第5章「個人対集団の宇宙戦争」
「……ここまで来れば大丈夫か?」
後ろを見るがパトカーの赤い蛍光灯は見えなかった。
僕は安堵に溜息を吐いてようやくせわしなく動く足を止めた。
……まったくあの不良警官が乗っているとは思いもしなかった。
少しでも対応に遅れていたら捕まっていて今は取調室でおごりではないカツ丼を涙を流しながら食べているかブタ箱で希望の見えない未来に思いを馳せるばかりだったに違いない。
もしかしたら牢の隣に居る冤罪で捕まった強面だけど根は優しいおっさんとピッキングの腕前が異常に高い飄々とした青年と知略に秀でた謎のインテリクールガイと刑務所脱走のバトルアドベンチャーに出たかもしれないが生憎バトルもアドベンチャーもお腹一杯だったので捕まらなかったのは誠に僥倖といえるだろう。
しかし本当に顔を見られなかっただろうな、後日逮捕とか嫌だぞ。
多分大丈夫だと思うが少し心配だった。
でも事情聴取だけで起訴とかされるのか? と考えてみたがそのての知識はそんなにない僕にはわからなかった。
裁判所って司法だっけ? 立法だっけ? 思い出せない。
……まぁ心配しなくても良いや。
僕は気を取り直して周囲を見回す。
太陽は完全に沈んでしまい、辺は真っ暗だった。
コオロギやキリギリス、鈴虫の羽音やらが至る所から聞こえてくる。
まるで壮大なオーケストラのようにも聞こえなくはないが大変うるさい。
なんとなくコンクリートで舗装された地面に足を叩きつけてみたが鳴き声は一瞬だけ止まり、すぐに再開した。
もしかしたらそこそこ知能があるのかもしれない、これなら昆虫が人類の次に地球を支配するような時代がくるかもしれない。
僕はそんな妄想にぶるっと身を震わせた。
そういえばお腹が減ったのを今更ながら自覚した。
虫の侵略なんて下らない事を考えている場合ではない、さっさと帰ってそれなりに充実した事をして寝なければ。
テレビのハードディスクには撮り溜めた番組・主に深夜アニメが容量ギリギリまで入っていたのだった。
これではレンタルの憂き目に遭ってしまう、と僕は危機感を抱いてぽつりぽつりと明かりが増えていく住宅街を小走りで急ぐ。
「これはなんと奇遇な」
「む、この声は鋼」
「対する深刻そうな顔をして走っている黒ずくめは焔魂夜行氏」
僕は車の全然通らない交差点の横を見る。
そこには仏頂面というか無表情で眠そうな顔をした美少女ロボの鋼が居た。
反応から察するにどうやら偶然らしい。
「そういば探してるお姫様は見つかったのか? 神月夜様だったか」
僕は彼女にそう尋ねた。
しかし鋼はふるふると首を横に振る。
芳しい結果は得られなかったようだ。
「それらしい反応はあったのですがやはりレーダーの修理が完璧ではないのでなんとも」
鋼はピン、と兎耳を立てた。
やはり兎耳そのものなデザインだ。本当に製作者はトチ狂っているとしか思えない。なんて野蛮な事をするのだ。
僕は怒りを押さえて再度その耳を見る。
見た目からはそこまでダメージがあるようには見えないが実際の損傷は大きいようだ。
精密機械だしそれも仕方が無い事だろう。
寧ろどんな傷でも超科学技術によって人間のように治癒する鋼の身体の方が凄い。
「ここで立ち話っていうのもあれだしあそこにでも行かない?」
我ながらナンパかよ、と思った。
「確かにそれは良いですね。こちらもいつになったらこの人は私を座らせてくれるのか、と思っていました」
悪いな、と僕は言い返しながら歩き出す。
彼女もてくてくと後ろを付いて来た。
勿論喫茶店などではなく単なる椅子とテーブルと屋根だけが備え付けられた小さな休憩所だ。
近くには自動販売機が2機備え付けられている。
一方はメジャーなメーカーのものであり、バリエーションも豊か。
更に一方は名前など殆ど知られていないようなメーカーのものでバリエーションは少なめながら50円とか80円とかなり安く販売されている。
僕個人としては安いものを選びがちであるが果たしてどちらが人気なのか。
売り切れの表示が多いのはどちらかというと有名ではないメーカーの方だった。
そういえば鋼って飲み物とか飲めるのだろうか?
