20匹目 漏洩 -悲しみの果てに-
今から15年前、仕事一筋で生きてきたある男の愛娘は8年という短い生涯を終えた。
死因は轢き逃げによる即死。
男は刑事でありながら被害者の家族ということで捜査から外され、娘の仇を討つことなく犯人はすぐに捕まった。
その事件を切っ掛けに、男の妻は息子を連れて家を飛び出してしまう。
全てを失った男は怒りに狂う間もなく、悲しみに暮れたまま唯一残された道を進むしかなかった。
男は何かに取り憑かれたかのように仕事をこなし、出世街道をひた走ったのだ。
2年後、男が40歳の頃だ。ある仕事でアメリカに行った時、歯車は回り初めてしまう。
仕事先の相手とやけに気が合い、バーで酒を交わしている時だ。
その日はお互いにいつも以上に飲んでしまい完全に酔っ払ってしまっていた。
そして仕事相手の男、天王寺総一は言った。
「俺は衛星以外にもう1つ秘密の仕事をしているんだよ!」
日本人だというのも仲が良くなった理由の1つだろう。
「実はな……人間を造っているんだ」
後日、男は記憶の端にかろうじて残っていたことを武器に天王寺に詰め寄った。
天王寺は諦めて男を研究施設へと案内する。
「……素晴らしい」
男は並べられた試験管や、その中の胎児のような物体や、施設内の全てのものに目を輝かせている。
詳しい説明を聞いた男は覚悟を決めたようにこう言う。
「私が日本の裏金をここへ援助しよう」
もちろんそれが表沙汰になることは一切ない。
男と天王寺は固い握手を交わし、研究は目まぐるしい速度で進歩していった。
5年後、男が立ち会いの下、第1世代と呼べるほどの作品が2人完成された。
1人はYamazakiと名付けられた若い男性だ。
Yamazakiは頭脳に特化されたタイプで、研究所の誰もが彼には及ばなかった。
その頭脳を活用すべく、Yamazakiは研究グループの1人として3人の第2世代を完成させた。
1人は限りなく人間に近付けて造られた若い女性……私。
名前はグループのリーダーだった天王寺をそのまま受け継いだ。
1人は電気の能力を操れたと言われる大昔の存在を真似て造られ、私の妹として誕生した。
ここで私達を区別するために私は天王寺アイル、妹は天王寺フィリスと新たに名付けられた。
もう1人は身体能力に特化されたタイプで少し中年の男性、山埼。
彼は男に引き取られ刑事として日本に潜伏。
そして第1世代のもう1人……男は彼も引き取り、自らの直属の部下とした。
……そう、彼は田沼和也警視長よ。
その後、私達5人は男を通しての日本からの援助のお返しとして、男の命令を受けて男が邪魔と判断した存在を殺してきた。
第2世代完成から5年、男は念願だった警察のトップ、警視総監となった。
「もう分かるでしょ? その男が中矢温志よ」
アイルはなおも敵意を見せずに佇んでいる。
「な、なぜお前らは警視総監を狙う!?」
現実離れし過ぎた話に理解が追い付かないが、聖夜はとりあえず疑問に思ったことを述べた。
「こんな生き方が嫌だからよ」
彼女の心からの声に2人は意表を衝かれた。
にも関わらず彼女はやはり抵抗する素振りを見せない。
「人を殺すことを当たり前に感じてしまう自分達が嫌だからよ。だから全てを終わらせるために中矢のした罪を暴き、あなた達に殺される道を選んだの」
そこで梢は気付いた。自分達が東京タワーの外にいる時、アイルは何かしらの装置で自分の声を発信していた。
それと同じことを今もしていたら……。
「でも、一番許せなかったことは別にあるの。中矢が危険も顧みずに裏金を注いだ理由……それは自分の娘を造ること。私がなぜ何の能力も持たず、何にも特化していないか。それは私が中矢の娘を造り出すための実験台だったからなのよ!」
アイルは瞳から大粒の涙を流しながら続ける。
「でもこれで作戦は成功。協力してくれた山埼の部下の大杉が田沼に殺されたのは計算外だったけど……」
「大杉警視がお前らの仲間!?」
聖夜はたまらず口を挟む。
「あなた達の動きを逐一教えてくれたわよ」
彼女は後ろを向いて再びゆっくりと歩きだした。
「それで、警視総監はどこ?」
梢は銃口を彼女の後頭部から逸らすことなく後を追う。
「残念ながらここにはいないわ。ついさっきヘリで現れた田沼に連れて行かれたの」
「そんな……」
梢は銃を下ろし、聖夜も銃を下ろそうかと思ったその時。
「だからこれで……私の役目も終わりよ!」
アイルは振り向きざまに懐から拳銃を抜いてその矛先を梢に向けた。
刹那、静寂を破って発せられた2つの銃声。
しかし、床にひれ伏しているのはアイルだけだ。
「どういう……?」
聖夜の銃口からは薄らと白煙が上り、アイルの拳銃は空砲だった。
「言った……はずよ………殺される…道を…………選んだ……と………」
それを最後に、アイルの首は力なく傾いた。その瞳を開いたまま。
左胸を貫かれ、貫通した背中から溢れる血が彼女の戦いの終わりを意味していた。
「こんな結末って……」
言葉の続きを言うことなく梢は聖夜に支えられながら、2人はその場を後にする───