**匹目 裏話 -闇へ続く鬼ごっこ-
7月7日
東京タワー───
速度をぐんぐん上げて2人は落下を続ける。
高羽はフィリスをしっかり抱き締め、フィリスも高羽にしっかり抱きついている。
「力を貸してくれ!!」
高羽は彼女の手を握る。
彼女は小さく頷き、結ばれた両手は近づいてくる地面に向けられた。
「こんなところで……」
「私はまだ……」
「「死ねない!!!!」」
混ざり合う雷は銀翼の羽となって2人をゆっくりと地上に降り立たせた。
「……」
「…………」
「………………行くか」
気まずい雰囲気の中、高羽の言葉を合図に闇に消えいく2人。
頬を赤らめ、歩幅を合わせ、その手をしっかりと繋いだまま───
タワー・特別展望台───
「やはり来たのね、田沼!」
アイルはホバリングしたヘリから顔を覗かせる田沼に叫ぶ。
叫ぶ、と言ってもその言葉に感情はこもっていない。
「中矢を渡してもらう」
田沼はヘリのドアをスライドさせ、サブマシンガンを構える。
「それは警察官として? それとも、造られた者として?」
アイルは眠ったまま紐で縛られている中矢を引きずりながら言った。
「……」
田沼は無言のまま銃を構え続ける。
「まぁ、どちらでもいいわね。私の役目はここで全てを告げること。こいつはあなたの好きにして」
アイルは中矢を軽々と抱え上げ、ヘリの中へと放り投げた。
「……いいのか?」
田沼は寂しそうにアイルを見つめる。
「覚悟は出来てるわ」
アイルは懐から拳銃を取り出し、銃弾を床に捨ててから懐に戻した。
「これであなたと会うこともないわね」
乱れる髪は右手で押さえられ、そこから覗かせる瞳には優しささえ感じとれる。
「……そうだな」
田沼は中矢を後部座席に座らせながら言う。
「……ばーか!」
アイルは目一杯の笑顔でそう言うと中に戻って行く。
電気がついていないせいでその姿はすぐに闇と一体化した。
「ばーか……か」
田沼はアイルの言葉を呟き、操縦桿を握った。
ゆっくりと上空を漂う黒い機体。
眼下には高尾山の木々が手招きするようにうっそうと茂っている。
「ん゛ーーー!!!?」
田沼は後ろからの声にゆっくり振り向いた。
口をガムテープで塞がれた中矢が暴れているが、紐で縛られているせいでたいして動けないようだ。
「……」
田沼はしばし考えを巡らせ、その思考は1つの結末へと辿り着いた。
「あんたが俺をこの世に産み出してくれたなら、俺もあんたにお返ししなきゃな」
田沼はにやり、と卑下な笑みを浮かべ操縦桿を奥へ倒す。
「どうやらすぐに会えそうだな……アイル───」
7月8日───
時刻はちょうど日付をまたいだところ。
「西川さん、大丈夫ですか?」
「井川、もう少しだからな」
特別展望台から下りた聖夜と梢は、大展望台2階に倒れていた2人を担いでエレベーターで下っている。
「やつら……は?」
西川は必死に言葉を口にする。
その一言一言と共に口から血が跳ねる。
「……死にました」
そう答える聖夜に担がれた井川は既に意識を手放している。
西川は俯いてそれ以上言葉を発することはなかった。
地上では救急車が数台待機している。
西川、井川、林田はそれに乗ってすぐに病院に運ばれた。
「さてと」
とくに大きな怪我のない聖夜と梢はしばし途方に暮れていたが、聖夜は恥ずかしそうに口を開く。
「帰るか」
8月7日
病院───
「失礼しまーす」
聖夜は梢と共にお見舞いに来ている。
「あ、皆さん同じ部屋なんですね」
4人部屋には窓側に西川と空きベッド、入り口側に林田と井川がいる。
そんな光景を見て梢は気まずそうに微笑んでみた。
「事件が続いていたからな、空きがないんだよ」
西川は少しむくれながら言う。
患者用の病院服は夏ということもあって薄く、歳のわりに若く見える西川が着たので聖夜の目線は一瞬、胸で止まった。
それを梢は見逃さない。
「……ぬっ!?」
爪先から電気が流れた。
梢はヒールの踵で聖夜の足を踏みつけている。