「何か飲む? おごるけど」
「奢っていただけるなら遠慮はしません。10本程戴けますか?」
「そんなに奢るか。10本も奢れる余裕も無いよ」
とはいえ飲むのに問題はないようだ。
僕はホットココアかコーンポタージュで悩んだが結局ホットココアを購入する。
「コーヒーではないのですか?」
「好きじゃないんだ。苦いじゃないか」
「ブラックコーヒーは中学生が好む飲料だと聞いたのですが」
「どこ情報だそれ」
多分俺カッケーな中学生は飲むのだろうが。
お子様の舌とか呼ばれても構わん。
どうして黒い苦汁をグビグビと飲まなければならないのか。
自販機から出てきた熱い缶2つを摘み、僕はそれを傍らに立つ鋼に渡した。
彼女は涼しい顔でプルタブを開け、缶に口を付ける。
「たんぱく質1g、脂質0,8g、糖質0,5g、ナトリウム0,7gという反応が出ました」
「……いるのかそんな機能?」
「いえ、勘なので」
「……本当にロボットなのか疑いたくなるよ」
僕はベンチに座ってココアを啜る。
うん、美味しい。
「そういえばモノも食べれるの?」
「生体型なので食物をエネルギーに変換する事も可能です」
勿論お花を摘む事になります、と鋼は言っていたがまさか隠語の方だろうか。
寧ろそこまでさらっと言うと逆にこっちが恥ずかしい。
僕は気まずさを紛らわせるように咳払いをした。
「わざとらしいですね」
鋼がこちらを見て言うがスルーする。
そういえば何か彼女に用があった気がする。
なんだっけな?
「どうしたのですか?」
「いや、何か君に用があった気がするんだけど……思い出せないんだよ」
「老化ですね。早死するかと思われます」
「恐ろしいことを言うな。んな訳あるか」
こんな若さでボケが始まるとか現代医学の敗北になりかねないぞ。
しかし実際こういう経験はなんどかあるので強気な発言もそうそうしていられない。
医療技術も進歩してそういった痴呆症の治療もそれなりに進歩したけれど怖いものは怖い。
若干17歳男子がアルツハイマーとか冗談ではないぞ。
「思い出せないなら大した事ではないのですよ。きっと」
「うん……まあ思い出したら言うよ」
「それが良いですね」
そうして2人でほぼ同時に缶を傾ける。
やはりこういう肌寒い季節だと温かい飲み物が美味い。
まるで身体に染みていくようだった。
「で、これからどうするのさ? 住む場所とかも必要なんじゃないの」
「いえ、一応ここに来る際に使用したプライベート用の小型スペースジェットがあるので問題ありません」
「まるでマンガみたいだな」
「これが庶民と金持ちの差です」
「その無表情がとんでもなく憎たらしいな」
とはいえそれについては問題ないようだった。
「しかしこれからと言われますとまだ考えてはいません。まずは離れ離れになってしまった神月夜様をどうにか見つけなければ」
「神月夜様といえば」
僕はようやくそこでさっきの事件を思い出した。
というかあんな大きな事をこんな短時間で忘れるって僕はもしかしたら本当に危ないのかもしれない。
ちょっと悲しくなったが今はそれどころではなかった。
「さっき多分月であろう人型兵器からの攻撃を受けたんだ」
「というのは?」
鋼の目つきが少しだけ鋭くなる。
「10メートルくらいの高さがある黒くてゴテゴテしたロボットなんだけど……女の子を3機でよってたかって狙ってたから武力介入してなんとか撃退した訳なんだけれど」
「ほう……あなたはそんな妄想を言ってこの私が信じるとでも思った訳なのですか。おめでたいおミソだと敢えて言いましょう」
「事実を言ったつもりなんだけど酷くない?」
涙目になった僕は思わず天を仰ぐ。
しかし見えるのは星の煌めく夜空ではなく、蜘蛛の巣が張った薄汚ない天井だった。よく見ると所々小さな穴が穿いている。
これは税金を使って至急直すべき事態だ。後で連絡でもしておこう。
僕はなんとか気を取り直して涙を拭う。
「それが事実だとするとそろそろ侵攻も近いのかもしれませんね。しかし説明された外見から判断するにそれはおそらくかなり旧型の安いものかと。本土では一般家庭が持つ事も不可能ではありません」
「恐ろしいなムーネニグマ。一家に一台巨大ロボか」
ちょっと胸が熱くなる。
「貴方の能力がどんなものかは知りませんがそれなりのものであれば破壊するのは不可能ではありません。しかし最新型となると地球の科学ではほぼ破壊は不可能かと」
そう言われるとちょっと残念だった。
しかし3対1なんだけど凄くないか?
