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天来夢想  作者: 四畳半
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第3章「日常で注意するべきものは事故ではなく腐れ縁の友人」

 次の日には学校があった。

 という訳で僕達は学校に行かなければならない。

 自宅でネット環境を使った授業みたいなのを実施した方が設備やらなにやらも安く済んで良いのに、と僕は思うのだがなんか色々小難しい理由があって結局それは実現していない。

 そんなものなのかね? 通信制とかあるのに。

 まぁそんなことを言っていても何も変わらない。

 僕達はただ決められた毎日を淡々とこなしていくだけなのだ。

 そんな俺カッケー中学生みたいな考えを浮かべつつ僕は3人と適当におしゃべりしつつ自然溢れる道を歩いていく。

 今年は稲が豊作で、一面に金色が広がっている。

 流石黄金の国ジパングと、マルコ・ポーロも絶賛したくらいはある。

 もっとも彼はこの風景を見てそう言った訳ではなく奥州平泉にある金色堂の話を聞いて後世に残したというだけなのだが。

 太陽の光に照らされている稲は眩い程に輝いている。

 ここで生産されているのはこしいぶきだったか。

 神社では専らこ米を使っているがとても美味しい。

 農家の方々と農の神には感謝します。

 そしてこの近くには果樹園も多く存在しており、様々な地方に出荷されている。

 林檎、梨、柿、葡萄……どれもこれも一級品だ。

 他には栗や薩摩芋や銀杏なども美味い。

 そういえば松茸は天光神社が建っている神鳴山にも生えているんだろうか。

 登山した時は見掛けなかったが探せば案外見付かるかもしれない。

 ……やってみるか。

 取り敢えず休日にでも阿形や吽形にでも手伝ってもらって。

 彼女達はかなり鼻が効くし、高級食材であるトリュフも鼻が効く豚を使って探せるらしいし。

 これでちょっとしたお小遣いになれば良い。

 僕は人知れずクズい笑みを浮かべた。

 しかしこの季節だとちょっと肌寒い。

 冬服だとちょっと暑く感じるだだろうがまだ衣替えには入っていない。

 なので全員まだ半袖のシャツとブラウスである。

 爽やかな風が寧ろ恨めしかった。

 そして僕達の頭上を飛び交うのは無数の赤とんぼ。

 澄み渡った空で彼らは繁殖活動に勤しんでいる。

 なんだろうこの居心地の悪さ。

 虫なのに。

 しかし独り悶々としていてもなんだかんだで歩いているのだから学校には到着する。

 グラウンドに立っている時計塔が示す時間は午前8時15分。

 ホームルームは30分からなので余裕だ。

 僕達は靴を履き替え、教室に向かう。

 扉を開けるとやはり今日も変わらない平和的な光景だ。

 僕達はそれぞれの席に着く。

 とはいっても偶然か必然か大体近くになるのだが。

 そしてなんだかんだで隣人も同じ。

 雅は今日もノートパソコンを持ってきてFXをやっていた。

 今はドル高円安なんだぜ、と嬉々として語る彼の笑顔は眩しい。

 しかしギャンブルなんて加護一杯持っている人が居たら不公平だとし様々なルールが厳密に設定されている。

 そんな訳で精霊の力を利用する事はできない為、純粋に偶然と確率の世界で賭博師達は争うのだ。

