◇第7話
逸る気持ちが抑えられない。
昨日も慌ててそこに――カフェに向かって走っていたが、今日は昨日以上に気持ちだけが前へ前へ向かっている。
身体が思うように動かずもどかしい気持ちになるが、それでも相手が待っていてくれる場所へ早く行きたかった。
午後からの授業のため宗佑と別れた後、学校が終わる時間が非常に長く感じた。
時間を確認するため何度も時計を見る景子の姿に、教師も注意というよりは呆れていた。
そんなに早く終わって欲しいのか、と言われ思わずそうです、と言いそうになった口を慌てて抑え盛大にクラスメイト達にも笑われてしまった。
いや、ただ1人だけ――紗枝は笑わず意味ありげに景子を見ていた。
大方宗佑にも会っているわけだし、事情は知っているのだろう。
放課後急いで帰ろうとしている景子に明日全部話すように、とだけ言われ自身は信治へ会いに景子の元から立ち去った。
景子も苦笑しながら了承した。
待ち合わせ時間まで余裕はあるが、それでも早く会いたくて出来るだけ走って待ち人の元へ向かった。
昨日と今日とで街の景色が違って見えるのが景子には不思議であった。
昨日は・・・竜弥にドタキャンをされ、駅前で惨めな気持ちでいた。
それが、今日はどうだろうか。
周りの人も幸せそうに見えるが、景子はそれ以上に自分が幸せだと感じた。
昨日とはまるで違う。世界はキラキラと輝いて見える。
宗佑に出会いただ1、2回しか会っていないのに、自分の中で占める割合が多いと思う。
竜弥のことが好きではなかったのか、と聞かれたら・・・困ってしまうが、自分の中で大切な人になっているのは間違いない。
あの時――宗佑が来た時竜弥は何を言いかけていたのだろうか?
それをもし自分が聞いていたらまた何かが変わっていたのだろうか?
疑問は残るが、それでも自分が選ぶ道は変わらず同じような気がする。
だからこそ早く待ち人の――宗佑の元へ行きたかった。
景子の心の中で答えが見つかろうとしていた。
カフェに着いて入ると宗佑がすでに居り、手を振り合図をしてくれる。
ただ何気ないそのことが景子にとって凄く嬉しいことであった。
今までとは違う。約束をしたら絶対に破られない安心感とそれが当たり前に感じる嬉しさで自然と頬が綻ぶ。
息を整えながら席に付き、店員に注文を伝えながら宗佑の顔を見る。
昼間に見せた竜弥を睨んでいたあの鋭い表情はなく、とても穏やかであった。
景子と同じような気持ちでいてくれているのだろうか。
そうだったら・・・嬉しいな。
どちらも口を出さず、暫く沈黙が続く。
普通ならとても苦痛な時間である。それが宗佑と一緒だと全く感じられずにいた。
表情や漂う空気がとても穏やかだからだろうか。
この沈黙でさえも幸せに感じれる自分は嫌いではない、と景子は思った。
話を始めたのは宗佑の方からだった。
「急に学校に行ってごめんね。驚いたでしょう?」
「驚きはしましたけど、謝らないで下さい。私も・・・高倉さんが生徒会長だったこと気づかなくてすみません・・・」
宗佑が急に現れた時も驚いたが、それ以上に宗佑と竜弥の漂う冷たい空気感の方が驚いた、というのは言わない方が良いと思いだろう。
それに生徒会長だったことに気づかなかった方が悪い、と思い景子は謝罪する。
「気づかれなかったのはショックだったけど、それはしょうがないよ。中学と高校じゃ会う機会もそこまで多くないからね」
だから気にしないで、と言ってくれる宗佑の顔は少し寂しそうだった。
そんな表情をさせている自分がどうしようもなく腹立たしかったが、景子はこれ以上謝まっても自分の自己満足が満たされるだけだ、と思いそれ以上の謝罪は口にしなかった。
「でも有名でしたよ。凄くカッコいい先輩が生徒会長になったってみんな言ってましたから」
「でも景子ちゃんは知らなかったよね」
「・・・高倉さん、そういう言い方は意地悪ですよ」
しょうがないと言いつつ根に持っているな、と景子は思う。
そういったことは軽く流すタイプに見えたが、実は違うようだ。
少し頬を膨らませて怒る仕草を見せると、宗佑は苦笑しながら手で謝罪のポーズを取る。
「ごめんね。いつまでも景子ちゃんが高倉さんって俺のこと呼ぶから意地悪したくなっちゃった」
「それは高倉さんが年上だから当たり前ですよ。あっ、それか高倉先輩と呼んだ方が良いですか?」
「どっちも却下。なんで名字呼びから離れてくれないのかな・・・」
「高倉さんはどう呼んで欲しいんですか?」
「名前で呼んで。幼馴染のあの子にもそう呼んでたでしょ」
幼馴染であの子とは竜弥のことだろうか?