そう訊くと鋼はそうですねーと棒読みで同意した。
なんだか凄い馬鹿にされた感じだ。
「しかし旧型とはいえ3機とは。そこまで彼らはこんな所に金を費やすのが嫌なようですね」
「舐めているに違いないな」
しかし彼らもオンボロ機体とはいえ戦闘兵器が僕みたいな子どもにやられたのは驚いているに違いない。
もう少し挑発しておけば良かったな、と今更ながら後悔した。
「しかし貴方、さっき女の子がなんとかと言っていたように聞こえたのですが」
「え? うん、そうだけど」
僕がそう答えると鋼はしばらく手を口に寄せて考え込む。
やはり彼女と人間との間にそこまで差はないように感じる。
それだけボディもAIも性能が良いという事だろう。
「やはりそんな人物は神月夜様しか思いつきませんね。彼らにとっても個人の地球人に攻撃する事にメリットはありませんし」
「え、やっぱり?」
あの時ちょっとその可能性について考えてみたけどスルーしちゃったよ。
僕が恐る恐るそう訊くと鋼は呆れたように溜息を吐いた。
「とんでもないドジをやらかしてしまったようですが神月夜様を助けていただいたのは感謝します」
「怒ってる?」
「キレてないですよ」
嘘だ、絶対怒ってるよ。
「とはいえすぐさっきと言う事はやはりまだここに居るのですね。ならばまた探さないと」
「でも大丈夫なのか? あまり強そうには見えなかったけど」
「現在の神月夜様はお体が弱いので。しかしそれなりの能力は持っていますよ。主に防御や回復などに分類されるものですが」
成程、道理であまり大きな怪我を負わずに居れた訳だ。
しかし巻き込まない為の気遣いとはいえあんなすぐに逃げなくても良いのに……。
「なにはともあれ首謀者をさっさと捕まえてクーデターなんてアホな事はやめさせなければ」
僕は彼女の言葉に頷いた。
鋼は持っていた空の缶を自販機のすぐ横に設置してあったゴミ箱に放り入れる。
綺麗な弧を描くというよりは真っ直ぐに突き出すという飛ばし方に近かった。
僕もそれを見て同じように試してみるがやはり上手くいかず缶は見当違いな方向に飛んでいく。
小心者な僕は勿論ポイ捨てなどできる訳がなく手前に落下した空き缶を拾い、それをゴミ箱に入れた。
「で、神月夜様はどちらに行かれたのですか?」
「ええと……確かあっちの方だったと思う」
僕は山の方に向けて指を差す。
ダムが近くにあってあまり人の住んでいないような地区だ。
ここからだとバスを使えば20分くらいだろうか。
勿論そんな場所に普段行くような人はそんなに居ないし、どうして廃線にならないのか、とすら思う。
噂によると全身ずぶ濡れの女がバス乗り場に立っているとかなんとか。
鋼はそちらの方に顔を向けると目を鋭く細める。
「それらしい人影は見えませんね……やはり障害物が多いと骨が折れます」
「ダメか……」
やはり直接探さなければならないか。
追われている身だしさっさと見付けないと、と僕は改めて思いその場所に向けて一歩を踏み出そうとした。
「あ、待ってください」
「うん?」
僕は鋼の制止に立ち止り、彼女に顔を向けた。
「今、あそこから何かが出てきます」
「どれどれ……」
僕は鋼の隣に立ち、山の方を見詰める。
暗くて良く分からないが確かに何かが蠢いているのがわかる。
近くの建物と比較するとかなり大きい。
直径100メートルとかあるのではないだろうか。
しかし暗色なので注意して見なければ周りに同化してまずわからない。
「よくわかったな」
「熱源反応があったので」
そんなSF作品でしか聞かないような単語をまさか本当に聞けるとは思いもしなかった。
僕は改めてその巨大物体を凝視する。
流線形の円盤で、非常にシンプルな外観だ。
側面にはムーネニグマ星の文字であろう何かがプリントされている。
型番だろうか。
「ステルス機能を使っていない……これも安いものですね。地球ではそれなりの価値になるでしょうが」
