第2章「鉄の少女は嵐のように去りゆく」
神社に戻るとなにやら騒がしい。
言うなれば手品とか何かで色めき立っているような、そんな声だ。
一体何があったんだろうか。
僕は首を傾げる。
お客さんか誰かか?
とはいえ行ってみないとわからない。
気になった僕は声のする方へ向かった。
むむ、これは怪しい。
ちょっとだけ嫌な予感がする。
そこにあるのは僕の部屋。
ここまでいけばちょっと恐怖すら抱く。
何が起きているというのだ。
ますます気になる。
「……まさか」
ここで僕は思い出した。
そして肩が震えだす。
タンスの裏、襖の中、机の引き出し。
床下にも入れただろうか。
そこに隠された猥褻文書の数々を。
中にはディスクもある。
あれが見付かったら気まずい。
何がまずいって殆どがマニアックな奴だもん。
一体どこまで発見されたか知らないがこのままだと本当に危ないぞ。
くそ、やはり阿形と吽形の手によってなのか。
彼女たちの鼻は効く。
おそらくやろうと思えば造作はないだろう。
こうしている間にも僕の猥褻アイテムを手にとって開いてはニヤニヤしているに違いない。
うわあああそんなの嫌だ。
これを弱みに何をされるかなんてわかったものじゃない。
僕の思考が焦りと恐怖に侵食されていく。
正常な判断などしていられない。
これ以上被害を大きくさせる訳にいくか!
急がなければ……!
床を蹴る。
僕は小走りで部屋に急いだ。
心理的な何かなのかいつもよりも廊下が長く感じた。
いてもたってもいられなかった。
このままでは僕がダムに身を投げかねない。
そんな人生の最期は嫌すぎる。
扉が見えた。
僕は叫んだ。
「ちょっと待とうか皆――」
僕は勢い良く扉を開ける。
金具部分から火花が僅かに散ったのが見えた。
もしかしたら部品がいくつか飛んだかもしれない。
しかし今は扉よりもここで行われている悪事を止めるのが先だ。
そして部屋の状態が目に飛び込んできた。
僕ははっ、と息を飲む。
なんだこれは……。
それはある意味凄まじい光景であり、僕の頭にシュールレアリスムという単語を浮かばせた。
不思議、不可思議、不合理、怪異、奇異、奇怪、霊妙、奇妙、異様、珍奇、珍妙、けったい、きてれつ、不自然、異質。
僕の頭にいくつも単語が浮かぶ。
案外僕は語彙が豊からしい。
まるでダリの『記憶の固執』をはじめて見たような気分。
あんな絵を描いた彼は普通じゃない。
そして実際にその絵に描かれているぐにゃぐにゃの時計が実際に売られているのを見た時抱いた気持ちと一緒だった。
値段は2000円くらい。
針は飾りなのだった。
なんというかどこか不安を感じる。
まるで悪夢を見ているようだった。
僕の視界に入ったのはまさにそれ。
この気持ちを何と言えばいいのか僕にはわからない。
それが一体なんなのか。
不気味っていう程か、と思うが普通ではないし、ちょっと戦慄すら覚える。
この情景を説明するのは簡単だがあまりにも現実離れしていた。
取り敢えず目をこすってみた。
もう1度見る。
やはり幻覚などではなかった。
僕は頭を抱える。
これ本当になんだろうか。
僕を混乱に陥れてどうしようと言うんだろうか。
思わず自分の目を疑う。
誰か教えてください。
だってこれ、どうなってんの?
どうしてこんな事になってんの?
「夜行ですか? これってどういう事なんですか?」
いや祀よ、僕が聞きたい。
「ロボットだったにゃー」
阿形がにこにこしながらそれだけ言った。
「ロボット?」
その単語を反芻する。
僕は首を傾げた。
単語の意味自体はわかる。
自律的に連続、またはランダムな作業を自動で行う装置の事だろう。
大体が人型だったり動物の形をした機械。
しかしだからこそ彼女の言った事がわからない。
はて、一体なんのことだ?
僕の部屋にはロボットなんてないぞ。
あるのは机とタンスとノートパソコンと本棚とクローゼットくらい。
玩具とかフィギュアの類をそう呼んだのならそれまでなんだけど勿論僕の部屋に自動で稼働するようなものなどない。
でもこの神社にはルンバがあったな。
あれの事か?