 しかし中にはめぼしい物は入手できないものの精霊やアイテムの加護OKというものもある。

 もっとも多くの人たちはそれを邪道だとして殆ど相手にしないのだが。

 対する僕はそんな自殺行為にしか思えないことには手を出さない。

 ゲーセンだって同じようなものだ。

 絶対に店側に儲けが出るようになってるからな。

 という訳で僕は今まで格闘ゲームなど以外にはそういった景品を入手する系のゲームは全然やった事がない。

 クレーンゲームとかもうなんのつもりだ。

 今まで取れた試しがない。

 うまくなれば良いじゃないか、という意見もあるだろうがそもそも上手くなるのに幾ら掛かるか、という話だ。

 2000円くらいのぬいぐるみの為に何万も使うなんて考えられない。

 なので賢明な僕はそんな行動を簡単には取らないのだった。

 しかしそんなことより僕にはちょっとした気がかりがあった。

 小さな溜息を吐いてそれを鞄から取り出して見詰めた。

 僕の手に摘まれているのは小さな棒だ。

 ちょうどタバコくらいのサイズ。

 質感は金属っぽい。

 重さはそんなに感じない。

 外観は黒光りしていて細いモールドが幾何学模様に掘られている。

 その模様の色は金色だ。

 謎の高級感を僕に与えてくる。

 高級アクセサリー店のショーウィンドウに100万円の値札と共にあっても信じてしまいそうだ。

 ただし絶対に買わない。

 ぶっちゃっけ使い道がわからないのだった。

 確かにチェーンでも紐でも通せばネックレスにもなりそうだしアクセサリーのようにも見えなくもないのだがかといってそれが正しいとは思えないのだ。

 まぁ世界には変わった装飾品なんて幾つもあるしあってもおかしくはないだろう。

 正直僕の観察眼が無いと言ってしまった方が正しいとさえ思う。

 この金属棒の正体はなんなのか。

 祀たちに尋ねてみたが皆わからないと首を傾げるばかりだった。

 無論、これは僕の物ではないのだった。

 そして道に落ちていたという訳でもない。

 ならばどこから手に入れたのか。

 それは僕の部屋だった。

 勿論こんなもの買った覚えは無い。

 という事は答えは1つだ。

 鋼が落としていった。

 それが問題なのだ。

 寧ろ誰もわからなかった場合は何の気兼ねなく交番にでも届けるのだがちょっとした知り合いが落としていったものとなると寧ろそのまま持っていた方が早く返せるのでは、と考えてしまうのだ。

 しかし問題は持ち主であろう鋼がどこかへ行ってしまった事。

 そして全然顔を見ていない事だ。

 こうなってくると今後いつ会えるのかはわからない。

 しかし諦めて交番とかに届けるのも後になって彼女がこちらに戻ってきた場合手間が掛かる。

 どうせならなんでもない物だったなら気が楽になるのだが明らかに重要なアイテムっぽい雰囲気をこれは醸し出して居たのだった。

 ちょうど金持ちが無意識に発生させている黄金のオーラみたいなものである。

 こんなものをおいそれと捨ててしまえばきっと僕の身には何か大きな災いが起きる事だろう。そんなのは絶対に嫌だ。前進におぞましいお経じみた文字が浮かんで血管が浮かび上がって全身から膨大な汗を流し、最期まで苦しみながら死ぬなどそれこそお断りだ。僕は死ぬときは安楽死が良いと決めている。そんな理由もあって僕はこれを鞄の中に入れていたのだった。