「それはそうとヤバくないか? 姫様捕まったんじゃないの?」
「しかし彼らもいきなり姫様を殺害などしないでしょう。ある程度リスクも付きまとうクーデターに反対する意見も決して少なくない筈です。いきなり姫様に何かすればそれを理由に反対派の声は大きくなり、後々面倒になるでしょうから」
言われてみれば確かにそうだな。そんな事をすれば良い訳はできないし、正当化も難しいだろう。
「あんな距離だと今から向かっても遅いだろうな……」
「ひとまず様子見ですね。救出は遅くなりますが」
なんかドライだな、と僕は思った。
やる気あるのだろうが、いかんせん無表情なので伝わりにくい。
「でも救出って言ってもどうやってそこに向かうんだ? 軌道エレベーターもスペースシップも使えない筈じゃ」
「なのでここに来る際私達が乗ってきたプライベートシップを使います」
「そういえばそんなのあったな」
「これが一般人と金持ちの差ですね」
「まだ言うか」
黒い円盤はゆっくりと上昇していく。
ここからの距離だとなんかしら音が聞こえそうなものだが少しもそれらしい音は聞こえない。
「反重力ですから」
「ステルスはないのにそんなトンデモ科学はあるのか。凄いな宇宙」
「科学者は頭のおかしい人が多いですから。実用的なものよりも一歩扱いを間違えればとんでもない事が起きるような発明が先に完成してしまうのですよ」
「たまったもんじゃないな」
マッドサイエンティストかよ。
「もうあんな所に入ってしまいましたね」
「姫様元気なら良いんだけど」
「なら行きましょう。これで月に行った姫様を現場で探す無駄が省けます」
と言うと鋼は指をパチン、と鳴らす。
かなりサマになっていてカッコいい。
対する僕はそんな器用な真似はできないのだが。
でも、本気モードならできるかもしれない。
「で、なんで指を鳴らしたんだ?」
「すぐにわかりますよ」
それは10秒程でここに現れた。
突然聞こえてきた大きな音に僕は驚き、その方を見る。
そこには軽自動車サイズのスペースジェットがこちらに向かって飛んでいた。
そして高度10メートルくらいの場所でホバリングをすると、ゆっくりと僕達の前に降りてきた。
コクピットを覗いてみたが中には誰も居ない。
オートでここまで来たようだ。
「こんなのどこにあったんだ?」
「神鳴山に」
「道理で最近大きな音が聞こえた訳だ」
それでは乗って下さい、という鋼の言葉に従って僕はプライベートスペースシップに搭乗する。
操縦席に座った鋼が助手席でもか構いませんよ、と言ったので僕はそこに座る。
予想とは違ってあまりゴチャゴチャとしていない。
「随分とシンプルなんだな。これなら僕でも動かせそうだけど」
「こちらの法律では16歳から免許が取れますよ」
「こっちだと2輪までだな」
これが文明水準の差か。
「それではさっさと行きましょう。準備は良いですか」
「いつでも良いよ」
「了解しました」
鋼はグリップを握り、フットペダルを踏む。
すると機体がゆっくりと上昇した。
エレベーターに乗っている感覚。
地球の重力というのを実感した。
「この推進力があれば30分くらいで月に到着しそうですね」
「随分と早いな」
地球がシャトルを作ったばかりの頃なんて10時間近く掛かったものだが。
「最近のものではワープとか普通にありますからね。これには生憎搭載されていませんが」
「それでも十分凄いよ」
僕は窓から外を覗く。
後方にもう地球の大気圏が見えた。
青い層が地球を包んでいるのがわかる。
あれがユーラシア大陸か。
僕は興奮に目を輝かせる。
「今から物騒な事が始まるというのに緊張感に欠けていないでしょうか?」
「わかってるよ……」
とはいえこんな経験滅多にないんだし良いじゃないか……
しかし宇宙空間も溜息が出る程綺麗だった。
至る所に星が見える。
生まれて初めてプラネタリウムを見た時を思い出した。