しかし阿形たちも存在は知っている筈だからそれは考えにくい。
もしかしたら未来から青い猫型ロボットが来たのかもしれない。
それだとしたら一大事だ。
ひみつ道具使える!? と思って部屋の中を見回すがそんなのは居ない。
まぁフィクションだしな。
いなくて当たり前か。
しかし残念だった。もしもボックスとか使ってみたかったのだが。
……ってそれはどうでも良い。
そんな事よりも僕が疑問に思ったのは皆の中央にあるものというか人の姿だった。
これが僕のパニックの原因だ。
「おかえりなさい」
その原因が僕に挨拶をした。
女の子の声なのだが人の声にしては若干感情というものが感じられない。
まるで機械の電子音みたいな声。
いや、そのものと言った方が良いか。
僕は彼女と目が合った。
今度は感嘆に息を呑む。
青い瞳だった。
サファイアのように美しい。
まるでこちらを見通すかのような透き通った目だった。
青白い肌によくマッチしていると思う。
しかしそこにも感情というものはあまり感じられない。
機械の冷たさが宿っていた。
一応最低限にはあるのだろうがあまり表現できない、という例えがしっくりくるだろうか。
文芸部の部室でいつもハードカバーを読んでそうなイメージ。
勿論、この少女は僕が深夜に助けた人物だ。
しかし何があってそんな事になったのかわからない。
目が覚めたのはわかる。
確かにそろそろ9時とかだしそれよりも長く寝ているのは休日の僕とか闇に生きる人間くらいだろう。
しかしこれは一体どういう事だ。
あまりにも非現実的すぎる。
少なくとも普通の日常では見られないようなものだ。
吽形がにこにこ笑顔で握っているそれを見詰める。
ぐにゃ、と弛緩しているようにも見える。
長く細い棒だった。
人の腕の長さくらいあるだろうか。
それは人の腕に見えた。
しかも5本の指のようなものまで見える。
いや、目を凝らせば人の腕そのものだと気付いた。
僕は愕然とした。
吽形……その腕はまさか。
中央の少女の右腕はない。
ならば答えは簡単だ。
吽形の握っているものに視線を戻す。
何度見たところでそれは変化しない。
腕だ。
そして少女の右腕には何も生えていない。
……猟奇的場面に遭遇してしまった。
僕は人知れずがたがたと震える。
僕の背筋に何か冷たいものが流れる。
うちの3人が何をやらかしたんだ。
このままでは僕まで逮捕されかねない。
こうなってくるともう警察に自首してせめて罪を軽くするしかない。
それにしても一体何が起きたというのだ。
腕が取れるとか尋常じゃないぞ。
というか僕が居ない間に何がきっかけでこんな事になったんだ。
まさか喧嘩か。
いや、それにしたって腕がもげるとかどういう事だよ。
そんな腕ってポンポンフィギュアみたいに取れるものなのか。
まさか吽形が野生の本能的なものに目覚めてこんな事をしでかしたのか。
そして祀も阿形も殺意の波動に目覚めてよってたかってこんな狼藉を。
はははんな訳ないだろう。
僕は自分に突っ込んだ。
なるほどこの少女がロボットでした、っていうオチね。
それなら納得できる。
納得できるけどこれはこれで驚いた。
まさかこんな少女の正体がロボットでした、とかわかる訳がない。
僕の驚愕もそれだけ大きかった事が理解できただろう。
今ならば実は生き別れの兄が、みたいな展開になっても平静を保てる気がする。
隠された能力が目覚めてもやっぱりね、で済ませられそうだ。
