21匹目 遠音 -クマさんと鬼ごっこ-
2ヶ月後
警視庁食堂───
「それでは、西川警視長と井川巡査"部"長の退院を祝って、わたくし小口巡査部長が乾杯の音頭をとらせていただきます、乾杯!」
掲げられたグラス達はお互いに高い響きを鳴らし合う。
普段から緊張の絶えない刑事達の顔からはこんな小さな宴会でも十分だと言わんばかりに笑みが零れている。
「全く、お前らこんなことしてて仕事は大丈夫なのか?」
主役の1人、西川は笑いながら言う。
「警察は暇が一番ですよ」
わざわざ京都からやってきた顔の恐い林田警視正も今だけは笑顔だ。
「にしても、結局事件はやつらの筋書き通りか……」
西川と聖夜は一瞬目が合う。
今回の事件のリーダー格、天王寺アイルとの最後の接触者だからだ。
聖夜の隣ではすっかり場に馴染んだ梢がいる。
「5人の犯人のうち、4人が死亡で1人が高羽と共に行方不明。スパイだった大杉は田沼に殺害され、その田沼は高尾山で炎上したヘリの中から中矢警視総監と共に遺体で発見……か」
西川はそこでお茶をすする。
いつ事件が起こるか分からないので今日はアルコールは用意されていない。
「まさか山埼警視長だけじゃなく、田沼警視正に大杉警視もやつらと繋がっていたなんて……」
井川は手術の結果、半分となってしまった胃の部分を擦りながら言った。
「でも何かまだ忘れてることがあるような……んー」
聖夜は腕を組みながら考えるが何も出てこない。
「とりあえず今は飲もうじゃないか」
林田は麦茶のビンを聖夜のグラスに傾ける。
「そうですね、ありがとうございます」
グラスに並々と注がれていく時、署内にスピーカーで声が轟いた。
「都内全域で暴れまわる民間人が多数出没! 共通する特徴は耳が獣のように尖り、血管が浮き出て目は釣り上がって正気を失っているとのことです! 署内にいる警官はただちに……」
スピーカー音を遮って彼女は声を上げる。
「行くぞお前ら!!」
西川は林田と梢に礼をして走って行った。
その後を追う部下の顔は凛々しい刑事のそれになっている。
「そうだよ、熊のことを忘れてたんだよ!」
聖夜は頭のモヤモヤが晴れたようにスッキリした顔つきになった。
そしてどこか無邪気な表情に変わっていく。
まるで、クマさんと鬼ごっこでもしに行くかのような顔に。
fin───