それだと名前呼び=呼び捨てとなる。
それは・・・とても・・・。
「むっ、無理です!」
景子がキッパリそう言うとムッとしたようで、宗佑が睨んでくる。
その表情は竜弥と話し合っていた時よりは、怖くないが全く怖いではない。
宗佑は普段から穏やかな優しい表情をしているから隠れているが、本来どちらかと言うと強面の顔つきなのだ。それに整っている分、余計に迫力は増す。
「なんで?」
「昨日会ったばかりで、それも年上の人を呼び捨てになんて出来ません・・・」
話す度に睨み度が増すので、どんどん小声になっていく。
手で制服のスカートをギュっと握りしめていると、横から大きな手が包み込んできた。
驚いて顔を上げると宗佑が隣にいた。
今日は比較的空いてるようで、4人用の席に案内されており、必然的に景子は宗佑の真向かいの席に座っていた。
だから隣の席は空いてるはずだが・・・いつの間にか隣に宗佑が移動していた。
それも景子の手を握りしめている。
暫く呆けていたが、我に返る。
なんだか、この状態はとても恥ずかしいと景子は思った。幾らカフェ内が空いてるとはいえ、周りに人はいるのだ。
それに宗佑がカッコいいため周りの――主に女性客の注目も浴びていたが、今は男性客も注目している。
慌てて手を離そうとするが、ガッチリ掴まれており景子の力ではどうしようもなかった。
「手・・・離して下さい。恥ずかしいです」
「駄目。別に景子ちゃんを困らせたくないし、落ち込ませたくもないけど、俺のこと名前で呼んでくれなきゃ離さない」
「・・・・・・・」
このままだと余計に周りから注目を浴び、恥ずかしい思いをしそうだ。
それに言わないと離してくれそうにもない。
景子は押しに弱い。だからこそ竜弥に文句一つ言わず今まできたのだ。
そのことは宗佑も知っているだろう。だが、竜弥と同じように無理に我を通すタイプではないように思えた。
そんな宗佑がここまで言っているのだから・・・と景子は決心する。
「・・・・・そ、宗佑さん」
「もう一回言って」
「宗佑さん」
「本当は呼び捨てにして欲しいけど・・・。俺以外に名前でさん付けで呼ぶ人いる?」
「いません。そ、宗佑さんが初めてです」
「なら良いか。ありがとう。呼んでくれて嬉しいよ」
そう言って宗佑はニッコリ笑い、元の席へ戻る。
その表情はニコニコしていて、とても嬉しそうだった。
なんか可愛いかも。
そう景子は思った。
男の人でそれも年上の人に対してそう思うのは可笑しいが、確かにそう思った。
まるで独占欲丸出しの子どものようで。
だが、とても愛しいと感じる。
景子がクスクス笑っていると、宗佑も自身の子どもっぽさに気づき、少し頬が赤くなり照れている。
だが怒らず、景子が笑うのを止めずそのままにしてくれている。
それがとても嬉しかった。
暫くして景子の笑いも止まった時、宗佑は口を開く。
その表情は、急に真剣でどことなく暗かった。
先ほどまでの穏やかな雰囲気が嘘のように張り詰めた空気になる。
「景子ちゃんは、どうして俺が高科学園に行ったか分かる?」
「勘って言ってましたよね」
「そうだね。勘って言ったけど・・・嘘なんだ」
「えっ?」
「本当は心配で学校に行ったんだ。偶々午後から休講になったのは本当だけど・・・でも休講にならなくても俺は行ったと思う」
「どうしてですか?」