あの時感じた感動もすごかったけどこれはそれ以上かもしれない。
「見えてきましたよ。月が」
「あれが……やっぱりでかいな」
僕は前方に目を向ける。
そこにあるのは銀色の衛星だ。
黒い背景にぽっかりと浮かぶそれは仄かに青白く輝いている。
こんなに近づくと能力を解放せずとも力が漲ってくる。
デフォルトで戦闘態勢だ。
しかしパネルに表示されているレーダーに突然反応があった。
危険を知らせる電子音がけたたましく鳴る。
「前方から敵が4機飛んできましたね」
「4機って……大丈夫なのか!?」
「あまり攻撃兵器は搭載していないので苦しいでしょうね。しかし貴方を乗せている以上攻撃を受ける訳にはいきません」
そう言う鋼の横顔は頼もしかった。
月に作られたコロニーからSF映画に登場するような戦闘機が編隊を組んで飛んでくる。
『――そちらのプライベートシップ。それ以上こちらに近付くな。命令に違反した場合攻撃をする』
突然液晶パネルから声が聞こえた。
どうやらあの戦闘機に乗っている人が発している声らしい。
いかにもプロって感じの厳つい声だ。
こちらが思わず萎縮しそうになるが鋼は憮然とした態度で立ち向かう。
「裏切者が良く言いますね。こちらは堪忍袋の緒が切れているのですよ」
『この声と機体……まさか鋼か!』
「精々地獄でその愚行を後悔しなさい」
そう告げる鋼はこちらが身震いする程の恐ろしさがあった。
絶対に相手にしたくない。
「スイッチオン」
彼女はそんな事を言ってパネルにタッチする。
すると機体の中から何かが動くような音がした。
もしかして変形するのだろうか。
「変形ではなく兵器の展開です」
「でも大したものは無いんだろ? それなら普通にさっさと振り切った方が良くないか?」
「彼らには痛い目を見させなければ。なぁに殺したりはしません」
鋼はそれだけ言ってグリップのトリガーを引く。
すると細く、青白い光線が宇宙を奔った。
エフェクトなのかスピーカーからびゅうううん、というアニメみたいなビームの効果音が流れる。
光線は戦闘機の1機の腹に設置されている機関銃に命中し、爆発した。
しかし戦闘機は中破しただけに留まり、パイロットは生きている。
「チョロいものですね。訓練も経験も全然無い新米ですか?」
「……大した装備は無いんじゃなかったっけ?」
「こんなもの大した威力はありませんよ。ちょっと一時的に制限を解除しているだけで」
大した事あると思う。
『ぬぅう……総員攻撃開始だ!』
隊長らしきさっきの声の男がそう言い放った途端に無数のミサイルがこちら目掛けて飛んできた。
弾幕という言葉が相応しい。
「これ避けれるの!?」
「追尾でしょうから難しいですね。しかし撃ち落とすのは簡単ですよ」
鋼は今度はトリガーを長押しする。
するとさっきの細い光線とは違い、太い光線が発射された。
それはどちらかというとどこまでも伸びる光の柱に近い。
この小さな機体のどこにこんなエネルギーがあったのかわからない。
これがトンデモ科学の本気か。
すると光の柱に触れたミサイルは爆散し、それに伴って他のミサイルも誘爆した。
結果それがすべてのミサイルを破壊するに至る。
華麗だ。
でも制限を解除した上にこんな大技放てる程の余裕がこの機体にはあったようだ。
もしかしたら制限ってただこの兵器を使えないというだけではないのだろうか。
「こんな所で時間を掛けている暇はありません。さっさと突破します」
鋼はポチポチとパネルをタッチしていく。
するとロックオンが前の窓に幾つも表示された。
今更気づいたがこれ、超高解像度のモニタだったようだ。
「懺悔しなさい――!」
そして機体から無数の光線が発射される。
それは一機一機別々に命中し、あっさりと破壊してしまった。
しかし恐るべき精度によって調整されていたのかどれも兵器を破壊するだけに留まっている。
『これが……姫の守護者の実力か……』