 まぁ彼女も人探しを暫くこの街で行うらしいしすぐに会える事だろう。

 もしかしたらそんなに心配するべきものではないのかもしれない。

 実際そんな事よりも今の問題は月のクーデターなのだから。

 明日にはもう人類滅亡の危機が訪れるかもしれないのだ。

 僕はまた溜息を吐く。

 全く規模がでかすぎて寧ろリアリティが沸かないよ。

「疲れた顔をしているように見えるけれどまた女の子と関わりを持ったのかな?」

「それだけでわかったのは凄いと思うよ」

 僕は雅の勘の鋭さに辟易とする。

 天邪鬼は嘘を吐くだけだと会うまでは思っていたが実際会う……いや遭ってみると中々面倒な奴だった。

 一見単純そうだがその実、飄々としていて掴み所がなく、実際に捕まえてみたら案外大した事がない。

 限りなく黒に近い詐欺まがいの事をして暗躍している男……と自称しているが実際どうなのだろうか。

 FXで最近大損したらしいが真偽は不明。

 コイツの場合は1度かなり良いところまでいくのだが調子に乗って続けていたら途端にがくんと減る、みたいな印象を抱く。

 もしかしたら雰囲気で知的に見せかけているが実際にはアホな奴なのかもしれない。

 というか多分そうだと思う。

「君には言われたくないな」

 どうやら人の考えを読めるらしい。

 彼の前では注意しよう。

「で、一体何があったのさ? 是非聞いてみたい」

「実は遂に筆下ろしを――」

「ははっ冗談はよせよ笑えないよ」

「ははっそうだね冗談にしてはつまらないよねだからそれをおろしてくれ」

 僕の顎を冷汗が伝った。

 雅はにこやかな表情こそ浮かべているもののその目には漆黒の意思が宿っていた。

 人を傷つける事を厭わない目。

 そこにはおぞましくもどこか美しさすらある。

 今まで数多くの人間を不幸に陥れた、そんな過去を覗かせる。

 彼の中に巣食う獣の目だ。

 そして彼が握っているものは何か。

 それを見た僕は恐怖で呼吸すらままならない。

 なんとそれは先を鋭く尖らせた鉛筆だった。

 成程鉛中毒で殺す気らしい。

 これならば傷がたとえ小さなものでも簡単に僕を殺める事ができるだろう。

 なんておそろしい男なんだ……

 こんなクラスメートが数多く跋扈しているこのクラス、いやこの学校は普通ではない。

 もしかしたら平和的に見えるのはうわべだけで裏では血で血を洗うような血なまぐさい闘争が繰り広げられているのかもしれない。

 それを知らなかったのは幸かそれとも不幸か。

 こうしている間にも誰かが血を流しているのかもしれなかった。

 そう考えるとどこからか鉄の臭いが漂っているようにも感じる。

 どうせ気のせいだろう。

「そうそう鉛筆には鉛は入っていないよ」

 雅が言うがだから何だという話だった。

 入っているか入っていないの問題ではなくるかられるかの問題だ。

 明らかに鉛筆は首に突き刺せば殺せる。

 コイツ僕の静脈に突き付けてるからな。

 無慈悲なる手際の良さだ。

 本気で暗殺部隊になれるのではないかと思う。

 しかしこいつの僕に対する行動原理のほぼ100%が身勝手な嫉妬なのだった。

 こちらはそんな羨ましい生活をしている訳ではないのにそんな気持ちを抱かれても困る。

 確かに傍から見れば羨ましいかもしれないが僕以外同世代の女子という事で結構肩身が狭い生活を強いられるという事だ。

 その「覚悟」が果たしてお前たちにあるのか、と僕は声を大にして言いたい。

 もっともそんな事をしたら僕は一瞬で亡き者にされるのでやらないけど。

 ここらの男子は外道で溢れているので油断ができない。

 サークルを結成しているとはいえ常に互いの背後をいかに取るか、という心理戦を常に繰り広げているような奴らなのでどれだけ人格が破綻しているかがおわかりいただけるだろう。

 だって影物質を出すしか能がなくて妖怪と人間のハーフという点以外ではごく普通の高校生とナルシスト気味の処女厨と少しばかり猪突猛進なDQNと若干アホっぽい詐欺師まがいである。

 この中では明らかに僕が一番まともだ。

 それ以外はまぁ……色々頑張ってくれ。

 これが普通故の苦労だろうか。

 基本的に根本での思考は僕を除いた3人は似通っているらしく、大抵何かトラブルが生じたときは僕が悪い感じになる。

 しかし責任を転嫁された時は流石に堪ったものではなかった。

 僕は3人にたった独りで宣戦布告をし、凄まじい戦いを繰り広げた。

 朧想街ほぼ全域を余すことなく使ったその戦争は熾烈を極めた、と覚えている。

 どこから攻撃が来るかわからない山、森林。

 少しも動けない沼地。

 体力をひたすら奪っていく砂丘。

 全く別のやり方を要求される河川や海。

 そこいらに落ちているものが全て凶器に変化する街。

 舞台はめぐるめく変わる。

 能力をフルに使ってもやはり3対1というのは辛かった。

 天邪鬼である雅の『あらゆる事象を逆にする能力』。

 ユニコーンであるアリストの『あらゆる穢れを祓う能力』。

 グリフォンであるカサスの『指定した空間を破壊されないようにする能力』。

 全員チートじみた能力ばかりだ。

 僕が如何にして彼らを倒したかについて説明すると長編小説が4作品くらい書けそうなボリュームになるので割愛するがそれだけ戦いは凄まじかったという事だ。

 僕の苦労も理解いただけた事だと思う。

 しかしこうして全員生きているということは素晴らしいことだろう。

 僕たちの褒められることは過去を引きずらない事だ。

 もっともそれが可能なのは僕がそれだけ我慢強いという事である。

 最近ストレスによってか抜け毛がひどいのが気になるところ。

 こんな若さでハゲるのは嫌すぎるが運命なのだとしたらそれを受け入れるしかない。

 しかしこれがストレスのせいだとしたら僕は彼らを斬るつもりだ。

 無情な世界に僕達は生きているのかもしれない。

 生半可な気持ちではあっさりと殺されてしまうような修羅の道はあまりにも厳しい。

 しかし僕はもうここまで来てしまったのだ。

 もう後戻りはできない。

 ……ええと、で、なんだっけ?

