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天来夢想  作者: 四畳半
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第1章「騒がしくも平和的な日常は唐突に引き裂かれる」

 夏休みが終わった。

 登山したり海に行ったり肝試しをしたり天光神社で夏祭りを催したりこれなんてギャルゲと言いたくなるような毎日だった。

 それはそれで刺激的な毎日だったがまぁ平和的だった。

 神社から神鳴山を登った際には熊やら大蛇やらはてには謎の巨大百足が出たりしたがまぁなんとか山頂に到着した。

「あれを見たのは半年ぶりだなぁ。一度刃を交えたけど全然通用しないのなんの」

 同伴していた天狗の照玖が語った言葉だがまさかあれ程危険だったとは思いもしなかった。

 それはそうと山頂で見たあの素晴らしい夕日は忘れないと思う。

 海に行った際には皆の水着が眩しかった。

 しかしどうしてあんなにも来てしまったんだろうか。

「おい夜行よ。どうしてアルコール無いのさ?」

「いや、本来朱音は来ないはずだったんだよ」

「じゃああれかしら? ワタシは良かったの?」

「これは嬉しい話じゃないか。納得いかないのはこの狐が居る事……」

「魅麗も貉那も呼んでねぇよ! どうしてわかったんだ!?」

「だって照玖が言ってたもの」

「奴め……」

 僕は悠々と日光浴している照玖を睨んだ。

 登山の時、ガイドとして付き添っていた彼女にこの事を言わなければ良かった。

 どうしてバスに乗った時には誰も居らず、これで夏は刺激的な夜をと期待していたのに海岸に到着して振り返ったら人だかりができていたのか。

 なんか祀達は喜んでいたし。

 とはいえ楽しもうと思った。

 そうだ、中身はともあれ野郎共も居るとはいえ半数異常が美少女。

 ほぼ全ての属性が一同に集っていると言っても過言ではない。

「どうしたんですか? 凄い形相ですよ」

 巫女の祀。

「にゃー。良い天気」

 猫耳の阿形。

「くぅーん。こっちは暑くてたまらない……わん」

 犬耳の吽形。まぁ寒いのに強い犬だしな。狛犬だが。

「これじゃあ影から出られないわね……」

 魔女っ娘のアレイシア。

「太陽を遮る術となると……あ、いくつか使えそうなものが」

 シスターのマリー。

「砂が熱いです……」

「ビーチサンダル貸しますよ?」

 狼耳のルーと尼さんの蓮華。

「どわ……! 海水だとヤバイ、これ肌が……!」

「面倒臭い……それなら白雪が一部を凍らせれば良いんじゃないか?」

「……やってみる」

「ぎゃああ……! 氷だとヤバイ、これも肌が……!」

 ドジな瓜とボクっ娘な風芽とクールな白雪。

「うはははー! 海だぁああああ……ゴバブフォ」

「和良ちゃん待っ……ゴベバファ」

「だから浮き輪を持って行けって言ったのに……」

 幼女でアホの子な和良とエルと姉キャラで鼠耳の舞子。

「お嬢様、どうぞ」

「お嬢様、シャーベットでございます」

「ありがとうエリア、クロード」

 お嬢様なワーミィとメイドのエリア、執事のクロード。

「皆元気だなぁ……電流流してみよっかな」

「……やめときなさい」

 小悪魔な巳肇と委員長キャラな千鶴。

 まぁここまでなら良い。

 寧ろ目の保養になるのでもっとやれと言いたい。

 あぁ視力が回復する。

 しかし納得がいかないのは

「やっぱり水着は何が良い?」

「あん? パレオが至高に決まってるじゃねえか」

「ハッ、カサスわかってねえな。ブラジル水着が最高だろうが」

「2人とも……スク水こそ一番じゃないか」

 こ い つ ら だ 。

 僕はゆらゆらと殺意の波動を漲らせてゆらゆらと彼らのもとに近付く。

 許さぬ。

 彼らがいるからこそ僕の影が薄くなるのだ。

