7匹目 謀反 - 開かれる扉-
7月4日
警視庁2階・小会議室───
「警視正ーー!!」
大杉が慌てた様子でやってきた。
「四名本警視が襲われた事件の同日、同時刻、別の場所でRilyの目撃情報が次々と上がっています!!」
大杉は両手に資料を握っている。目撃情報が書いてあるのだろうが、グシャグシャになっている。
「場所はどこだ!?」
私はこの近辺の地図を広げた。
大杉がペンで印をつけた位置はあまりにもバラバラすぎた。
「これは一体……すぐにRilyの身元を調べ尽くせ!!」
今は怒鳴るほかない。
「既に調査済みだよ」
扉の前にいるのは林田だ。
「林田警視正、なぜここに!?」
私は彼を招き入れた。
「彼女が気になって調べさせてもらった。なかなか興味深いものだったよ」
林田はクリップで止められた数枚の資料を机に放り投げた。
大杉は素早く手に取り読み上げた。
「Rily Reagan、本名は[天王寺アイル]。日本人の父親とイギリス人の母親のハーフらしいが、血液の遺伝子型からみて生みの親ではないらしいです。出生地不明。兄弟姉妹不明。15歳の時に単身でアメリカに渡り遺伝子学を学び、現在は27歳……」
「アメリカでの……12年間は詳しく分かりませんでしたか?」
私は大杉が資料を机に戻したのを見てから言った。
「その間、彼女はDr.Yamazakiという教授と共にずっと地下の研究所にこもっていたらしい。そして驚いたことに鹿児島県警の山埼警視長だが、その時からアメリカへの出張回数が以上な増加を見せている」
「じゃあ山埼警視長とRilyが手を組んでいると!?」
大杉は"信じられない"という顔をして呆然としている。
「Rilyをここに残してほしいと言ったのも山埼警視長だったな……」
私は腕を組んで思い出す。
「どうします? 山埼警視長の身柄を抑えますか?」
林田は私を見ている。
「……いや、泳がせよう。彼の動きを監視します。もしかしたら奴らをまとめて逮捕できるかもしれない」
私は林田を見つめ返した。
「じゃあ自分が……!」
大杉が手を挙げようとしたが、後ろから女が割って入ってきた。
「私に行かせてくださいな」
彼女は[牟田晴美]警部。スタイル、ルックス共に中の中だが、その笑顔と優しい敬語が部下から絶大な人望を集めている。
「確かにたった3日で大杉を戻すのは怪しまれるが……」
私は女性を行かせることに少し不安を感じている、差別だが。
「彼女でいいんじゃないですか? 女性の方が向こうも気を緩めるかもしれない」
林田は牟田の笑顔を横目に言った。
「……分かりました。ですがまだ山埼警視長が犯人グループの1人に決まったわけじゃありません。くれぐれも無理な行動をして怪しまれることのないように」
私は彼女の目を見て真剣に言った。
彼女は明るい声で返事、敬礼をして部屋を後にした。
明日には鹿児島に着いてもらう。その前に山埼、西川、高場に電話の1つでも入れておこう。
7月5日───
ある日
森の中
熊さんに
出会った
「もしもし?」
大杉は着信を取った。
「……警視正、山埼警視長からです」
大杉は通話中のままの自分の携帯を私に差し出した。
「……田沼です」
なるべく平静を装おわなければ。
「山埼だ、例の事件について興味深いことがある」
「いったい何でしょうか?」
「実は7月1日から事件数が減っていき、昨日はついに0になった。だが我々が熊を捕まえたわけじゃない。しかもそれまで極わずかながらあった熊の目撃情報すらなくなった」
「それは妙ですね……」
果たしてその内容は本当に真実なのか……。
「とにかく私はこれからそっちに向かう」
山埼は自分の言いたいことだけ言うと電話を切ってしまった。
私は携帯を大杉に返した。
「すぐに牟田警部に連絡を! こっちに戻るように伝えてくれ」
私は誰でもかまわずに声を投げた。
1人の部下が返事をして受話器を手にする。
「警視正、林田警視正から電話です」
階級が同じだと少しややこしい。
私は回線を繋げて電話に出た。
……警視正…高場警視から……。
………警視正……。
この日、鹿児島、京都、山形の警察署から電話が入り事件数が0になったことと、熊の目撃情報がなくなったことを伝えられた。
しかも対策本部に呼んでいない、事件数が少なかったところからも同じ電話がきた。
何かが起きている。そしてその何かがきっとすぐに分かる。嵐の前の静けさとはきっとこの事だろう。
私は言い知れぬ不安と恐怖に襲われた。
この職についてから現実的な考え方をするようになった。いくら綺麗事を並べても不可能や避けられない、変えようのない事実が訪れる。
近々警察の人間が死ぬ。それは私かもしれないし、友人や仲間、名前も知らないような部下かもしれない。
それでも逃げるわけにはいかない。我々警察が戦わなければ市民はどうなる。
私は………俺達は守るために戦う!