「何を一体そんなに疲れているのか、っていう話だよ」

 そういえばそうだったな。

「あぁ……じゃあ簡単に説明するよ」

 別に大した話じゃないしまぁ良い。

 時間もそこそこある事だし暇を潰すにはちょうど良いだろう。

 何か不安を感じる。

 これはなんだ。

 そうだ、マンガ買い忘れていた。

 急がなければ店から消えてしまう。

 コンビニに急ぐ途中爆発音が聞こえる。

 華麗にスルーした僕はマンガを買う。

 帰る途中にロボットが倒れている。

 僕はそのロボットを家に連れて行く。

 寝る。

 起きたらロボットは腕がなくてすぐに出ていった。

「わかった?」

「成程。意味がわからないよ」

「そう?」

 どうやら雅は僕以上にオツムが残念なようだ。

 やはり成績=頭の良さになるわけではないらしい。

 実際この通りなのだから意味がわからないと言われてもこっちが意味がわからない。

 そういえば後半をかなり掻い摘んだ気がするがわざわざ言うのも面倒なので黙っておく。

「いや待ってくれ。どうしてロボットなんかを家に連れて帰ろうという発想になるんだ? 君は酔っ払ったおっさんが路上で寝ていてもお持ち帰りするのかい?」

「そんな訳ないだろう」

 即答で否定する。

 僕は健全な少年だぞ。

 ホモもおっさんも求めていない。

「じゃあそのおっさんが可愛い女の子だったらどうするんだい?」

「持って帰るかな」

「じゃあそのロボットは少なくとも可愛い少女の姿をしていたという事か。許せないな」

 雅はそう言うとすぐさま指をパチンと弾く。

 すると即座にアリストとカサスが登場した。

「パーティーのはじまりだ」

「「応」」

 すると彼らは教室という小さな空間にもかかわらず瞬時に動き出す。

 何時の間にか鉛筆が彼らの両手には握られていた。

 くそ、このままでは丸腰の僕はたやすく殺されるに違いない。

 これを回避するにはどうすれば!

 僕は考えを巡らせる。

 そうしてコンマ数秒で出た結論は『うそをつく』だった。

 ええい構うものか。

 僕は涼しい顔をしてそれを実行する。

「待て、あれはそう……先行者の姿をしていた」

 僕は大人気ロボットアクションアニメ『勇者戦記・先行者』に登場する主人公機・先行者の姿を想像して嘘を吐いた。

 リアルな戦闘描写、深い人間ドラマ、キャラ・メカ共に魅力的なデザイン、斬新な設定、王道ながらも新鮮なストーリーなどアニメ界に新風を巻き起こし、文字通り、新たなブームの『先行者』となった。

 先行者は今から30年程前に一作目が放送してから現在まで次々に新作が発表されている。

 ストーリーは父親は任期満了目前の総理大臣、母親は知らない人が居ないほどの大女優という大金持ちの家で超絶イケメンで勉強も学年1位、運動も全国レベル、芸術においても個展を開き、入場者が数日で1万人を超えるなど素晴らしい才能を遺憾なく発揮し、寧ろ不得意なものがあるのか、とすら言われている性格においても心優しく平和を愛するパーフェクトな少年、『神代煌かみしろこう』が登校している場面から始まる。

 日本と仲が悪い中国は新型兵器を次々と投入しており、日本はなす術無かった。

 そして煌の住むエリア7にも中国の魔の手が!