 このまま生かしておけない。

 かくして水着の乙女達がキャッキャウフフと戯れている楽園の端で僕達は不毛な戦闘を繰り広げた。

 今思えば勿体無い事に時間を費やしたと思う。

 そんなこんなであっという間に時間は過ぎた。

 絵日記があったのならただ一行、一日中口の中は血の味がした、と書いただろう。

 そして肝試しは海の後行った。

 どうやら近くの山に寂れた祠があるという。

 で、その祠というのがその山にある滝壺に誤って転落し、無くなった人の魂を鎮める為にあるとかなんとか。

「肝試し? 馬鹿馬鹿しい。そもそも死者を愚弄するような真似は(略)」

 と熱心に説教する祀は僅かに涙目で震えているように見えた。

 それだけ怒っているのかと思ったがどうやら怖いみたいだった。

 ははは可愛いやつめ。頭を撫でたい

「肝試し? 仏教は幽霊を否定も肯定もしません」

 蓮華も涙目。

 ははは可愛いやつめ。抱きしめたい。

「肝試し? 悪魔祓いでもするのですか?」

 マリーも涙目。

 ははは可愛いやつめ。頬ずりしたい。

 と思ったら既にアレイシアがベタベタしていた。

 すごく……百合です。

 そんな訳で僕達は2人組か3人組を作って行動する事にした。

 まぁ、大体どんなチームができたか理解できると思う。

 これによってハブられる人は出ないという仕組みだ。

 簡単に言うと僕救済用。

 涙が出るね。

 そうして僕達は別のルートからそれぞれ出発する事になった。

 ……のだが。

     「この気配……!?」

                 「待て、はやまるな! それは――ッ」

「く、そ……こんな所で、こんな所で俺はぁああああ!!」

               「私……来たことないのにこの場所知ってる……?」

         「この石碑は……そういう事だったのね!」

                                「こんな時間、こんな場所に一体なんなの……?」

                            「歌が……聞こえる」

                                                    「馬鹿馬鹿しい……こんな事が……いやぁああああ!?」

      「そう、私は1人じゃない……あれ、皆どこn」

                                          「おい、なんかあそこに……」

                        「……大丈夫、ちょっと見てくるだけ……皆はここに居て」

                「早く皆に知らせないと……!」

                                              「こんな所にいられるか! 俺は戻るぞ!」

              「やるしかないわね……」

                                   「必ず戻ってくる」

                            「これが終わったら私……」

                     「貴女が出る程ではないわ。ここは私が……」

     「どうして……こんなものが……」

 散っていく仲間たち。

 涙を流しながら走る僕。

 そうして僕達は真実を知る。

 この祠は映画の撮影に使われた撤去忘れのセットだったという事を。

「な、なんだってー!?」 

 かくして多くの犠牲者を出した肝試しは終了した。

 こんな残念な結末は誰もこれから語る事はないだろう。

 なんか夏祭りも開催した。

 かき氷、チョコバナナ、じゃがバター、金魚すくい、焼きそば、射的、たこ焼き、フランクフルト、からあげ、フライドポテト、わたあめ、ラムネ、焼き鳥、お面、りんご飴、輪投げ……。

