#29.5 彼の傷の一つとまだギリでもない話
相変わらず物の少ない私の、姫路真恋の部屋に戻ってきた。
「ふぅ…楽しかったけどさすがに緊張しましたね」
まさか才人くんの妹さんに出会うとは…才人くんの様子を見る限り本人も完全に予想外といった感じで目を見開いていて可愛かった。
「なんとか悪い印象を抱かせはしなかったと思うのですが」
兄に明らかに怪しい女がくっついていたのだ。最終的に認められるまではずっと警戒されていた。
(それよりこの大量のプリクラどうしましょう)
心情的には全て手帳に貼ってしまいたいのだが、そこはさすがに抑えて大人しい写真だけにしておくべきか。
(あとは保存用にちゃんとラミネートとかして、あといつでも見たり出来るように机と、……一応ベッドの近くにも置いておきましょう)
そんなとき、メッセの通知が来た。
通知音が違うので才人からではないのを少し残念に思いつつも、届いたメッセの名前を見て姿勢を正す。
(久遠ちゃんからだ、今日のこととメッセでの挨拶かな)
《今日はありがとうございました。色々と奢ってもらっちゃって》
《いえいえ、大丈夫ですよ。それよりちゃんと帰れてますか?》
距離的にまだ汽車のはずだ。落ち着いたから連絡してきたのだろうか。
《今は問題なく汽車です。兄は疲れてたのか寝てしまいました》
《ふふ、今日も連れ回してしまいましたからね。ちゃんと起こしてあげてくださいね》
《はい。でも、兄がちゃんと寝ているの久しぶりに見れて嬉しいです》
そういえば私も寝ている才人くんの姿はあのとき教室でしか見たことない。
撮りそびれていたし写真でも撮って送ってくれないだろうか。
いや、それよりも、だ。
《やっぱり才人くんはときおり寝ていらっしゃらないんですね》
最初は、ゲームでもしてて夜更かしをしているものだと思っていた。
だけど明らかにそういう雰囲気でもないときが夏休み中にも何度かあり、トドメがこの前の身体測定の日だ。
《……兄は自分では言わないし認めませんけど、寝ていないときは割とあると思います》
《やっぱりですか。なんとなくそういう気はしていました》
もしも、その不眠の原因が自分なら。
《でも最近は明らかに寝てるときもあるんです。兄の部屋から通話のような声がした日はたぶん寝れてます》
それは…私の通話なのか。
あの夜通話が無駄じゃなかったとしたら、負担になってないとしたら、とても嬉しく思う。
《あら。ふふ、子守唄の練習とかした方が良さそうですかね》
《ぜひぜひ。あたしも聞きたいです》
兄妹二人ともが私の声で寝てる様子はなかなか面白そうだ。
《……兄が寝てない日は朝ごはんが豪華になるんです》
《そういえば朝に料理の練習してるとか言ってましたね》
そういうことか。
朝だとゲームの対人戦も人が少ないし別の趣味やってるんだな。
《最初は嬉しかったです。兄の作るご飯それなりに美味しいですし》
羨ましい。それが眠れなかった朝の上に在るものじゃなければ私も食べたい。
《でもだんだん豪華な朝が出るたびにクマの酷くなっていく兄が怖くて、またいなくなってしまうんじゃないかって》
そこで、浮かれすぎている自分の頭が少し冷えた感覚がした。
そうだ。このコは一度兄を失いかけたんだ。
私が体験していない、彼と彼にまつわる人たちの原点。
《だから、朝がパンだけとかだと嬉しくなるんです。寝れたんだなって》
朝ごはんが質素になると嬉しいという、一見は矛盾した文字列。
だけどその意味は痛いほどに伝わってくる。
(なるほど。なら私がすべきことはわかった。)
《ええ。今日も明日も夜に通話させてもらうことにしましょう。でも、盗み聞くのはほどほどにしてあげてくださいね》
《ありがとうございます。あ、最寄りなので少し失礼しますね》
《はい。気をつけて帰ってくださいね》
そうして少し時間が経ってから今度は通話の呼び出し音が来た。
画面には(くおん)とひらがなでかわいらしく書いてある。
「はい、もしもし久遠ちゃん?」
「あ、はい久遠です。ご迷惑じゃなかったですか?」
「大丈夫ですよ。夕飯までは少し時間ありますし」
今日は両親ともに遅い日なので、夕飯は自分で作る日だ。
面倒でもあるけど料理は好きだし、こうして時間の調整も効く。
「それなら良かったです。あの、今日のこと謝りたくて」
ああ、そういうことか。一応目上に対しての態度ではないと謝りたい、と。
私のほうが年上だし、久遠ちゃんより背も高いし、と。
なんとも、兄妹揃って律儀な性格をしているなあ。
「ずっと疑うような目線送っちゃったり、失礼な対応わざとしちゃったり。すいませんでした」
「別に気にしてませんよ。大好きなお兄ちゃんに変な虫がついたら嫌ですもんね」
「真恋さんって意外といい性格してますね…」
才人くんに似てるけどちょっと違う反応が面白いけれど、あんまりやってると信頼を失いそうだからそこそこにしておこう。
「あの、どこから気づいてました?あたしが、その、兄貴が騙されてないか試してるって」
「確信したのは、綿あめ食べながらあいさつしてきたときですかね?」
正直、最初から目線が昔の私や、ときどき筒見くんが向けてくるものに近かったのでそういうことかなとは思っていた。
そして綿あめ挨拶で確信した。わざと無礼にしてる優しい子だって。
「そんなときから…完敗です」
「ふふ、言ってた通り私もよくやりますので。こうみえて苦労してるんですよ?」
この兄妹は私を見ても足のことを一言も言わないので、本当に私の足が視界に入ってるのか不安になることもある。
(まあ才人くんはアレで気をつけて私の足や進路を見て、サポートしてくれているんですよね)
「それはそうだと思います。その、脚だってそうですし」
あ、良かった。久遠ちゃんも脚把握してくれてた。
本当に脚に気づいてない可能性も考慮しなければと考えていた。
「あたしは兄貴や真恋さんと違って完全に普通の人で、その上ずっと兄貴に甘えてずっと真似してる」
真似してる…って昔の才人くんって久遠ちゃんくらいハキハキしてたのだろうか。
想像がちょっとつかない…
「それでいいと思います。そうやって気にするけど気にしないって難しくてありがたいんですよ」
「真恋さん…あの、一つお願いしてもいいですか」
「なんですか?なんでもどうぞ」
「いつか真恋お義姉さんって呼んでいいですか」
「ブァッファ!」
やばい、不意打ちすぎて才人くんみたいな吹き出し方しちゃった。
「音楽家みたいな吹き出し方ですね…」
あ、やっぱりこれ確かに才人くんの真似してるわ。
「すいません、突然でびっくりしちゃって」
「だ、だめですか?」
「いえ?全然良いですよ」
そのうち、才人くんの前でも呼ばせてみせますから。
そう誓って妹さんとの初邂逅の日は幕を閉じた。




