◇第3話
少し長いです。
「どうぞ」
男性の声とともに、目の前の机の上にピンク色の携帯が置かれる。
間違いなく景子の物だった。
携帯を受け取り安堵する。
「ありがとうございます。本当に助かりました!」
「大したことしてないから気にしないでね」
頭を下げながら目の前の男性に目を向ける。
あれから電話を切ってから急いでカフェに向かった。
男性はカフェの前で律義に待ってくれており、景子が現れたと同時に声を掛けて来てくれた。
携帯を拾ってくれたばかりか、立ったまま待たせてしまったことに改めて謝罪をしたが、勝手に自分がしたことだから、と温かい言葉を掛けてくれた。
大人びた店内に入るのは気が引けたが、これ以上立たせたままでいるのは申し訳ないので店の中に入り――今現在に至る。
男性は大学生ぐらいだった。
端正な顔立ちでまずクールな印象を受けたが、笑うと目元が下がり冷たい印象はない。
髪も綺麗な黒髪で清潔感もある。
「あっ、自己紹介もせずにすみません!私は、柏木景子といいます。えっと高科学園の1年生です」
「高校1年生なんだ。随分大人っぽいからもっと上かと思ったよ。って失礼だね、ごめん。けど良い意味での印象だから気にしないで」
「良いんです。いつも言われることなので、気にしないで下さい」
そう言いながら景子は笑った。
昔から顔立ちが大人びており、実年齢に見られることはほとんどなかった。
顔の印象で派手目に見られるが、景子の中身を知ってる人は見た目とのギャップが激しいとよく言う。
本人の性格としては少し引っ込み思案なところがあるので、見た目だけで遊んでると思われるのは辛いが、自分のことを分かってくれている人も多いので、気にしない様にしている。
何故かギャップが良いとかそこがまた堪らない、など言われるのは謎だが。
「俺は高倉宗佑です。四葉大学の1年生だから4つ上かな。」
「4つ違いですね・・・えっ?四葉大学なんですか!?私もそこを目指してます」
「そうなんだ。ふふっ、目指してるとか言われると嬉しいな。けど高校入ったばかりなのに大学決めてるって凄いね。希望してる学科とかあるの?それに確か高科学園なら大学もあるでしょ?」
「あっ、はい。うちの学校はエスカレーター式で大学まであるんですけど、四葉大学に行きたいんです。語学に力を入れてるって聞いて、興味があって」
「確かにうちの大学はそこに力入れてるからね。俺もそれが決め手になって入ったんだ」
「同じですね!今何を習ってるんですか?」
思わず興奮して景子は質問をしてしまった。
普段は特に異性に対して少し引っ込み思案なところがあるのだが、宗佑に対しては興味を持ってることが同じと聞き嬉しくなり、普段よりも積極的になっていた。
宗佑も嫌な顔をせず、景子の質問に丁寧に答えてくれる。
逆に宗佑から景子に質問をすることもあり、2人の会話は尽きることなく時間が過ぎていった。
宗佑のオススメでカフェオレを頼んだがとても美味しく、店の雰囲気も良いのでゆったりとリラックス出来た。
宗佑は見た目からクールな印象を受けるが、むしろ丁寧な物腰でとても優しかった。
聞き上手話上手で景子のペースに合わせてくれている。
そのことが何より景子にとって嬉しいことだった。
竜弥は景子の意見を聞くよりも自分の意見を押し通すことが多かった。
たまに意見を言っても、それが竜弥にとって気に食わないものだったら即却下だ。
景子も機嫌を悪くされるのは困るので余計に何も言わなくなる、という悪循環に陥っていた。
そのことに対して特に不満に思っていなかったが、初めて会ってまだ数時間の宗佑と話をしている内に可笑しいことだったんだ、と気づいた。
お互いの話を聞き合って笑い合う。意見を言っても受け入れてくれる。
そんな当たり前のことが竜弥とはできてなかったのだ、と悲しくなる。
ただ言うことを聞くだけなんて、お人形さんみたいじゃない。
そのことに気づかないなんて、馬鹿だ。
でも私もいけなかったんだ。好きってだけで全部言うことを聞くのは可笑しいよね。
もしかして竜弥のことを好きっていうより、言うことを聞いてる自分が好きだったのかな。
それだったらかなり情けないかも・・・。
思わず溜息が出てしまった。
はっ、と気づき急いで口を抑えるが、宗佑にバッチリ見られてしまっていた。
「どうしたの?疲れちゃった?」