 様々な屋台がひしめきあっている。

 広い境内だがやはりこうも密集していると窮屈に感じる。

 普段、参拝客はそんなに来ないというのにこのような時に限ってかなりやって来るのだ。

 何人かクラスメイトも来てたし。

 祀は舞を披露してたり阿形と吽形が和楽器を使ったロックをBGMとして演奏している。

 いつもの事ながら僕はいらない子だ。

 僕は適当にブラブラとその時間を充実させて過ごしていた。

 射的をやったところ百発百中で、『屋台潰し』というあだ名を僕が手に入れた景品をあげた子どもから付けられた。

 将来有望だ。決してその心を忘れないでいてほしい。

 そうして体育祭も過去のものとなった。

 アリスト達と体育着談義で盛り上がった。

 ブルマ程あざとくなく、それでいて健康的な太ももが楽しめる短パン最高だろ。

 ちなみにうちの学校は短パン採用だ。

 競技は希望者が出るので僕は専ら観戦だった。

 炎天下で汗を流す生徒を見ながら日陰で飲むスポドリが美味いのなんの。

 能力者、術者、魔物と参加者は混沌としており、それは競技というよりも戦闘という言葉の方がしっくりきた。

 あちこちで爆発が発生し、晴れなのに落雷が発生し、氷柱がいたるところに生え、地震によって亀裂が走えり、竜巻が何人もの生徒を巻き上げる。

 スポーツ強豪校だと病院が来いとも言われている程であり、毎年臨死体験をする生徒が出るらしいのでうちの学校はまだ甘いということか。

 しかし皆アグレッシブすぎではないだろうか。

 で、結局買ったのは僕達青軍だった。

 いやぁ皆チートすぎるわ。

 僕なんて影物質出すだけだもんな。

 強い強い。

 そしてその後は打ち上げをして楽しんだ。

 持ってきた大量の花火が大爆発してちょっとした騒動となったがまぁ今思えば微笑ましい事だろう。

 その後、すぐに文化祭もやってきた。

 僕達のクラスはメジャーながらお化け屋敷をやった。

 案の定、これは好評で『本物が居た!』と客は皆震え上がっていた。

 まぁ実際にうちのクラスには雪女で幽霊の白雪が居るし。

 でも『血塗れでこちらの顔を見てニヤニヤと笑っている髪の長い女はマジでヤバかった』と皆感想を漏らしていたがそんなの居ただろうか。

 その後、謎の吐気や動悸を訴える人達が続出した為急遽うちのクラスのお化け屋敷は中止する事になった。

 悪霊がいますね、と祀をはじめとした術者達が神妙な顔で言っていたがあれは嘘だと思いたい。

 いやぁ不謹慎だなぁ。

 そんな訳で予定より早く自由行動となった僕は取り敢えず他のクラスを巡る事にした。

 で、屋台を見てみるとなんか同人誌即売会となっていた。

 おい君たち。

 これは……ちょっとけしからん。

 しかしサンプルを手にとって読んでみると中々だった。

 なので何冊か購入する。

 新刊期待してます。

 ついでに四畳半世界の宣伝もしておいてサークルの人達全員からスケッチブックにサインを貰った。

 というかどのクラスもクオリティが高すぎる。

 超本格メイド喫茶とか全員美少女に見える程な女装キャバクラ、体育館でのバンド演奏、ミスコン……

 まぁ結構充実した日だった。

 いやはやほんの数ヶ月前まではあれ程死と隣り合わせで濃密な日々を送っていたというのにこれは一体どういう事だろうか。

 いや、それは大変喜ばしい事だ。

 異世界に行きたがる夢一杯の少年時代を卒業した僕にとってこのような平和で楽しい毎日というのはかけがえのないもの。

 何度か生命の危機に瀕したりもしたがなんとか今日までこうして生きながらえる事もできた。

 しかしここまで超平和だと逆に妖しい。

 僕の妙に鋭い危機察知能力が告げているのだ。

 もうすぐ事件が起きるぞと。

 それはデジャヴだったり、単なる危機感だったりするのだが今回もそれだ。

 しかし今回はなんだろうか。

 たまに何も起きなかったりするが用心に越したことはない。

 何かが起きるとだけわかっていてもそれに対して行動しなければ危険予知の意味はない。

 ならば考えなければいけない。

 そうすればこれから起きる危機も回避できるだろうし、被害も減る事だろう。

 という訳で僕は考える事にした。

 一体なんだろう。

 布団に入っている僕は覚醒と睡眠の狭間で思考する。

 ……わからないな。

 過去の記憶を探ってみれば良いかもしれない。

 ……わかる訳ないじゃないか。

 僕は嘆息する。

 これじゃあ時間の無駄だ。

 僕はもう完全に寝てしまおうか、と考えたが何かが引っかかった。

 もしかして手がかりきたか、と期待したが違うらしい。

 頑張って思い出してみる。

 ……はっ!

