03.消えた婚約者
本日1話目です。
「お前、どこでそれを!」
「……化けの皮が剥がれてきていないですか? それで、よく複数の異性を意のままに出来ましたね」
少女は不思議そうに首をこてんと傾げた。
少女に言われて、ニコラはハッとしてライナルトに向き直った。
「ライナルト様、違います! それより、この子頭がおかしいですわ!」
「に、ニコラ……それが君の本性なのか?」
「え? 嫌ですわ。そんなことありません! それに誰だってあんな言いがかりをされたら怒りたくもなりますわ!」
怒りたくなる――というのであれば、マリアンネのほうこそ怒りたかっただろう。婚約者に近づき蔑ろにされた。
それなのに、マリアンネは怒ることなく、全てライナルトの言い分を聞くと言っているのだ。
そういえば、昔からマリアンネは自己主張をせず、ライナルトに合わせるところがあった――と、過去を思い出し、そんな彼女が二コラのことが気に入らなくても、そこまでするだろうかと思い直した。
彼女の性格なら――そこまで考えて、ライナルトは今まで信じていたものがあやふやになり、どうすればいいのか分からなくなる。
両手で頭を抱えて、蹲りそうになるところに。
「無理もありません。一年以上、魅了をかけられていたのですから」
ライナルトに対し、少女が同情を滲ませながら呟いた。
その言葉を、ライナルトはしっかり拾ってしまった。
「魅了……?」
ライナルトが頭を抱えたまま、少女に視線を向けた。
少女はゆっくりと頷く。
「ジンメル男爵令嬢から、常に甘い香りがしませんでしたか? 離れるとその香りをまた嗅ぎたいと思いませんでしたか? それは相手を魅了させる香りです。この国での発売は許可されていないものだと思います。隣国のカロッサではひっそりと売られていますが」
リーンハルトは横から見ていて、少女が意外にも博識だったことに驚いた。平民だろうに、その知識は何処から得たのか――興味がそそられる。
が、今は弟のライナルトとの話が終わらないため、黙って様子を窺うことにした。
「……二コラ、君のところはカロッサと取引があるって言っていたね……」
「それは、言いましたけど、そんなものを購入しているとは限りませんわ! これは普通の香水です!」
「いいえ、それは違います。ジンメル男爵令嬢は分かっていて購入しております。ジンメル男爵も同じく」
「お前、またっ!」
怒りに任せて少女に掴みかかろうとした二コラの腕を、ライナルトが掴んで止めた。
「ライナルト様!」
「本当に……本当に、そうなのか。この気持ちは、その香りのせいなのか……? だとしたら、私は……私は……」
ライナルトはわなわなと震えた。
今まで貴族学校での行動は、二コラに操られた感情によって出来たものであり、その愚かな行いによって、大事な婚約者――マリアンネの心を失くしてしまった。
己が未熟だった――言ってしまえばそれまでだが、そんな簡単に済まされるものではなかった。人生最大の過ちとも言える。
「……マリアンネに、謝らなければ……。マリアンネ……マリアンネは何処だ? そうだ、君、マリアンネは何処で療養している?」
マリアンネに会ったという少女なら、彼女の行方を知っているはず――そう思い、少女に訊ねたが、少女は静かに頭を横に振るだけだった。
「どういう、意味だ?」
「マリアンネ様の言葉をお伝えしたはずです。『もう、御前に出ることも叶わない』と」
「それほど怪我が酷いのか? 私に見せたくないほどに? 彼女のために最高の治癒師を用意する。だから、早くマリアンネを……!」
魔法で多少の怪我は治せる。さらに、治癒に特化した異能を持つ者なら、傷跡一つ残すことなく完治させることも出来る。
この世界において、
魔法とは、己の魔力を糧に精霊の力を借りた超常の力であり、
異能は個人が持つ、魔力に拘らない超常の力である。
これは、この世界の誰もが知る当たり前のこと。
王子である彼の要請で『治癒』の異能を持つ者を呼んで、マリアンネを治療せればいい。
彼女の美しい顔に、体に、傷一つ失くなるまで。
そう、思った。
「それは……もう、叶いません。マリアンネ様は、馬車の事故でお亡くなりになりましたので」
けれど、現実は残酷で。
少女の震える声で紡がれた内容を、頭で何度も反芻して、そうしてようやくライナルトはその内容を飲み込んだ。
「………………亡く、なった?」
「先ほど事故と申し上げましたが、実際は賊に襲われました。そして、マリアンネ様をはじめ、侍女、御者、護衛―—五名が犠牲になりました」
「……なっ!?」
「まさか!?」
マリアンネが亡くなったことが信じられなかったのか、ライナルトをはじめリーンハルトまでもが驚愕する。そして、その波はじわじわと広がり、次第にざわめきが広がった。
少女は黙って立ち尽くしたまま思う。
これほどまでにマリアンネの死は影響が大きいのか、と。