「ええと……その娘の正体がロボットとかアンドロイドだって……そういう事で良いの?」
僕は慎重に尋ねる。
どうして僕はこんなにも緊張しているんだろう。
ああ機械が苦手だからな僕。
情報の時間とか嫌いだ。
そもそも勉強が嫌だな。
「はい。正式には人工知能搭載生体型自律人形です」
メカっ娘は流暢に長ったらしい自己紹介をした。
早口言葉みたいだな。
ええと……人工知能搭載生体型自律人形と名乗ったロボットはこちらに軽く会釈する。
これがロボットって凄いなぁ……。
初めてこうして生で見たけど普通の人と違いがわからない。
しかし誰が作ったのだろうか。
地球の技術でもこれ程のロボットを作れるかは怪しい。
でも冷静に考えてみれば人造人間というもので考えるとゴーレムとかホムンクルスとか普通に居たな、と思い出す。
しかし人権とか色々な問題が出てくるので作れるのはごく一部の人のみだった筈。
まぁ免許さえとって役所に申請して国から許可が貰えれば一応誰でも技術さえあれば作れるという。
ゴーレムはともかくホムンクルスというと簡単なのだが材料にちょっとした問題がある。
そのような理由もあって男の術者がホムンクルスを完成させた場合はにわか術者から痛い目で見られているという。
しかも作ったのが女性系ならば尚更だ。
この前テレビ番組で日本の錬金術師特集が放送していたが実況掲示板は大荒れだった。
僕は彼女の肩を見詰める。
確かに外れた腕の断面は機械そのものなのだが、それでも外見はどこからどう見ても人間の姿をしている。
というか初見で彼女の正体を見破れるのは居るのだろうか。
そういえばあの時怪我をしているのに出血が少しもなかったのはそういう理由があったからなのか。
僕は勝手に自分で納得した。
オイルとか電流とかアニメなどでは出たりしているけど実際には無いんだなぁと知った。
「古いものだとそのようなケースも発生します」
新たな知識を得た。
十中八九、今後に役立たないんだろうがな。
「そういえば君の名前ってなんて言うの?」
流石に型番的なものや通称はあるだろう。
まさか人工知能搭載生体型自律人形なんて長ったらしい名前しかない、なんて言う訳があるまい。
「正式名称はUSA-33です。ウサミミとでも覚えてください。そして現在の『主人』が設定した名前は鋼です」
「ウサミミだと……?」
彼女なりのギャグだろうか。
どこにもウサミミなんてないぞ。
「はい。このように空間存在物探知拡張用の兎耳型センサーが頭にあるので」
鋼と名乗った彼女は自分の頭に指を差した。
僕たちは彼女の頭を見詰める。
彼女はシャキーンといきなり銀髪に収納されていた耳を立てる。
これもこれでかなりリアルだった。
まるで兎の耳そのもの。
それでいて彼女とマッチしており違和感を感じない。
試しに触れてみるとかなり柔らかい。
小学校で兎を飼っていたがその時の触れ合いを思い出す。
そういえば僕が卒業する頃に死んじゃったっけ。
目頭が熱くなる。
いまでもあの兎の可愛い顔やふかふかした温もりを思い出せる。
うわぁ血管まで走っているよすごいなぁ。
ここまでリアリティを追求するとは製作者はすごいと言わざるをえない。
僕は感激して握ったり引っ張ったりする。
すごいまるで本物そのものじゃないか。
「ちなみにその耳は本物の月兎から採取したものを利用したそうです」
鋼はあっさりとそんな事を言った。
ええとつまり……?
「怖ッ!?」
僕は慌ててそれを離す。
何言っちゃてんの!?