「昨日は竜弥君と話すって聞いて賛成してたけど、もし話している間に2人が上手くいったら・・・って段々不安ばかり大きくなった。だから行ったんだ。でも行ったら行ったで中々入れなくて・・・そのくせ竜弥君が景子ちゃんに大切なことを言おうとしたら邪魔した。・・・最低だよね。ごめんね。話し合いも中途半端にさせてしまって・・・途中から俺も頭に血が上って暴走したし・・・本当にごめん」
「・・・・・・・」
宗佑の話を聞いても景子は怒る気にならなかった。
宗佑が言うほど、中途半端な話し合いとは思わなかったし、景子なりにきちんと言えて満足していた。
それに、と景子は思う。
今まで言えなかったことを竜弥に言えた時に、宗佑に会って話を聞いて欲しかった。
だから驚きはしたが、会いに来てくれて嬉しかった気持ちの方が強い。
「謝らないで下さい。私は竜弥に言いたいこと言えましたから、満足してます。それに早く宗佑さんに会いたかったので、会いに来てくれて嬉しかったですよ」
「・・・本当?」
「本当です」
宗佑はジッと景子を見ていたが、景子も嘘は言ってないので、その視線を受け止め同じように真剣に見返す。
「・・・本当みたいだね」
「だって本当ですから。疑うなんて酷いです」
「ごめんね。昨日みたいに余裕を見せたかったけど、今日は無理みたいだ」
「どうしてですか?」
「気づかない?」
疑問に疑問で返される。
本当は宗佑の言いたいことがやっと少しずつ分かってきていた。
上手くいったら・・・と不安になって悩んだり、竜弥との話し合いを邪魔したり、さっきは分からなかったけど、名前で呼んで欲しいのも・・・やきもち?
それってもしかしたら私のことを・・・・。
でも確信が持てない。今まで期待することを止めて、諦めることが多かった。
そんな自分だからどこかで境界線を作ってしまう。
傷つかないように、自分の心を守るように。そうやって景子は過ごしてきたのだ。
だから言って欲しい。勘違いではないよ、と。確信が欲しい。
「・・・分からないです」
だからずるいと思っても、そう言ってしまう。
そんな景子の返事に宗佑は笑って頭を撫でてくれた。
「こういうことはきちんと言わないといけないよね。俺は、景子ちゃんが好きだよ」
ハッキリとした言葉だった。
返事は?と聞く宗佑の表情は緊張しているが、笑みも浮かんでいる。
そんなのは決まっている。
先ほどから景子は自分の気持ちに気づいていた。
会いたかったのは、好きだから。会えて嬉しかったのも好きだから。
この好きだという、溢れそうな気持ちを伝えたい。
だが、溢れて来たのは涙で返事が上手く出来ない。
嬉しかった。心の底からそう思う。
人が聞いたら昨日会ったばかりでこんなに好きになるのは可笑しいかもしれないが、確かに好きだ。
竜弥が好きだった気持ちも確かにあった。――昨日までは。
こんな急に気持ちが変わる自分は薄情なのかもしれないが、今は宗佑の優しさが愛おしい。
だから自分が今出来る最大限の笑顔で言おう。
涙でぐちゃぐちゃな表情で見苦しいかもしれないけど、今出来ることはこれだけだ。
「はい。・・・私も好きです」
そう言った時、宗佑の笑顔は今までで一番素敵な笑顔を見せてくれた。
また頭を撫でてくれ、もう片方の手で景子の手を握りしめてくれる。
その手はとても温かかった――――。
完結しました。
まだまだ拙い文章で、読みづらい点・分かりずらい点など多々あったと思いますが、ここまで書けたのは見て頂いている方のおかげです。
読んで頂き、評価やお気に入り登録など本当に嬉しく思います。
自身の初完結のお話となりましたが、番外編も書くので物語は完結しましたが、続きのままにしています。
本当にありがとうございました。
莉奈