「いやっ……ちがっ……!」
井川は冷や汗を流しながらその光景を視界に入れまいと壁を凝視している。
その向かいの林田はニヤニヤと2人のやり取りを眺めている。
「いちゃつくなら余所でやれよー」
たまらず西川は茶々を入れる。
「そうしますー」
梢は聖夜の腕を掴んで外に連れ出そうとする。
「あ、これお見舞いっす!」
果物が入ったバスケットを残し、聖夜は連行された。
「……死ぬなよ、小口」
井川は閉じられたドアに向かって敬礼した。
9月2日
神奈川県警───
「退院おめでとうございます、井川も」
「あぁ、ありがとう」
署長室の黒椅子に座るのは無事に退院した西川。
机を挟んで気をつけしているのは同じく無事に退院した井川と、聖夜。
「あの、今日はどうして……?」
呼ばれて理由の分からない井川は西川に尋ねる。
「何だ、聞いてないのか? お前らは昇進だよ」
さらっと口にする西川。
ちなみにこの人は署長になったわけで昇任だ。
「昇進……?」
「そりゃーあんな事件のど真ん中で働いてくれたんだ。通常は昇進試験を受けるんだが今回は特例だ……はい、これ」
いまいち現実として受け止め切れていない2人に西川は新しい制服を手渡す。
両袖には銀色の斜め一本線の袖章が入っている。
「あ、ぁぁありがとうございます」
2人はしどろもどろになりながらもそれを丁寧に受け取った。
「以上、行っていいわよ」
笑顔で言った西川は引き出しから書類を取り出して仕事を始めてしまう。
「失礼します」
2人は敬礼してから静かに出て行った。
「昇進かー、とりあえず飲みにでも行くか!」
井川はやっと実感が湧いてきたのか、声のトーンが上がっていく。
「いいけどその前に、報告だ」
2人は小さい花束を持って墓参りに来た。
目の前には年季が入ってきた墓石と、その両脇に真新しい2つの墓石。
「伊東、井ノ部、河浦……」
2人はしゃがんで手を合わせた。
……………。
胸の中でそれぞれにどんな言葉をかけたのか、どんな会話を交わしたのか、それはきっと本人にしか分からない。
それでも2人は、意識の中で5人が笑い合っている景色が見えたはずだ。
7月8日───
「あーぁ、結局皆死んじゃったのか、詰まんないな」
都内某所、取り壊しが決まっていながら工事が止まったままの廃ビル。
もちろん電気もガスも水道も止まっている。
しかしその5階には1人の住人がいた。
「せっかく増やした熊もほとんどいなくなっちゃったし……このぶんじゃアメリカの施設ももう使えないか」
地べたにあぐらをかく男の目の前にはノートパソコンが1台。
画面は4分割されているが、どれも東京タワーの外か内部の映像だ。
「まー、俺の血を分けた熊達だ。いくらでもまた増やせるか」
長めの黒髪をグレーのパーカーのフードで隠し、男はパソコンを持ってどこかへ歩いていく。
「親父がくたばったから結果オーライだな…………でも、家出はもう少し続けるかな」
そよ風の吹く夜道を歩く男。
その名前は、熊田拓哉───
絵:夢見月空音
作者:有北真那
長い間のご愛読、本当にありがとうございました!
この回を持ちまして
「クマさんと鬼ごっこ」
は無事に完結とさせていただきます!
若干続きが書けそうに終わらせたのは打ち切りでは無く、当初の予定通りですので悪しからず。
挿絵を描いていたのですが、今回はお蔵入り(>_<)
無駄に人が多いのと描写が少なかったのが原因です乙
代わりに載せさせてもらった最後の1枚は初めてPCで描いた作品です!
半年以上かかって完成したこの作品。
読み返してみれば誤字脱字のオンパレード。
書き方の荒さ。
などなど、いかに実力が無かったか痛感します(笑)
それに気付けただけこの作品と共に成長できたのかな?
って思いたい♪
今回学んだこと、皆さんから教えていただいたことを活かし、次回作に現在取り組んでいるところです!
どうかこれからもよろしくお願いしますm(_ _)m
from.真那 ――― 完