僕はあまりの驚きにちょっと過呼吸になりかけた。
人工物かと思ったわ。
本物を使うって……。
月兎となると十二部経のジャータカや今昔物語集の話にあるアレか。
僕は記憶にある普通の10代少年は知らないであろう知識をひねり出した。
猿、狐、兎が老人が力尽きて倒れているのを発見した。
心優しい3匹はどうにかその老人を助けようと考える。
猿は木の実を、狐は魚をそれぞれ得て老人に与えた。
だが、兎は何も得られなかった。
しかし責任を感じた兎は彼を助ける為に炎に自ら飛び込んでその肉を老人に差し出したという。
兎の自己犠牲の精神に感激した老人の正体は帝釈天であり、死んだ兎を月に昇らせた。
だから月には兎の影があるのだという。
実際は隕石の落下によるものなのだが突っ込んではいけない。
そんなこともあって月に住む妖魔の多くが兎関連だ。
噂によるとバニーガールが一杯らしい。
是非行ってみたいがオバサンやむさくるしい野郎にもウサ耳が生えていると想像したら行きたくなくなった。
夢は見ている間が一番楽しいのかもしれない。
それはそうと鋼の耳だ。
というかどんだけリアルを追求しているんだよ。
作りもので良いだろうが。
僕は彼女の開発者に怒りを抱く。
別に機械耳でも良いだろう、というかそっちの方が良いのでは。
あれもあれで魅力的だろう。
個人的な感想だけれど。
ん、待てよ……。
このリアリティという事は……。
「まさかその顔や身体も本物の……」
自分で言っていて恐ろしい。
しかし鋼は首を横に振った。
「クローンによって細胞レベルから作りだしたものなので生きた人間から採取した、という事から判断するのならば違います」
違ったらしい。
それを聞いて僕は安心した。
良かった、誰も不幸にならずに済んだんだね。
流石に人間は使えないという事か。
確かにそれを使っちゃったら流石にホラーになる。
しかしそれならウサギの方にも使えよと思う。
クローンも低コストで済むようになったんだし。
というか耳がない兎とか丸い何かじゃないか。
もふもふした毛玉?
僕は大福みたいなのを想像した。
それが鼻をくんかくんかさせて歩行するんだ。
なんかシュール。
ある意味可愛いか?
「……っていうかいつまで腕を外しているんだ?」
僕は今更なことを鋼に言った。
すると彼女は思い出したようにポカンと口を開ける。
頭の上に光る電球が浮かんだように見えた。
「確かに。かなりの激痛が走っていました」
「激痛あるんなら言おうよ!」
どうやらロボットにも痛覚というのはあるらしい。
でも経験上よく思うのだが痛みっていうのが大事なのはわかるのだがもうちょっと痛覚の上限を下げても良いと思う。
彼女にとっての激痛というのはわからないけどまぁそれなりのものではあるだろう。
無表情だから実は痛くないって事もありそうだが嘘を吐いているのは無いと思う。
でも痛みを搭載する意味ってあるんだろうか。
まぁあるんだろう。僕には知らないが。
確かにそうですね。学習します、と彼女は言うと丁重に吽形の手の中にある右腕を返してもらい装着した。
吽形がしょんぼりとし、肩を下げる。
腕なんか持っていても不気味じゃないか?
正直阿形もそうだが彼女たちの価値観がよくわからない。
所謂クソゲーや地雷ゲーを嗜んでいるような場面も見るしちょっと思考回路が違うのかもしれない。
少なくとも僕より成績は良い。
畜生。
僕は鋼に視線を戻す。
彼女は既に腕を接続していた。
プラモデルとかフィギュアみたいに簡単にハマるようなものらしい。
個人的な想像としてはなんか専用の格納庫的な場所でマジックアームがせわしなく動いて面倒なものだと思っていたが成程これは簡単だ。
交換する時とか便利だろうからであろう。聞いた話だと戦闘もちゃんと考慮されているらしいし。
腕が変形して銃になったりしないだろうか。
右腕の接着面は少しもわからない。
いや、あるにはあるのだが自然というかこうして見ると単なる関節のミゾに見える。
にもかかわらずあれ程大きく滑らかに可動するというのに凄いな、と思う。
呆れる程リアリティを追求しているだけはあると言えよう。
こんなのを作れるなんて人類の科学も発展したものだ。
いや、彼らか?。
月兎の耳を~とかなんとか言ってたし。
鋼は無表情にせわしなく指を動かしている。
再接続した為にメンテナンスしているようだ。
しかし残像が見えるほど高速だ。