「違うんです。ちょっと自己嫌悪に陥ってまして・・・。急に溜息なんてついてすみません」
「それって携帯落とした時の表情と関係ある?」
「表情も見られてたんですか。情けない顔をお見せして・・・すみません」
「謝らないでよ。話聞くだけになっちゃうかもしれないけど、良ければ話してみない?」
そう言って宗佑は微笑む。
その表情があまりにも優しくて、景子は泣きそうになった。
自分の情けない話をするのは気が引けたが、宗佑ならきちんと聞いてくれる気がしたので、少しずつ話を始める。
今日起こった出来事や自分の長年の片思いの話、機嫌が悪くなるのが怖くて全部笑って言うことを聞いていたという情けないことも全部包み隠さず話をした。
途中話に詰まることもあったが、宗佑は急かすことはせずじっくりと聞いてくれた。
話が終わるとポンポン、と宗佑が頭を撫でてくれた。
何も言わなかったが、頑張ってよく言ったね、と言われてるみたいで景子は嬉しかった。
「聞いてくれてありがとうございます。なんか情けない話ですみません。・・・けど、話してスッキリした感じがします」
「それは良かった。でもね、景子ちゃん」
初めて名前を呼ばれて驚いたが、嫌ではなかった。むしろもっと呼んで欲しいと思ってしまった。
「はい」
「竜弥君のことを好きだったのは本当だと思うよ。だって女の子と歩いていたのを見て・・・辛かったんでしょ?」
「うっ・・・はい。辛かったです」
「それなら景子ちゃんは好きだったんだよ。言うことを聞いていたのも機嫌良くいて欲しかったからでしょ?景子ちゃんは優しいね」
「や、優しくなんてないです!」
景子は首を振って否定する。
本当に優しい人だったら竜弥の為を思って、怒って教えるべきだったのだ。
景子にしかドタキャンをしてなかったのかもしれないが、約束を破ることはいけないことだ。
それをしっかりと言わなければいけなかったのに、自分可愛さで言わなかった。
だから景子は自分が優しくないと思った。むしろ優しいのは目の前にいる宗佑だ。
自分でも情けなるぐらい、どうしようもない景子に対して言ってくれるのだから。
「優しいのは高倉さんの方ですよ。今の話を聞いて優しいなんて言ってくれるのは高倉さんしかいないです」
「そうかな?竜弥君のことを責める人はいると思うけど。まぁ、景子ちゃんも何でも言うことを聞くのはいけなかったね」
「それは・・・反省してます。だからきちんと明日言おうと思います」
「分かった。じゃぁ、明日も会おうね」
「えぇっ!?」
「それとも会うのは嫌?」
「嫌なんて・・・むしろ会えるのは嬉しいですけど、どうしてですか?」
何故今の話の流れで会う話になるのかが分からなかった。
頑張って、とかならまだ分かるのだが。
「分からないって顔してるね」
「はい」
「結果が知りたいのもあるけど、今日いきなり言うのも混乱しちゃうと思って。明日なら全部終わってスッキリしてると思うし良いかなって思ったから」
「??余計分からないです・・・」
「ふふっ。まだ分からなくて良いよ。明日何時に学校終わる?」
「月曜日だから部活もないので・・・えっと5時までには終わります」
「それなら5時半にここで待ち合わせしよう。良い?」
「分かりました」
「家の人に明日の夕ご飯は食べて来るって言っておいてね。5時半だとお腹も空いてくると思うし」
「そうですね。伝えておきます」
「よろしくね。う~ん、残念だけどそろそろ出ようか。遅くなるといけないからね」
そう言って宗佑が自身の腕時計の時間を指す。
時刻を見ると6時近くなっており、時間の早さに驚く。
そのまま携帯のアドレスを赤外線で交換し、席を立つ。
会計の時にひと悶着あったが、それぞれ自分の分を出すということで、話がつき駅まで送ってもらうことになった。
初対面の人とこんなに話が出来たり、アドレス交換したり明日も会うなんて不思議だな。
けど、高倉さんにはまた会いたいって思う。
竜弥のことが好きなはずなのに、こんな風に思うのは可笑しいのにどうしてだろう?
今日初めて会った人なのに、凄く気になってる。
付き合ってる人いるのかな?
ジーっと宗佑を見ていると、目が合う。
慌てて視線を逸らすが、もう遅かった。
「どうかした?」
まさか付き合ってる人いるんですか?など聞けるはずもなく、何でもないと言うしかなかない景子であった。