは未だ上り続けている残骸に突っ込んでいった。

 そして次の瞬間に爆発が起きる。

 火の粉や残骸の欠片がぼろぼろと落下していくのを僕は茫然と見ていた。

「今度こそネタが切れたか」

 悠然と彼はこちらに歩いてくる。

 しかし僕は全く別の方を見ていた。

 すなわちそれは天井。

 更に言うなれば僕が傷つけ、鋼が偶然に更なるダメージを与えた一部分。

 指先で突けば容易く崩れてしまいそうなその部分。

「諦めろ。もうこれで貴様達は生命活動を停止する」

 死神がこちらに向かって嗤う。

 彼と僕の距離が残された寿命の長さだ。

 その距離はもう殆ど残されていない。

 僕はもうこれで最期だ、と半ばヤケクソ気味に影物質をその部分に向かってぶち込んだ。

「一体なにをして――」

 氷輪が眉を上げてそちらを見る。

 そして彼の顔に初めて驚愕が浮かんだ。

 こちらの思惑にようやく気付いたようだ。

「天井を崩壊させてこの司令部を押し潰すのですね!」

「そういう事だ、さっさと逃げるぞ!」

 僕は素早く鋼の腕を掴み、司令室の奥にある通路に向かって走り出す。

 背後から氷輪が走ってきたがやらせはしない。

 僕は彼の動きを妨害する為に影物質の壁を築き上げた。

 しかしこのままでは大した時間稼ぎにもならないだろう。

 氷輪はその握っている光剣で切り開きこちらに襲い掛かるに違いない。

 だから僕は更にもう一枚壁を追加する。

「一応チャージしておきましょう」

 鋼のバスターからキュインキュインという音が鳴り始める。

 見ると重厚に光る粒子が集まっていた。

 そして壁から光剣の切っ先が覗いた。

 僕達は司令部を出て、鋼が背後にチャージショットを放った。

 すると壁は木っ端微塵に爆砕した。

 それと同時に天井の崩壊が始まった。

 ドシン、ドシン、と巨人が歩くような揺れと轟音を感じる。

 そして一気に大きな部分が落下したのか一回り大きな揺れと轟音が響き、粉塵がぶわっと溢れ出す。

 僕達はただ黙ってその光景を見詰めていた。

 粉塵の向こうからは何も感じない。

 音がこの世界から消え去ってしまったかのように静寂に包まれていた。

「反応あるか?」

 僕は鋼に尋ねる。

「いいえ。特にそれらしいものは感じません」

「……そっか」

 足元を見ると何かが転がっているのがわかった。

 僕は屈んでそれを拾い上げる。

 それは氷輪が握っていた光剣のグリップだった。

 先端から刃が僅かに発生している。

 これを僕たちに向かって投げつけたのだろう。最期の抵抗だったらしい。

「……」

 僕は何も言わずそれを瓦礫によって塞がれた司令室の扉の前に置く。

 僕なりの戦士に対する弔いだった。

「それでは行きましょうか」

 鋼が身体の向きを変えて通路の奥に進んでいく。

 僕も彼女の背中を追った。

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