阿形が慎重にボールペンを載せたが鋼は顔色一つ変えず華麗にペン回しをしてのけた。
これは……スリップトインフィニティ。
なんか4人で盛り上がっている。
僕は手先が不器用だからなー。
しかしやはりロボット、こういう動作は得意なようだ。
彼女の全身を改めて見てみるが、服は所々破れているものの身体には傷一つない。
「ナノマシンによる自己修復を行っていたので」
うむ、流石ロボ。
色々驚くべき機能を搭載していて感心する。
そうして僕は思い出した。
あまりにも衝撃的で今まで聞くのを忘れていた。
どうして彼女が傷を負っていたのか。
何があそこで起きていたのか。
「一体何があったんだ? あの路地裏で」
「僅かに記憶が残っていました。あれは確か……」
鋼が説明を開始した。
彼女の話を要約するとこういう事らしい。
まず月のお姫様――竹取姫讃岐神月夜がプライベートでこの街にやってくる。
従者である鋼も彼女と共にやってきた。
しかしこの街に到着したとほぼ同時に月の方でクーデターが発生した。
そうして姫である彼女は部下である月の使者に襲撃される。
鋼は対抗したものの相手は相当戦闘力が高く、倒されてしまった。
しかし姫は鋼の身を案じて彼女を逃げさせたという。
そうして自動的にスリープモードになって動けなくなっていたところを丁度僕が発見したらしい。
やはり爆発は起きていたようだ。
「でも僕とチャラい警察がそこに行った時はそんな痕跡無かったけど……」
「彼らの技術力は地球の文明より遥かに上です。それを隠ぺいする事は造作もありません」
やっぱり想像通りだよ。
あの警察官には猛反省してほしい。
まぁしないだろうがな。
でもまだしっくりこない部分があった。
というのは、
「月でクーデターが起きたっていうけどそれってムーネニグマ星全体の総意で起きたのか?」
「それはわかりません。おそらく領土拡大が目的でしょうが」
鋼は僕の疑問に答えた。
ムーネニグマ星というのは地球の100万後年先にあるという星だ。
何を隠そうこの星こそが人類の文明発生から交流していたという惑星である。
その目的は文明の発達の促進と領地拡大だった。
曰くムーネニグマ星というのは文明の発達によって環境が悪化し、人の住める場所がかなり少ないという。
人口操作もダイソンスフィアによる住居拡大も行ったがそれでもかなりギリギリの状態だった為に住める場所を探していた。
そうして何年もあらゆる時代、空間の調査をしていたところ、ちょうどこの惑星を発見したそうな。
しかし彼等は平和的であり、そこに住んでいる知的生物の権利を優先した上で住みたいと考えた。
そこで、人間の科学技術発達の為に幾つかコロニーを作って、そこに住んだという。
ピラミッドなど地球に数多く残されている遺跡の多くが彼らのコロニーらしい。
で、途中で彼等が目を付けたのが地球の衛星である月。
彼等はまだ生まれたばかりで信仰心も弱かった為に脆弱であった月の神達に頼んで月の一部を彼らの領地として手に入れた。
そして慎重に魔力の塊であるそこを開拓。
テラフォーミングによって月は彼らの第2の故郷となった。
住んでいる人が居なければ自重しないようだ。
そんな訳でムーネニグマ星というのは本土型と月型の2種類が存在しているのだがやはりちょっとした確執があるようだ。
それは僕には、というより多くの人類が知った事ではない。
あくまで彼らは人類に協力的な異星人といった感じである。
彼らにしてもあまり積極的に関わるという訳でもない。
保護者とある程度成長した子供といった感じだろうか。
いざとなればベタベタしてくるという方が想像しやすいと思われる。
おそらく人類は大人になったという事だろう。
人間で例えるなら大学生くらい。
まぁ成長の余地がある。
「しかしクーデターなんて本当なのか?」
そんな物騒な話、一度も聞いたことが無い。
僕は取り敢えず部屋にある薄型テレビの電源を点けた。
皆の視線が集まる。
この時間だとワイドショーの1つや2つくらい放送しているだろう。
リモコンを手にとって適当にチャンネルを変える。
しかしどこも面白くない番組を放送しているのみ。
『見てくださいこの天に聳え立つシンボルおっきいアレを載せた神輿が街を練り歩いていますスタジオの皆さん見えますかおっきいチン――』
流石三十路を過ぎて未だ独身の女性リポーター。かなりテンションが高い。クビになっても構わないようだ。
『映像止めろ!』