 突然の襲撃を受けた煌はなんだかんだで日本軍が中国のデータを奪って秘密裏に開発した『先行者』の操縦マニュアルを入手する。

「凄い。司令が熱中する筈だ」

 それにしてもこの主人公、軍とも繋がりを持っているあたり謎である。

 そして主人公はまたしても運良く近くにあった『先行者』に乗り込み、その天才的センスを余すことなく発揮して操縦、中国の兵器をあっさりと撃破したのだった。

 漫画版ではボタンひとつで敵機2機を殴り倒しているがあれは最早ネタとして扱われている。

 しかし煌の元には新たな敵が次々と襲い掛かる!

 イギリス。

 韓国。

 北朝鮮。

 ロシア。

 アメリカ。

 果たして煌は生き残る事ができるのか。

 と、まぁこんな感じである。

 因みに主人公の乗る機体である先行者の外見というのも未だに賛否両論である。

 なぜかというと高い鼻とシンプルな丸いデュアルアイ、歯車やモーター、コードの類が丸見えな胴体、頼りない細い手足、股間についたキャノン砲などなどストレートに言うと超ダサいデザインをしているのだ。

 しかしこんなのでプラモデルは馬鹿みたいに売れているので需要というのはわからない。

 寧ろ続編の『ゼータ先行者』の時に主人公機のデザインを超スタイリッジュにしたところ、痛烈な批判が殺到したという。

 そんなこともあって先行者のデザインは常にダサく、というのがルールになっている。

「成程先行者なら仕方ないな」

 雅は納得し、残りの2人もつまらなそうな顔をして再びどこかへ消えた。

 ふぅ……なんとかなった。

 僕は額に浮かんだ冷汗を拭い、安堵の溜息を吐いた。

「確かに先行者は1度ハマると中々抜け出せない、独特の癖をもったデザインだからな。そんなのがあれば持って帰るのも仕方が無いか」

「そうそう超イカスよなアレ」

 僕は彼の言葉に同意し、頷いた。

 こうしておけば怪しまれる事はないだろう。

 まぁ雅も面倒な相手だが決して強力な奴、という訳ではない。

 僕でもちょっと気をつければ倒せるような奴だ。

 しかし僕が嘘というカードを使ってしまった場合、こちらはこれからそれを貫かなければならない。

 それがちょっとした心配だ。

 流石に僕といえどプロではない。

 ちょっとした嘘をこれからずっと貫けるような保障も自信もぶっちゃけ無いのだった。

 まぁなんとかなるだろう。

 それでも子どもじみた根拠のない自信を持つのが僕の生き方だった。

 そうだ、心配しすぎるのはいけない。

 寧ろそうしたいらん杞憂のせいで実現しそうだ。

 という訳で僕は適当に雅の言葉に相槌を打ちながら机にぐでーっと脱力する。

 なんだかどっと疲れた。

 毎日こんなことを続けていたら身が保たないっての。

 しかし雅達はそんな僕の気持ちも知らず好き勝手している。

 もしかしたらわざとなのか。

 こうやって僕の脱毛及びストレスによる遠まわしな殺害を目論んでいるのか。

 やはりこいつらは油断できないと僕は彼らの危険性を再確認した。

「そういえば先行者見せてくれないか?」

「へ?」

 僕は一瞬固まった。

 彼の言葉が理解できなかった。

 なんだって?

 先行者を見せろと言ったのかコイツは?

