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クマさんと鬼ごっこ  作者: 有北真那
Chapter-2 悪夢ヘノ回廊
5/25

4匹目 混沌 - 淡い想い出-


 6月22日9時

 警視庁・応接室───


 私は階段を急いで下る。廊下を駆け、角を曲がり、経理部の若い子とぶつかりそうになりながらとにかく急いだ。

(ガチャッ)

「お待たせしました!」

 息も絶え絶えに応接室に走り込んだ。

 中ではあの方がお茶をすすっている。

「おはようございます、田沼警視正」

 彼女は私を笑顔で迎え入れた。

「西川警視長…わざわざ本庁までお越し頂かなくても……」

 一昨年に会議で集まったばかりだというのに……まさか私に会いに!? という淡い妄想は簡単に掻き消された。

「実は昨日、パトロール中の部下4人が犯人と接触し、内1人が左腕切断の重傷を負いました」

 彼女は湯飲みを机に置いた。視線は窓の外……いや、もっと遠くに置かれていた。

「そ、その方は無事で?」

 私は机を挟んで彼女の正面に腰を降ろした。

「命はなんとか……。今日ここへ来たのには1つ調べて欲しいことがあるんです」

 彼女は私の方に向き直した。

「これは戦闘の結果採取できた犯人の血液です。身元の確認をお願いしたいのです」

 紅く染まったガーゼが密封された袋の中に入っている。

 彼女はそれを私に差し出した。

「なぜ科捜研でなく私に直接?」

 それを受け取りながら質問した。

「ここにはRily教授がいるのでしょう? 科捜研に頼むより早く済むと思いましたから」

 そう言うと彼女は腰を上げた。

「それともう一つ、部下からの情報では犯人の容姿外見は鹿児島のそれと瓜二つみたいよ。それと最初から性的暴行をされるような感じじゃなかったらしいわ」

 そう言って彼女は部屋を後にした。まったく話が早い。

 私は四名本に証拠品を渡した。どうやら彼はRilyと上手くいっているらしい。

 ……羨ましい限りだ。




 10時───


(コンコン)

 扉を2度ノックする。

 中から返事が聞こえて私は部屋に入った。

「ドクター」

 私は田沼から預かった証拠品を渡しながら身元の特定を頼んだ。

「Ok! …Well………please call me Rily」

 彼女は少し顔を赤らめて言った。

 私はこれでも人並みに英語ができると自負しているので、彼女の言いたいことが分かった。

「Ri…Rily」

 年甲斐にもなく私は恥ずかしさを感じた。

「Shall we eat dinner tonight?」

 言い終わった後に私は後悔した。自分でも無意識の内に彼女を夕食に誘っていた。

 こんな綺麗で若い子(はっきりとまで年齢は分からない)が私みたいなオジサンとは……。

「Really!?」

 彼女は意外な反応を示した。

「Yes,please!」

 彼女は飛び跳ねて喜んでいる。誘っておいて何だが、私が一番驚いている。

 彼女は鼻歌を歌いながら顕微鏡やらを準備しだした。

 私は部屋を後にし、心ここにあらずで仕事に戻った。




 20時

 警視庁前───


 仕事を終えた私は庁舎の玄関に急いだ。そこには既にRilyがいた。

 女性を待たせてしまうとは男として情けない。

「Rily!」

 私は彼女に声をかけた。彼女は笑顔で私を迎えてくれた。

 あぁ、この笑顔があれば私はこれからも生きていけそうだ。

「Let's go!」

 彼女は私の手を取って、もう一方の手をグーにして斜め上に突き出した。

 私は純粋無垢な彼女にどんどん惹かれていった。


 今夜Rilyを連れて入ったのはイタリアンの店。

 今まで1人でしか来たことがないので誰かに見られることもないだろう。

「いらっしゃいませ」

 店員が笑顔で挨拶し、窓際の席に案内された。

 私達はパスタとピザ、赤ワインを頼みしばしの団欒を楽しんだ。

 次第にアルコールが回り私達のテンションは上がっていった。


 私は会計をカードで済まし店を出た。

 彼女は自分の分は自分で払うと言い続けたが、強引にそれを阻止した。

 酔いのせいなのか私達の距離(心も立ち位置も)は初めよりも近くなった。


 気分の静まらない私達は近くの公園に寄りベンチに座った。

 周りからするとカップルに見えるのだろうか。だとすればこの雰囲気でこの場所は……。

 いや、警官がこんなとこで……!

 だが………。

「I'm very very happy!」

 彼女はベンチに座りながらも一向にテンションが下がらない。

 私は彼女の話を笑顔で聞き続けた。まさかこんなに元気満々な子とは思わなかった。

 徐々に彼女は落ち着きを取り戻し、その代わりに目は眠気を帯び、欠伸が増えてきた。

「Sleepy」

 彼女の頭が私の肩に乗った。まるで騒ぎ疲れた子供のようだ。

 私は彼女の肩に右手を回し、体を引き寄せた。

 次の瞬間、私の口は彼女のそれによって塞がられた。1秒がとてもとても長く感じる。

 彼女の唇が私から離れると互いに目も合わせられなかったが、互いに頬が赤くなっていることを感じた。

「そ、そろそろ帰ろうか!」

 腰を上げて2、3歩前に出た私は慌てすぎて日本語で喋っていた。

「Thank you…and…good-bye」

 彼女は私の口と鼻をハンカチで塞いだ。

 とっさのことで薬品の臭いを勢いよく吸い込んでしまった。

「ぐっ……Rily、どうして……?」

 私の視界は歪み、地面に仰向けに崩れた。

 彼女が私の左腕に何かを注射したのを最後に、私は現実世界を去った。

「楽しませてちょうだい、四名本警視……」

 Rilyは日本語を綺麗に発音してみせた。彼女は四名本の体を持ち上げ、ベンチに座らせた。

 注射された付近の血管が浮き上がってきている。

(ザワザワザワ)

 木の葉が風に揺れて泣いている。その音は男のこれからの不幸を予感しているのか、それとも……。



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