すると花が咲き乱れる爽やかな情景が映し出され、テロップに『しばらくお待ちください』の文字。
かなまらまつり的なアレだろうか。
明らかにマーラ様だったぞ。
先っぽから粘液が溢れ出してたし。
それはそうと鋼が言ったクーデターなんてどこもやってないぞ。
チャンネルを変えて出てくるのは料理番組、旅番組、バラエティ番組の再放送、ドラマ。
やはり何かの間違いなのではないだろうか。
「本当にそんなのが起きたのか?」
「はい。実際に攻撃を受けました」
「だよなぁ」
ならば情報規制されていると考えるのが妥当か。
月からこっちに情報が届いているけど放送局や政府などが混乱を防ぐ為に止めているという可能性が高いか。
最悪月からも情報がきていないという可能性すらある。
彼らがどんな状況になっているかはわからないがこれは一大事だろう。
領地拡大のクーデターという事は武力行使でこちらに攻め込んでくるという事すら有り得ない事ではない。
そして実際に彼らはそれを可能とする戦力を持っている。
数は遥かに少ないがそれを補い有り余る程の兵器があるのだ。
対するこちらは彼らが提供した科学技術と長い歴史から培った術やそれぞれが持っている能力のみ。
個人個人だと高い能力や術を持っている者も居るがそれはごく僅か。
そのような人物達はムーネニグマともある程度戦えるだろう。
しかしそれを除いた殆どの人達はそんな強大な力を持っていない。
光学兵器を搭載した機動人型兵器というのを数年前から軍は運用しているがそれでもやはり分は悪い。
核兵器を使っても彼らを倒せるとは思えない。
いや、進行の妨害ですら難しいだろう。
このままでは人類が彼らの奴隷になるという古典的SFが実現しかねない。
『オラ! 埃がついてんぞ。ちゃんと拭け!』
『すみませんすみません!!』
……そんなの嫌すぎる。
「神月夜様は肉体が朽ちる度に転生を繰り返し再び姫として即位されます。しかし今まで高い霊力と強靭な肉体をお持ちになっていたにも拘らず今回は母体の身体が弱かった為に力も身体も弱いのです」
「そういえば1度も顔を見たことがありませんね」
祀が言う。
確かにそうだった。
そんな有名人なら1回くらいテレビなりで顔を見ても良い気がする。
「神月夜様は病弱な為に、臣下が中々外に出そうとしないのです。だからこそ機械である私が神月夜様のお世話をしています」
「ふぅん。じゃあどうして病原菌の蔓延しているこの星にわざわざやってきたんだ?」
僕がそう尋ねると鋼は口を噤んだ。
どうやら人には言えないようなものらしい。
「これはプライベートなので私の口からはお伝えできません」
「いや、言いたくないなら良いんだけどさ」
まぁ現在の月の姫様だって僕らと大して歳の離れていない子どもだ。
こうしてわがままで来たくもなるだろう。
しかしこの事件はどうしたものか。
話によると平和的に物事を進める姫様のやり方が部下は気に入らないからクーデターを起こした。
ならば勿論姫の身は危ない。
もしかしたらもう捕まっているかもしれないのだ。
ならば生命も危ないだろう。
記憶と人格を受け継いだ転生となると儀式か何かでも起こさない限りほぼ不可能だ。
中には霊魂の保存している記憶などが完全に消去されないで偶然の転生というのも起きるが普通は全部消える。
おそらく彼らは姫の力が弱い今を狙って彼女を完全に殺害するだろう。
そうすれば神月夜という席は空く。
そこに野望を抱いた誰かをあてがってしまえば僕たちは本格的に危ない。
しかし月なんてどうやって行けば良いんだろうか。
こんな状況だと民間のスペースシップはなんらかの理由を付けて使えないだろうし、軌道エレベーターも止まっている筈だ。
「ひとまず私は神月夜様を探してみます。探知機は完全に復活していないので自分の脚だけで探すしかないでしょうが」
「大丈夫なのか?」
「敵が来ないうちは。貴方が心配なさらずとも大丈夫です」
「もう行っちゃうのかわん……?」
「はい、お世話になりました。いつか御恩を返したいと思います」
鋼は立ち上がり僕たちに頭を下げる。
そしてあっという間に部屋を出ていった。
僕たちも慌ててついて行くが彼女は玄関を出るとすぐに遠くへ行ってしまった。
「どうするんでしょうか……彼女」
祀が心配そうに言った。
「というか僕たちも一体どうなるやら……」
僕は空を見上げる。
あそこでは今、とんでもない事が起きているんだよなぁ……
まさに人類の危機が。