02.悪役令嬢はどこ?
まとめて2話投稿してます。
「ま、マリアンネ? これは……」
強張った表情のままのライナルトに、マリアンネは黙ったまま。
周囲にいる人たちも、何がなんだか分からず、誰も口を開かない。
そこへ。
「こんな所で固まって何をしている?」
声につられて、皆、声の方向を一斉に見た。
声の主は皆の視線を浴びたのにどこにも動揺が見られない。
それもそのはず、彼はこの国の王太子――リーンハルト・ギレンセンだった。
第二王子であるライナルトとは二歳の差しかないが、その佇まいは雲泥の差だった。
「兄上、なぜこの場に……」
「お前の卒業でもある。祝いに来てもおかしくはない――と言いたいところだが、不穏な空気があると報告があり来たのだ」
「そ、それは……」
「まさか、卒業祝いのためのパーティーでこのようなことを仕出かすとは……」
そう言うとライナルトはじめ彼の側近を一通り見た後、ライナルトにくっついている二コラを見た。
二コラはリーンハルトの顔を見て、頬を染めて蕩けた顔をしていた。
リーンハルトはそれを見て、侮蔑の視線を向けた。
「さて、お前たちが仕出かしたことについての責任は後で問うとして……アルテンブルク侯爵令嬢――いや、お前は誰だ?」
「!」
マリアンネは誰だと問われて、息を吞んだ。
「なんのことでございましょう?」
「私には『心眼』があるのは知っているはずだが? 私の目にはお前はボロをまとった子供にしか見えない」
ボロ――と言われて、マリアンネの姿をした者はショックを受ける。
(これでも体を洗って、一番いい服を着てきたのにな……。まあ、上着は古いけど)
心の中でぼやきながら、誤魔化せないと悟ったのか、マリアンネの姿が歪み、小柄な少女のものに変わった。
フードを被っているため顔はよく見えないが、はみ出している髪の色は銀色で、小柄な二コラよりもさらに背が低かった。
「お前はなんだ?」
リーンハルトは少女を見ながら険しい表情で問い質す。
『心眼』それが王太子リーンハルトの異能。
この世界には魔力を使用した魔法が存在する。さらに個人の能力として異能があった。異能はそれを持つ本人にしか分からないものだった。
彼は自身が『心眼』を持っていることを公表している。それは、自分に対して嘘がつけないぞという牽制のためのもの。
少女は噓をついても意味がないと悟り、静かに語りだした。
そこで、また清涼な香りが周囲を満たしていく。
「……わたしは、ただ、マリアンネ様の代わりに第二王子殿下にお答えするために参りました。その……マリアンネ様は人前に出られませんので」
「人前に出られない?」
少女は「はい」と答えた後、手を胸のところに持っていき、服を握りしめた。
そして、何かを堪えるように、たどたどしく語り始める。
「……数日前、マリアンネ様は王都の西にある孤児院に慰問に赴かれました。そして、帰りに事故に遭われまして……。わたしはたまたまマリアンネ様に出会い、願い事を託されたのです。本来のわたしなら、この場に入ることも叶いません。ですのでマリアンネ様のお姿をお借りしました」
そう説明すると、少女はライナルトの方に向き直り。
「マリアンネ様のお言葉をそのままお伝えいたします。『殿下、どうぞ殿下の御心のままに。もし婚約解消と言われても、貴方様を繋ぎ留められなかったわたくしに魅力がなかったのでしょう。それに……わたくしはもう、殿下の御前に出ることも叶いませんので』とのことです」
ライナルトは少女から婚約者が語った内容に愕然とした。
「まさか、マリアンネがそんなことを……」
もし本心なら、ライナルトの気持ちが二コラに向いたことについて、ライナルトを責めずに自分の力不足だと認識している。
そんな女性が、思いを寄せた相手を虐めるだろうか。
それに――
「私の前に出ることが出来ない……?」
何か、自分は思い違いをしていたのだろうか――ライナルトはえも言えぬ気持ちになった。
何か、もの凄い間違いをしたようで、体が小刻みに震える。
そこに。
「ねぇ、ライナルト様、マリアンネ様がそう言ってくれるならいいじゃないですか。ね?」
そう言って、二コラが纏わりついた。
甘ったるい香りがして、思考を鈍くしていく。
ニコラに会ってから、この香りにどこか落ち着くところがあった。それまで、優秀な兄に負けないよう必死に頑張り、常に様々なことを考えていた。
ただ一時、婚約者であるマリアンネとのお茶の時間のみ、ゆったりとした状態でいられた。彼女はライナルトに多くを望まなかったし、ライナルトを支えてくれていた。
(それなのに、どうしてニコラのほうがいいと思ってしまったんだろう?)
清涼な香りがライナルトの鼻腔をくすぐった。それにより、頭にあった靄のようなものが少しずつ消えていてっている気がした。
そこでマリアンネと違い、奔放なニコラは新鮮だった。
けれど、王族だと知ると恐れ多いと言いながら、物を強請るようになった。今までそれが可愛いと思っていたのだと思い出す。
また、常に「庶子なのが気に入らないのか、よく虐められて……。でも大丈夫です!」というのが口癖で、その時は健気だと思っていたのに。
「ライナルト様?」
小柄なニコラが下から見上げて目を潤ませている。
以前はその姿が愛らしいと感じたのに、今はあざとさが垣間見えた。
「ニコラ、君は本当にマリアンネから虐めを受けていたのか?」
「そ、そうですよ。わたし何度も言いましたね?」
「それは、一体どんな……」
「それは……嫌な噂を流されたり、無視されたり……物を壊されたり」
「その噂の出どころは、物を壊したのは、本当にマリアンネだったのか?」
「え? それは……」
ここでニコラは口籠った。そうだとはっきり言える根拠がない。
黙り込むニコラに対して、少女が口を開いた。
「噂については、ジンメル男爵令嬢の虚偽でございます」
「え?」
「なっ、見てもいないのに勝手なことを言わないで頂戴! この部外者が!」
「に、ニコラ?」
ニコラの豹変に、ライナルトをはじめ周囲はざわついた。今までの愛らしい表情が消え、眉間にしわを寄せて少女を恫喝したからだ。
しかし、恫喝された本人は意に介さず。
「直近で言えば、三日前にゼクレス男爵令嬢に『マリアンネ様に殿下に近づくなとまたもや言われた』と。その時、マリアンネ様はすでに事故に遭われて人前に出ることが出来ませんでした。六日前にはカンナビヒ伯爵令息に『マリアンネ様に足を引っ掛けられて怪我をしてしまったの』と言い、怪我の治療をお願いいたしましたね。あれはあなたが一人で転んだものです。さらに十日前は、殿下に『母の形見のブローチを取り上げられ壊された』と泣きついていました。平民が持つものです。経年劣化で壊れただけですね。マリアンネ様にはまったく関係ありませんでした」
少女は淀みなく語ると、ニコラの顔が見る見るうちに真っ赤になり、恐ろしい形相に変わっていった。