 マンガ買ってねえ。

 単行本も集めている僕だがやはり続きは気になる。

 なので深夜、『あっ週刊のマンガ雑誌買わないと』と思い出した僕は瞑っていた目を開けた。

 僕が毎週購入しているのは面白いのだが一部のコアな層向けのマイナー漫画雑誌なので売り切れという事はないと思う。

 最近は何かと忙しくて買いに行くのを忘れていたのだ。

 しかし明日――いや、0時回ってるから今日……その雑誌の発売日なので今買わなければもう入手は不可能だ。

 下手したらもう交換している、という可能性もある。

 こうしてはいられない。

 僕は慌てて布団から出る。

 秋も深まり、ちょっと肌寒さを感じた。

 僕は適当に上着を羽織り、部屋を出る。

 やはりこんな時間だと祀達は寝ているか。

 廊下に電気は点いておらず少し怖い。

 僕は彼女達を起こさないように静かに長い廊下を歩き、物音立てず慎重に玄関から外に出た。

 照明によって仄かにライトアップされた境内の木々は紅く染め上がりとても鮮やかだ。

 そろそろ秋刀魚が美味しいのではないだろうか。

 あと月見でも皆でやりたい。

 僕はそんな事を考えつつ長い階段を下りる。

 鈴虫の鳴き声が至る所から聞こえて大変秋らしい。

 しかしほんと五月蝿いな。

 僕はその鳴き声を適当に聞き流して人通りの少ない夜道を急ぐ。

 しかし適当に鼻歌を歌っていた僕の耳に何か爆発音が聞こえた。

 あっちからか?

 僕は音のした方に目を向ける。

 そこにあるのは寂れた路地裏だ。

 迷路のように入り組んでいて噂によると暴力団の麻薬取引現場に使われているとか不良グループのアジトがあるとかいう話だがまぁ実際そんな事はない。

 しかしそこから異様な気配はした。

 ……行く訳ないだろう。

 僕はどうせ空耳、と自分を納得させて先を急ぐ。

 これがきっと騒動のきっかけになる事だろう。

 ならば近づかない方が賢明だよな。

 まずはコンビニだ。

 コンビニは神社から徒歩で10分程の場所にある。

 よし、ポイントカードもちゃんとあるな。

 僕は財布の中身も確認しながら店内に入った。

 多分僕くらいなんだろうな、と思っていたが意外にも数人客が居た。

 そのうちの半分以上が立ち読みだった。

 どんだけ漫画がタダで読みたいんだよ。

 まぁ僕もやるけど。

 店員さんちょっと不機嫌そうだけど。

 僕は雑誌売り場に向かう。

 そうして様々なジャンルで混沌としているマガジンワゴンに目を向ける。

 お目当ての商品は幸いにも一冊だけ残っていた。

 よし、間に合った。

 僕は安心するとその雑誌を手に取った。

 若干シワが付いたり折れ目が目立つがどうせすぐにボロボロになるし良いか、と思ってレジに向かった。

 仏頂面だった店員はすぐに営業スマイルを見せて会計を始める。

 僕は200円を払うと雑誌を握ってすぐにコンビニを出た。

 あ、新刊も一緒に買えば良かった。

 ……まぁ良いか。もう一度行くのも恥ずかしいし。

 僕は諦めて神社に戻ろうと帰路に着いた。

 僕は今度は下手くそな口笛を吹く。

 こういう時は人目を気にせずできるから良い。

 そうして長い階段が見え始めた時だった。

 誰かが倒れる音がした。

 こんな時間に一体なんだ、と僕は音がした場所――つまり僕のすぐ横を見る。

 そこに居たのは1人の少女だった。

 どこから、と思ったがどうやらこの大通りからさっき爆発音がした路地裏に続く細い道からやってきたようだ。

 しかし気づかない程口笛吹いていた僕って……とちょっと恥ずかしくなるが今はそれどころではない。

 面倒事は勘弁というさっきまでの考えは忘れて僕は彼女を介抱する。

 今度はどんな事情がある?