 無理に決まってるじゃん。

 だって先行者なんてそもそも拾ってないし、言った事は全部嘘だし。

 確かにロボットを拾ったのは事実だけれどそれが美少女ロボなんて言える訳がない。

 仮に言ってしまえば殺されるだろう。

 そう、このままでは危なかった。

 しかし鋼はもう何処かへ行ってしまった。

 そして彼女がどこに居るのかすらわかっていない状態。

 だからこそ僕には言い訳できる。

「あぁごめんよ。もうロボットは帰ったのさ」

 僕は正直に事実を伝えた。

 これで死角はない。

 おそらく今の僕の顔は自分でも腹が立つ程のドヤ顔だったに違いない。

 まさか事実を伝えるというのがここまでの爽快感を伴うものだったとは思いもしなかった。

 見ると雅はちょっと不機嫌そうな顔だ。

 そのジト目が寧ろ心地良い。

 もしも彼が麗しき乙女だったのならば僕は思わず抱きしめていた事だろう。

 もっともこんな野郎を抱き締めるなんて全力で断るが。

「ふぅん……なんだろうこの釈然としない感じと凄まじい苛立ちは」

 雅、それは気のせいだ。

 しかし顰め面の彼の顔は晴れない。

 おそらく外見以上に彼はキレているだろう。ははっとても愉快だね。

 まぁこれで問題は片付いた。

 あとはこの謎アイテムの処分をどうするか……

「ねぇ阿形ちゃん、先行者どうだった?」

「ふにゃ?」

 雅はいきなり後ろの席に居る阿形にそんなことを尋ねた。

 僕の背筋が凍る。

 なんて事をしてくれたんだコイツは。

 枕をわざわざ持ってきて爆睡していた阿形は鼻ちょうちんが割れて目覚める。

 アニメか。

 そして暫くぼーっとしているとやっと目の焦点が合った。

「先行者はダブルゼロの先駆者・エクシアが好きにゃ」

「いや、そうじゃなくてね。なんかコイツが神社に先駆者が来たとか言ったから是非それについて聞きたいなと思って」

 僕は雅の脇にさりげなく肘を叩き込み、黙らせようとしたが彼はびくともしなかった。

 前回の消化器を顔にぶち込んだ時といい小柄なのに反して耐久度が高いようだ。

 雅は不敵な笑みをこちらに見せる。

 どうやら価値を確信しているようだ。

 くそ、このままでは僕の身が危ない。

 僕は生存の為に彼を気絶させようと首に手刀を叩き込もうとしたがそれも容易く躱されてしまった。

 これは本気でヤバイぞ。

 阿形、何も言わないでくれぇええええ!

「先駆者は来てないけど鋼は来たにゃん」

「鋼だと……?」

 どうやら雅は鉄を主成分にした合金の方だと勘違いしているようだ。

 これで助かった、と僕は胸を撫で下ろす。

 まったくヒヤヒヤさせないで欲し――

「そうにゃ。可愛い娘だったにゃ」

「よし、重要な情報を手に入れた」

「「待っていたぞ」」

「畜生! 予想していたよ!」

 僕は慌てて席から立ち上がり、ひとまず教室を出た。

 僕を含めてこいつらは何度も担任の仙華に生徒指導室でこっぴどく叱られているしホームルーム開始と同時に席に着くようになった。

 そして今の時間は8時20分。

 残り10分だ。

 つまり僕は10分間彼らから逃げ続ければ良い。

 いつもなんだかんだで無傷でやり過ごす事ができたし今回も上手くいくだろう。

 僕は走りながらちらりと後ろを見る。

「攻撃を仕掛けるぞ」

「「了解」」

 雅の声に2人が応じた。

 何をやってくる、と身構えたが彼らの行動はいつもと違った。

 普通ならば格闘なりその場にあるものを使った攻撃をしてくるのだが今回はなんと能力を使いやがったのだ。

 学校など小さな空間では能力を使わないと暗黙の了解は僕達の中に存在していたがまさかそれを破るとは思いもしなかった。

 これは彼らも出し惜しみをしないという事か。

 ならばこちらも迎え打たせてもらう……!

 僕は右手から天満月を出現させる。

 停学になるかもしれないが知った事ではない。

 今やらなければ死ぬ。

 答えなんて簡単だった。

 雅の能力はあらゆる事象を逆転させる事だがそれは対象に直接触れなければ発動しない。

 そして僕の影物質は自由自在に動く。

 それを全て無かった事にできるのか。

 アリストはあらゆる穢れを祓う能力。

 つまり自分に対する攻撃は全て打ち消す。

 ただしそれにはフルで使うと約3分しか保たないという制約がある

 カサスの能力は自分の指定した空間は絶対に干渉できなくなる能力。

 しかしそれは設定した『中心点』の半径2メートルまで。そしてその空間は3つまでしか作れず、5分経過すると作った空間は消える。

 確かこんなだった筈だ。

 対する僕の能力は彼らに見劣りするとはいえほぼ無制限。

 要は僕がホームルーム開始まで耐えれば良い。

 別に難しくはない。

 僕は小さく息を吸う。

 彼らは一斉に襲いかかってきた。

 戦闘が始まる。

 


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