声はノイズまじりでよく聞こえなかったがとても悔しがっているのはわかった。
そしてそれはすぐにブツンと途切れる。
回線が切断されたようだ。
「これで邪魔は消えました。増援が来ないうちに突入しましょう」
機体は更にスピードを上げて月に近付く。
テラフォーミングで開拓されたコロニーが隅々まで良く見える程の距離だ。
目を凝らすと今日僕と神月夜を襲ったロボ達や別の人型兵器がこちらに銃を向けているのがわかる。
鋼は華麗な操作で弾の雨を掻い潜り、月に突入していく。
そんな極限状況なのだがあまり現実感が沸かない僕は窓の外を眺めていた。
「ん?」
その時僕はある物に気付いた。
「どうしたのですか?」
鋼がこちらを見ずに尋ねてくる。
「いや、でかい砲台みたいなのが見えたから」
「でかい砲台ですか……それは建造途中の『レヴォリア』という光学兵器ですね。我々の敵が新たに現れた際に対抗する為の手段だとかで氷輪という大佐の男が用意させたものですよ」
「発言権が凄いんだな」
「ええ。若い男なのですが数々の功績から階級以上の権力は持っているかと思われます」
建造途中という事はまだ使えないらしい。
「それではそろそろ降りる準備をしてください」
僕は改めて前を見る。
スペースシップが幾つか沈黙しているドックが目の前にあった。
鋼は機体を恐るべき操縦技術によってドリフトみたいな動きをさせて止める。
慣性の力によって僕は前に倒れそうになった。
「早くシートベルトを解除して出てください。もう追っ手が見えますよ」
僕は彼女の言葉に従って慌ててシートから立ち上がる。
見てみる限り呼吸も重力も問題ないようだ。
扉が開くとけたたましい警報が鳴っているのが耳に届いた。
そしてシップを転がるように出るとそこには既に複数の兵士がこちらに向かって走ってきている。
全員黒づくめの無駄を省かれた装備だ。
フルフェイスのヘルメットに全身に装着されているにもかかわらず動きを阻害しないプロテクター。
腕には無骨な機関銃を携えている。
その光景はかつて僕が千鶴と共に巳肇を救出に行った際に現れた集団を思い出させた。
あの時もそれなりの苦労をしたが今回は彼らの装備とは桁外れの脅威があるであろう者達だ。
数は少ないが果たして勝てるだろうか。
兵士達はシップの陰に隠れる僕に向かって弾を発射する。
実弾もあるが多くは光学兵器だ。
地球ではバッテリーなどの問題から未だ固定砲台という扱いなのにあちらはハンドサイズときた。
光線は容易く障害物を貫いていく。
こんな魔力の塊といえるような場所では天満月は使えない。
しかしあれは本来こちらの力を調整する為のものなのでそこまで困るという訳ではなかった。
僕は影物質を出してなんとかその攻撃を防ぐ。
しかしこれではまともに動けない。
このままでは間も無く増援が来るだろう。
その前に早くここを動かなければならない。
「どうすれば良いんだ?」
取り敢えずこの状態だと埒があかないので僕は影物質の塊をいくつか生み出す。
それを見て動揺し、僅かな隙が生まれた彼らに向かって塊を発射する。
兵士たちは簡単に吹っ飛び、地面を転がった。
しかしあの装備のお陰か、よろめいているもののすぐに立ち上がり、こちらに再び銃を向ける。
「タフだな……!」
僕は慌てて再度影物質を展開する。
しかしそれよりも早くシップを出た鋼が驚異的なスピードで走ると地面を蹴って飛び上がり前方で銃を発砲しようと構えた兵士達に襲い掛かる。
目にも止まらぬ早さで繰り出される殴りや蹴りによってそこに居た兵士達はなす術なく倒れた。
「それでは付いて来て下さい」
「あ、うん」
僕は鋼の背中を慌てて追う。
どこまでも続く仄暗い無機質な空間は僕の不安を肥大化させていく。
ここまで来たのは良いが果たして神月夜を救い出し、クーデターを止める事はできるのか。
疾走しながら先の見えない事態に焦燥を感じた。