 尋ねようと思ったが彼女に意識はない。

 美しい銀の長い髪に整った顔。

 スタイルの良い肢体。

 作り物めいていると思う程だ。

 しかし身体の至る所に傷がある。

 が、何故だか出血は見られない。

 倒れる前に治療したのだろうか。

 あそこで何かトラブルが起きたようだが今はまず彼女を助けるのが先だ。

 しかしこのまま事件を見過ごす訳にもいかない。

 取り敢えず僕は近くの交番に事の次第を通報した。

『こちら朧想街駅前派出所――』

「もしもし。さっき近くで爆破事件が……」

『……ってこの声はまたお前か。一体何回目だ。夏も狼娘の捜索頼まれたと思ったら自分で解決しやがって。こっちは謎のオーパーツ発見して色々面倒だっつーの』

「僕ってそんなに有名なんですか?」

『ここ最近この街で起きる事件には大抵関わっているからな。もしかして真犯人なんじゃねえの?』

「んな訳ないでしょう」

 僕は憮然と言い返した。

 確かに何度もお世話になっているがその言い方はないと思う。

 もしかしたら彼は僕を死神か何かと勘違いしているのかもしれない。

 僕は人妖以外の何者でもない。

 というか話が脱線していないだろうか。

「で、さっきも言いましたけど爆発事件がですね」

 僕は慌てて話を戻す。

 そうして面倒そうな彼に取り敢えず簡単な説明をした。

 コンビニに行こうとしたら爆発音がした事。

 戻ったら怪我をした女の子が倒れていた事。

 その少女が気を失っている事。

『はぁ……じゃあ俺がすぐ現場に行くからお前はその娘の保護頼んだ』

 僕から大体の住所を聞いた彼はすぐに電話を切った。

 それが仕事とはいえすぐに動いてくれるのは嬉しい。

 しかし高校生が夜中に出歩いているというのにそれについてお咎めなしって。

 いや、説教なんて聞きたくはないのだがこれが今の警察なのかと思うと日本の将来が心配だ。

 まぁそんなのはこの人くらいなんだろうが。

「この娘どうしよう……」

 僕は嘆息する。

 どれだけ呼びかけても目を醒ます気配はないしこの時間に近くの病院は開いていない。

 見たところ大きな怪我はしていないし大丈夫だと思うが放っておく訳にもいかない。

 彼にも頼まれたし。

 ……仕方ない。

 神社に連れて行くか。

「よっこいしょ」

 僕は彼女をおぶって天光神社に向かう。

 割と見た目よりも軽く感じるがやはり重い。

 僕は汗を流しながら長い階段を登る。

 腕と腰と脚が……やばい。

 なんとか踏ん張っているとようやく鳥居の場所まで来れた。

 もう少しだ……。

 僕はそのまま歩き続ける。

 そうしてうんうん呻きながら進んでいるとなんとか玄関に到着した。

 よし、到着した……。

 全身から力が抜けそうになるがなんとか堪えた。

 そうして扉を開けて中に入る。

 鍵をかけ忘れていたのが助かった。

 僕は一端彼女を慎重に下ろして扉を閉めた。

 そうして今度はちゃんと鍵を掛ける。

 やはりこの少女は起きる気配が見られない。

 普通なら目が覚めてもいいくらいなんだがなぁ……。

 とはいえこのままにしておくのも悪い。

 祀は空き部屋は一杯ある、と言っていたが彼女が目覚めた時いきなり知らない場所に居たら驚くだろう。

 ならばここは紳士の気遣いを発揮して僕の部屋にでも寝かすか。

 僕は再び彼女をおぶって廊下を進む。

 ギシギシと床が軋む音がした。

 僕はほぼ記憶を頼りに暗い廊下を歩いていく。

 そうして遂に部屋に到着した。

 扉を開けて出てくるのは前回の事件に懲りて綺麗に整えた部屋だ。

 本棚も机も床もタンスも完璧。

 我ながらうっとりする。

 今度は半年この状態を続けてみよう。

 僕は中央に敷いてある布団に彼女を寝かせた。

 こっちは壁にでも寄りかかって寝よう。

 流石僕。

 これなのにどうして今までバレンタインチョコを貰った事も告白された事もないんだろう。

 そうか、皆が恥ずかしがっているのか。

 そうに違いないきっとそう。

 そうして僕は少女の寝顔を見ながらゆっくりと目を閉じる。

 早く解決してくれれば良いが……。

 ……。

 …………。

 ………………。

 寒い……。

 あれ、どうして僕って布団の中にいないで壁に寄りかかっているんだ?

 布団は……発見。

 なんか中に誰か居るな。

 ……まぁ良いか。

 入っちゃおう。

 あー温かい。

 これが人の温もり。

 あれ、それはそうとこの人は誰?

 こんな季節だしまさか幽霊じゃあるまい。

 ならば考えられるのは夜中に僕とあんな事をした人か?

 いやそんな記憶はない。

 ならばもしかしたら絶倫な僕があまりの興奮に記憶喪失になったとか?

 それならしょうがないな。

 寝てしまおう。

 ……。

 …………。

 ………………。

 や――

 ――こう

 ん?

 何かが聞こえる。

 やこ――う。

 僕は耳を澄ませる。

「夜行っ!」

 僕は飛び起きた。

 見ると目前にはぷんぷんと起こっている祀の顔。

 一体何があったんだ?

 もしかしたら昨日外に行ったのがバレたか?

 いや、まさかな。

 取り敢えず尋ねてみるに他ない。

「ええと……一体どうしたの?」

「どうしたのって……貴方、一体何をしてしまったのかわかっているんですか!?」

 おかしい。

 何か勘違いしていないか。

 祀は何かもう泣きそうだし、後ろにいる阿形と吽形も特撮ヒーローが着替えている場面をショーの前に見てしまった子どものような顔でこちらを見ていた。

 どうしてこんな事になってんの。

 僕がなんかしたの?

 逆に泣きそうになる。

 というかもう涙目だった。

 メンタルが弱いんだよ僕。

「どうして知らない子と寝てるのにゃ……?」

「銀髪で巨乳が好みかわん……」

 はっ、思い出したぞ!

 僕は慌てて隣を見る。

 そこには昨日助けた少女が居た。

 彼女はまだすやすやと眠っている。

 畜生、これでは弁解してくれそうにない。

「違うんだ、これには深い事情があるんだ。まずは3人ともそのバールのようなものをしまってくれ。どうして出したのか知らないけど」

 しかし彼女達はそれをしまおうとしない。

 なんでデレてすらいないのに皆病んでいるのだ。

 もしかしたら僕が知らないうちに彼女達と深い関係を築いてしまったという事か。

 いや、それはない。

 この僕がそんなに満たされた人生を送れる訳ないじゃないか馬鹿か僕は。

 しかしどうやって僕の無罪を証明すれば良いんだ。

 あんな時間だと誰も僕の姿を見ていないし。

 思わず頭を抱える。

 しかし唐突に部屋の扉が開いた。

 一体誰だ?

「おい、ガキ! 爆発事件なんてなかったぞコラ!」

 僕達は声のした方を見る。

 そこに立っていたのはガラの悪い若い警察だった。

 いかにも染めていたのを戻しました、って感じの黒髪にピアス跡のある耳。

 目つきの悪い三白眼に歯並びの悪い口。

 というかいきなり入ってくるなよ、と思うが黙っておく。

 ん? 待てよ、この人が居たじゃないか。

 ナイス警官。

「おまわりさん、僕は今日の深夜に爆発事件が起きて女の子が怪我をして倒れているのを発見したって言いましたよね?」

「あん? まぁ……そう言ってたな。つーかその事件が起きてなかったんだが!? イタズラかてめー」

「いや、イタズラじゃ……ていうか皆聞いたよね?」

 僕が尋ねると3人はどこか釈然としない顔ながらも凶器をどこかにしまった。

 ふぅ……危なかった。

 僕は額に滲んだ冷汗を拭う。

 生命の危機だった。

「で、起きてなかったって言ってましたけど……本当なんですか?」

「こっちの感想だコラ。じゃあ早く付いてこい」

「えぇ!? ちょっとまだ着替えてないんですけど」

「良いから来いや」

 すると彼は僕の襟首を掴むとずるずると引きずっていく。

 首が苦しい。

 僕はバンバンと彼の腕を叩くが一向に離そうとしない。

 これって犯罪じゃない?

 僕は思うがどうしようもなかった。

「わかった、行きますよ!」

「最初からそう言えよ」

 コイツ……。

 仕方が無い。

 寒いけど我慢しよう。

 というかこの人間違えたんじゃないだろうな。

 こんな外見だしそれは有り得る。

 僕は嘆息して玄関の靴を履く。

 今日はせっかくの休日だというのにまさかこんな目に遭うとは思いもしなかった。

 まぁさっさと終わらせてやろう。

 僕はそう思って彼と共に外に出た。

 晴天だった。

 これはこれで紅葉の色が映える。

「本当に無かったんでしょうね?」

「だからそう言っているだろうが」

 言い争いつつ境内を歩き、階段を下りる。

 そして参道を出て大きな通りに出た。

 やはり休日の朝という事で人通りはそんなに無い。

 路地裏に入ると僕達は記憶を頼りにそこを進んでいく。

 やはり迷路みたいでよくわからない。

 地面には濁った水溜りや穴の開いたバケツ、錆びた空き缶などゴミが散乱している。

 どこかの建物が料理屋なのか油っぽい臭いも漂っている。

 僕がこの街に来た頃を思い出す。

 あの時見た死体は衝撃的だった。

 暫く肉が喉を通らなかったからな。

「一応一晩掛けて探したってのに全然それらしい所は見付からなかったんだが」

 低い声音で告げる彼はとても恐ろしく見えた。

「はははまさか」

 僕は顔を引きつらせてなんとかそう言い返す。

 うわぁマジだよこの人。

 僅かに上から差し込む日光が彼の顔に強い陰影を付けていて恐怖は倍増だ。

 こいつが警察だとはとても思えない。

 国家権力はやはり何か裏がありそうだ。

「能力とか何かトリックを使って隠蔽したとかないんですか?」

「そっちよりも俺個人としてはお前が嘘吐いてるとしか思えないんだよな」

 この税金泥棒……!

 しかし僕はあくまで紳士的態度を貫いた。

 こんな奴にこれ以上訴えても仕方が無い。

 エネルギーの無駄だ。

 エコロジーに行かなければこの先やっていけないと学んだのは今までの経験上から。

「はぁ……まぁ良いです。きっと僕の勘違いですよ。でもあの女の子はなんだって言うんですか?」

「知るか。そもそもお前そんなガキのくせに女に不自由してねえじゃねえか。ったくこっちは女に逃げられ風俗通いだってのに」

「僕達から絞り出してる税金をそんなのに使わないでくださいよ……」

 ますます僕は警察に対する不信感が募っていく。

 まぁ給料で行っているんだしそれは自由なんだけどさぁ……。

 なんだかなぁ。

 あと僕は何度も言うようだがただの居候であって彼女達とはどちらかというと家族的な繋がりであって決してやましいことなどしていない。

 彼には僕がどれだけ溜まっているか知ってほしいがそれは置いておく。

「クソッ、今度は絶対許さねえかんな」

「すみませんでした……今後は気をつけます」

 僕は取り敢えず頭を下げて謝っておいた。

 これだと狼少年的な結末になりかねない。

 取り敢えず彼に頼るのは今後から避けるようにしよう。

 彼は悪態をつきながら1人ずんずんと来た道を戻っていく。

 1人残された僕は空を仰いだ。

「……一体どういう事だ?」

 その問いは空に浮遊していき、やがて消えていく。

 答えてくれる人はおらずただ僕の思考を乱していくだけ。

 まずはあの娘が目覚めるのを待つしかない。

 僕は眉間を揉みながらそこをあとにした。

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